第三章 滅亡の小国
第19話 安らぎの洞窟
「ふぅーーーー、追跡はないか……」
湿った空気で満たされた洞窟内。ゴツゴツとした岩に背中を預け、竜気の過剰使用によって悲鳴を上げる体を休ませる。
勇者の魔力反応を探知し、
森に覆われたちょうど良い洞窟を見つけ、体も精神も限界だったため身を隠したが、勇者は追ってきてないようだ。
——念のため、勇者に精密探知をかけられ接敵した場合も想定していたが、無駄になったな。
まぁ、今の私の状態ではまともに発動できるか五分五分だが……。
「そろそろだな」
精神——意識の融合が剥離しかけている。
魔族の体では本来使用できない竜気を使い続け、全く共通点のない異物の人格と深く混ざったために、体が本能に基づいて拒絶反応を起こしている。
私——わたしの体が鉛のように重い。
しんどい……限界だ。眠い、寝よう。一応、探知魔法だけ常時展開して……
太陽の光が入ってこなくて真っ暗な洞窟の奥で横になる。岩がとんがってて痛いけど、体がしんどすぎてあまり気にならない。
ポタ……ポタ……ポタ、と水が
わたしはそれを聞きながら目をつぶって——
◆
「うーーーーんッ、ここぉ……どこだっけ?」
視界がぼやけてるなぁ。
何となく、目の前の霧を拭き取るみたいに両手で両目をぐるぐると
——目の前の景色が鮮明になっていくのと同時に、ぼんやりとした記憶が蘇ってきた。
そうだった……わたし、竜王様と意識が混ざって……王様を倒して……勇者から逃げて、たまたま見つけた洞窟で休憩してたんだった。
『もう目が覚めたか。やはり、貴様の体は——少々異常だな。
「竜王様……出来れば天賦の才の方でお願いします。いや、それよりもわたしの体って何かすごいんですか?」
『竜気の過剰使用により貴様の体と精神は限界寸前だったのにも関わらず、それを半日足らずで全快させたという事実。我とて想定以上だ。
これならば、思いの外早く竜王の力を完全に扱えるようになるだろう』
そういえば、最初に竜王様と会った時にも『体の書き換えが1日足らずで終わった』って言ってた。
何でそんな特殊能力がわたしにあるのかは分からない。
おとうさんが、わたしに魔法の才能があるって言ってくれたのと関係あるのかな?
まぁ、竜王様の役に立てるなら嬉しいし、何でもいいや……。
……待って、違う! 思い出した。わたし、失敗したんだ! 早く、一刻も早く謝らないとわたしの生きる目標が、目的がなくなってしまう!
「あの……竜王様…………本当にごめんなさい。わたし、上手に戦えなくて。竜王様に迷惑ばかりかけて……。
わたし、頑張るので、だからわたしにも人族をほんの少しでも倒させてほしいんです。
わたしは、おかあさんの願いを叶えないといけないんです!
そのためならわたし、何でも——」
『アムネ! 落ち着け!』
「うぇッ?」
キーーーーン、と竜王様の大きな声が頭の中で響いて反射的に頭を抱える。
「あれ? わたし……」
完全にパニックになってた。謝らないと、何とか許してもらわないと、っていうことだけが頭の中を埋め尽くしてた。何を言ったのかも、あんまり記憶に残ってない。
だけど、一つだけ確かに記憶に残ってることがあった。竜王様が今、初めてわたしのことをアムネって呼んで——。
『呼び方など、どうでもよい。貴様の精神が極端に乱れれば、
……それと戦闘の件だが、基本は我がやる。だが、安心しろ。復讐は自らの手でやってこそだろう? 取るに足らない雑魚は貴様に任せることを約束しよう。
時が経つごとに竜王の力が馴染み、力も増すだろうしな』
「ッ! 竜王様、わたしを見捨てないでくれて、本当にありがとうございます!」
よかった……許してもらえた。これで、わたしはまだ生きられる。願いを果たせる。
——というか、なんだか竜王様がいつもより優しい気がする。気のせいかな? でも、なんだか、わたしのことを気遣ってくれてるような……多分だけど。
『…………先程も言った通り、貴様の精神が崩壊すれば我の精神も連鎖的に破壊される可能性があるのだ。故に貴様に壊れてもらっては困る、それだけだ』
でも、それを加味しても優しい気がするんだけどなぁ……。
まぁ、たとえどんな理由であれ竜王様がわたしを気にかけてくれるのは純粋に嬉しい。
「竜王様、わたしも目的を果たすまでは少なくともおかしくなる気はありませんので、そこは安心してください!」
わたしは精一杯の明るいを出す。
さっき、心が少し不安定になっちゃったばかりで全く信用されてないだろうけど、私はともかく竜王様まで道連れにするわけにはいかない。
『貴様は我が選んだ器。目的を同じとする共謀者。至らぬ点は我が補う。我の器として、共謀者として、期待しているぞ』
「はいッ! 任せてください!」
失敗で沈んでいた心が、竜王様の言葉でぷかぷかと浮かんでくる。期待されていることへの幸せが実感できる。
『人族も混乱しているはず故、復讐を再開するのは早ければ早いほど良い。——やれるな?』
「もちろん、準備満タンです!」
胸の前で両手を強く握る。
ザイテン王国では沢山の人族を逃したし、おかあさんを射た奴は会えないしで最悪だった。
今度こそは、挽回したい!
『そう焦らずとも、結局は全ての人族を灰塵に帰すのだ。母親を倒した人族もじきに見つかるだろう』
確かに、そうだ……よね。人族をみんな倒すならいつか会えるはず。でも、早く終わらせたいっていう気持ちが何処かにある。
おかあさんの願いを早く叶えてあげたいからかもしれない。けれど、わたしが一番恐れてるのは多分——
『何をしている? 行くぞ』
「あ……はい、ごめんなさい」
今は、竜王様に従うべきだ。自分の気持ちについて考えるのは後でもいい。
【
わたしは洞窟を出て、魔竜を呼び出す。周りには鬱蒼と木々が生えてて、魔竜は窮屈そうだ。尻尾を振って特に邪魔そうな木を薙ぎ倒してる。
「魔竜、行くよーー!」
わたしは魔竜の背中に飛び乗り、黒い触手が体に絡み付く感覚を味わいながら空へ向けて上昇していく。
『次の目標はザイテン王国と同じく小国だ。我が魔竜を動かす』
竜王様がそう言うと、魔竜はどんどん加速して、迷いなく真っ直ぐに進んでいく。
早いだろうけど、既に少し緊張してきた。ゆっくりと深呼吸をして、わたしはおかあさんの顔を思い浮かべる。
「人族に鉄槌を」
——そうすれば、わたしの心は熱く燃えて、緊張は純粋な怒りに塗りつぶされていった。
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