第七話 転校生に用心
「さ、頭。そろそろ行きますよ」
チラリと上空に視線を送った茨木童子は、魁組四天王の面々と談笑していた酒呑童子に声を掛ける。
日も暮れ始め、茜色に染まっていた空も今では濃藍へと色を変えようとしている。
「あぁ、もうこんな時間か。んじゃ、そろそろ行くか」
「行ってくる」と片手を挙げ、羽織を翻して先頭を歩く酒呑童子。周りの者たちも血気盛んに賑やかな声を上げながら後をついて行く。
「真白は行かないの? 美味い酒に美味い料理! ついでに綺麗なお姉さん!」
「興味ねぇ」
隅の方で木に寄りかかり、我関せずといった風に無言を貫いていた真白に、楽しそうに声を掛ける虎熊童子。しかしそんな誘いを即答でバッサリ切り捨てるのが真白である。
「あらら、つれないな~真白は」
真白からの返答に虎熊童子は泣き真似をしているが、その口元には笑みが浮かんでいる。真白が飲みに行かないのはいつものことなので、虎熊童子も返答を分かった上で聞いたのだろう。
「ま、真白は朔夜様がいなきゃ行かないだろうな」
「そうなのか?」
「真白、朔夜様のこと、大好きだしね」
金童子、星熊童子、熊童子がコソコソと囁く。しかしその声は真白の耳にもバッチリ聞こえてしまったようだ。真白の顔がみるみる赤くなっていく。
「っ、はあ!? ふざっけんなジジイ共! 別に好きなんかじゃねーよ、気色悪いこと言ってんな!」
大声で言い切った真白は一人背を向け、屋敷の方へと向かっていく。
「……俺たち、ジジイだって」
「まぁ真白からしたら、俺らの方が大分年上だけど……ジジイは傷つくよな」
無表情の熊童子に、溜息を落とす金童子。真白が何で怒ったのか分からなかった星熊童子は、一人コテンと首を傾げている。
「あはは……まぁ、皆気を付けて行ってきてね」
一部始終を見ていた朔夜は、空笑いを漏らしながらも門のところまで行って皆を見送る。
「行って参ります。頭のことはきちんとお守りしますので安心してください」
「うんうん、朔夜様任せといてくださいよ! 頭のことは俺たちがきちんと見ときますから!」
「うん、大丈夫。頭が不祥事起こさないように……ううん間違った、えっと……まあいいや。とりあず、ちゃんと見とく」
「不祥事ってお前なぁ……。まあ、あまり遅くならないうちに帰れるようにしますから。土産になりそうなものがあれば、何か貰ってきますね」
最後尾にいた四人も行ってしまい、騒がしさで満ちていた屋敷は一瞬で静まり返る。
「おい」
門の外を見つめて立ち竦んでいた朔夜に、背後から声が掛かる。
「わ、真白。先に戻ったんじゃなかったの?」
「……別に何でもいいだろ。さっさと中に入るぞ」
ぶっきらぼうに吐き捨てて先を歩く真白に、朔夜も慌てて後を追う。
「あ、そういえばね、今日うちのクラスに転校生がきたんだよ。京都から来たんだって」
楽しそうに今日一日の出来事を口にする朔夜を見て、真白の口元も無意識に緩んでいく。
「それから、一之瀬くんと月見くんっていう子と一緒に帰ったんだよ。一之瀬くんはお母さんがフランス人なんだって! すごいよねぇ」
「ふーん。ま、父親が妖のお前の方がよっぽど凄いと思うけどな」
「あはは、確かにそうだね」
談笑しながら歩みを進めていれば、あっという間に屋敷の正面玄関に到着した。真白は玄関扉に手を掛けるが、急に動きをピタリと止めて思い出したかのように口を開く。
「そういえば……隣のクラスに
「東雲時雨?」
「あぁ、今日転校してきた男だ」
「東雲……って、僕のクラスの転校生と同じ苗字だけど、もしかして血縁者なのかな?」
「同い年だし、もしかして双子だったりして!」と楽しそうに話す朔夜を見て、真白はあからさまな溜息を落とした。
「……はぁ、お前は良いよな。能天気で」
「え、それどういうこと? というか、何で真白が僕の学校に転校してきた子のことを知ってるの?」
朔夜が疑問を口にすれば、真白はジト目で朔夜の顔を覗き込んでくる。
「な、何? そんなに見つめて……僕の顔に何か付いてる?」
「……ちょっとは自分で考えろ、バーカ」
最後に舌をベッと出して朔夜に軽いデコピンを食らわせた真白は、額を抑えてきょとんとする朔夜を置いて先に家の中へと入って行ったのだった。
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