第二十二話 予想外の電話



「おい、帰るぞ」


 一日の授業を全て受け終え、帰り支度をしていれば、一足先にHRを終えていたらしい真白が朔夜の教室まで迎えにきた。


「うん、ちょっと待ってね」


 今日は同好会の活動はないため、朔夜と真白は二人並んで歩きながら、今日授業であった出来事といったとりとめのない話をする。


「それにしても……昨日は本当にびっくりしたよね。狐の妖の子に、東雲さんが陰陽師だっていうことも分かったし……」

「……だから言ったんだよ。妖怪研究同好会だなんて、いかにもメンドクセー会に入るなって。だから巻き込まれたんだろ」

「えぇ、真白、そんなこと言ってたっけ?」

「言った」


 きっぱり言い放った真白に厳しい目で射抜かれた朔夜は、「うっ……」とたじろぐ。


「それに、昨日の狐の妖怪……紗狐だなんて妖怪、やっぱりこの辺りじゃ聞いたことのねぇ名前だったしな。明らかに怪しいだろ」

「怪しいだなんて、そんなこと……ん? 何で真白が紗狐ちゃんの名前を知ってるの?」


 あの時部屋には、朔夜と紗狐以外、誰もいなかったはずなのに。


「……言わねぇ」

「えー、何だよそれ」


 朔夜はむくれながらも、真白が口を割ることはないだろうと早々に諦めた様子だ。


 そんな朔夜を横目に見ながら、真白は昨晩の出来事を思い出していた。


 実は昨日、朔夜が妖狐の手当てをしていた時――障子戸を一枚隔てた部屋の外に、真白はずっと控えていたのだ。名目上は朔夜の護衛兼お目付け役であるため、身元の分からない妖怪と朔夜を二人きりにできないというのもあるのだが――そんな役職がなくとも、真白が朔夜の側を離れることは滅多にない。


 言葉や表情に出すことはあまり多くはないが、真白は心の底から朔夜を慕い、忠誠を誓っているのだ。朔夜に何かあろうものなら、相手が何処に逃げようとも、地の果てまで追いかけて酷い目に遭わせるだろう言っていたのは……魁組四天王の虎熊童子だったか、それとも熊童子だったか……。


 とにかく、真白の世界は、それだけ朔夜を中心に回っているということだ。

 朔夜本人は気づいていないようだが。


「でも……紗狐ちゃんが何処からかきたのか、聞いておけばよかったかな」


 「そしたら僕も遊びに行けたのにね」と朗らかに笑う朔夜は、あの妖狐の少女が、魁組に仇なす組からの間者かもしれない等という猜疑心は、一切抱いてはいないのだ。


 ――どうせ言っても無駄だろうけど……もっと周りを疑ってかかるように、警戒心を持てっつっといた方がいいよな。


 真白が苦言を呈そうとしたタイミングで、朔夜のスマホが着信を知らせた。真白は開きかけていた口をそっと閉じる。


 朔夜が画面を見れば、そこには“月見蛍”の文字が。


「もしもし、蛍くん?」

「――あ、朔夜くん? あ、あの、蛍だけど……その……」


 耳元で聞こえる蛍の声は、もごもごとしていてあまりよく聞き取れない。


「蛍くん? どうかしたの?」

「あ、あのね、朔夜くん……実は……」


 何だか口にするのを躊躇っているような雰囲気を感じる。朔夜が首を傾げていれば、次いで耳に聞こえてきた声は、蛍のものではなかった。


「あ、朔夜くん? ボク、時雨なんだけどね、実は朔夜くんにお願いしたいことがあって――」


 二言三言話した朔夜は、「えっ、ちょっと待って……!」と電話口の相手に制止の声を上げたのだが、通話は切られてしまった。ツーツーと、機械的な音が耳に届く、


「おい、何だったんだよ?」


 朔夜が耳元からスマホを離せば、真白が用件は何だったのかと真っ先に訊ねた。


「……ぅしよ」

「は? ……何だよ」

「……どうしよ真白。明日、皆がウチに……遊びにくることになっちゃった……」

「……。……はぁ!?」


 空笑いを浮かべた朔夜が放った一言を耳にした真白の絶叫が、一拍遅れて響き渡った。


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