第九話 妖怪研究同好会
「えっと、まずはこれを見てもらいたいんだけど……」
放課後、人も疎らになった教室にて。三人で蛍の机を囲むようにして椅子に座る。
蛍が机の上に広げたものは、今朝ポケットから取り出していたプリントだろう。丁寧に折り畳まれた跡がついていて、一番上には“入部届”の文字が太字で記されている。
「入部届? 蛍くん、どこかの部活に入るのかい?」
瑞樹の質問に、蛍は首を横に振る。
「ううん、入るんじゃなくて……作ろうと、思うんだ。部活を」
そう言った蛍がもう一枚取り出した紙には、“部活動設立申請書”の文字。下の空欄には蛍の字で“妖怪研究同好会”と小さく記されている。
「妖怪研究同好会? これは……」
「うん。昨日、僕たちは見た、よね。……妖怪を」
蛍の言葉に肩を震わせた瑞樹は、直ぐに大きく息を吐き出して項垂れた。
「……あれは、夢じゃなかったのか。今朝話を聞こうと思って話しかけてみたけど、君たちがあんまりにも普通だったから。あれは僕だけが見た幻なんだって。今日一日そう言い聞かせていたんだけれど」
「うん、あれは、幻なんかじゃないよ。ぼ、僕も、間違いなく、この目で見たんだから。……朔夜くんも、見たよね?」
「……うん」
朔夜が頷いたのを見て、蛍は突然立ち上がった。いつものオドオドした態度はどこへやら、饒舌に話し始める。
「僕ね、小さい時から妖怪に凄く興味があって、でも実際に目にしたことはなかったんだ! だから昨日は本当に驚いて……! フフ、フヒヒ、僕的には口裂け女かと思ったんだけど、目が三つあったし、妖怪の種類的には三つ目小僧って可能性もあるのかな? それとも僕が知らない妖怪なのか……あ、あとあの妖怪、僕たちを見て、見つけたって言ってたよね? それって一体どういう…「わ、分かったから。蛍くん、少し落ち着いてくれないか」
瑞樹に制されてハッと我に返ったらしい蛍は、顔を赤くして恥ずかしそうに俯きながら椅子に腰かける。
「ご、ごめんね。僕、妖怪のことになると、ま、周りが見えなくなっちゃうことが、あって……」
「ううん、大丈夫だよ。蛍くんは、本当に妖怪が好きなんだね」
朔夜の言葉に、蛍は顔を赤らめたまま、口許を緩めて頷いた。
「蛍くんは、僕たちをその……妖怪研究同好会に誘おうと思って声を掛けてくれたのだろう?」
「う、うん、そうなんだ」
「う~ん、でもねぇ……もし本当に妖怪が実在するのだとしたら、危険じゃないかい?」
「き、危険? どうして?」
「そもそも、妖怪といったら悪さをする者というイメージがあるのだけど……。この町には妖怪の目撃情報が多くあるらしいけど、どれも悪い噂ばかりじゃないかい? 僕たちのように追いかけられたとか、背後に現れて脅かされたとか……」
瑞樹の言うことは最もで、ここ月詠町は“妖怪が出現する町”の穴場スポットの一つとして、その界隈では有名だった。けれどその噂の大半が、妖怪を畏怖の存在として捉え、面白可笑しく吹聴されている。
もちろん朔夜は、妖怪も人間と同じように、気のいい優しい妖怪もいれば、悪事を働く妖怪がいることを知っている。幼い頃から数多の妖怪と関わってきたからだ。
けれどそれを口に出すわけにはいかないため、二人の会話を聞きながら曖昧な微笑みを返す。
「あ、あの、朔夜くんは、どうかな? 興味ない……?」
蛍に話を振られた朔夜は、暫し逡巡してから、申し訳なさそうに眉を下げる。
「ごめんね、少しだけ考えさせてもらってもいいかな?」
「う、うん、それはもちろん……!」
「それじゃあ、僕も少し考えさせてもらってもいいかい?」
「う、うん。良い返事を期待しておくよ」
ペコリと小さく頭を下げた蛍は、机に置いていた用紙を丁寧に折り畳んで、鞄の中に仕舞った。そのまま三人で帰り支度をして、学校の外まで一緒に歩く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます