お酒と和菓子でおもてなし? ~鬼の次期頭首様は誑し上手~

小花衣いろは

第一部 覚醒

第一話 バケモノとの遭遇



「ひっ……バケモノ……‼」

「っ、何なんだよ一体……‼」


 ぎょろりとこちらを見つめるのは、大きな三つの目玉。

 瞳孔が開き切り、そこからはどす黒い血が止まることなく滴り落ちている。


 真っ赤なべにが引かれた口許は耳元のあたりまで大きく裂けていて、この場でただただ不気味な笑い声を放ち続けている。


「フフフ、フフフ、フフフフフ……やっと……やっと……ミツケタ……‼」


 女は嬉しくて堪らないとでもいうように大きく舌なめずりをしながら、目の前にいる少年少女四人に恍惚のまなざしを向けている。


 視線の先にいるのは――もちろん僕たちだ。




「と、とにかく逃げよう!」


 緩やかなウェーブがかかった金髪の少年――西園寺瑞樹さいおんじみずきが声を上げると、尻餅をついていた丸眼鏡の少年――月見蛍つきみほたるも慌てて起き上がった。


「そ、そうだね。何が何だか分からないけど……い、今は逃げた方が、良さそうだね」


 駆け出す二人の後に続こうとすれば、耳に届いたのはこの場に似つかわしくない、苛つきを顕わにした低い声。


「チッ……んだよ、雑魚妖怪か」


 小さな呟きではあったが――今、確かに聞こえた声。

 それも舌打ちのオプション付きで。


 声の発信源である真横の人物へと視線を向ければ、そこにいるのは艶やかな黒髪を揺らす一人の少女。名を東雲葵しののめあおいという。


 そしてそんな少女を見つめながら「(東雲さんの今の声、何だか男の子みたいだったなあ)」と能天気に考えている少年が――魁朔夜さきがけさくや


 本作の主人公である。



 ***


 話の冒頭から、時を遡ること一時間前。

 事の発端は、クラス担任に教材を職員室まで運んでくれと頼まれたことだろう。


 終業後の教室は賑やかで、部活動に向かう者や友人と談笑するクラスメイトたちの声で溢れている。

 そんな中、一人で窓の外を見つめてぼうっとしていた朔夜に白羽の矢が立ったのは、仕方のないことだったのかもしれない。


「魁、悪いんだが、教卓にある教材を職員室まで運んでおいてくれないか? 先生、これからすぐに部活に向かわなくちゃならないんだ」

「あ、はい。分かりました」

「ありがとうな」


 部活動にも入部しておらず、放課後特に予定も入っていない朔夜は、二つ返事で了承した。そして教材を職員室の担任のデスクまで運び終え、さぁ帰宅しようと靴を履き替えていたところで――クラスメイトの西園寺瑞樹と月見蛍に出くわしたのだ。



「やぁ。君たちも今帰りなのかい?」


 さらさらと櫛通りの良さそうな美しい金髪を耳にかけながら、瑞樹が問いかける。

 彼は日本人とフランス人とのハーフらしく、金髪碧眼の整った容貌をしている少年だ。


「う、うん……そ、そうです……」


 瑞樹の問いにどもりながらも蚊の鳴くよう声で話すのは、月見蛍。

 長い前髪にその目元は覆われていて、銀フレームの丸眼鏡をかけている。俯いていてその相貌をしっかりと見ることはできないが、彼と同じ中学出身の女子の情報によれば、中々可愛らしい顔立ちをしているらしい。


「僕も今から帰るところなんだ。良かったら途中まで一緒に帰らない?」


 朔夜の誘いに顔を見合わせた二人は「ああ、もちろん」「う、うん、僕でよければ……」と了承する。



 斯くして、流れで共に下校することになった三人。


 「授業のあそこが難しかった」「部活動はどうするのか決めたか」などと他愛ない話をしながら帰路を辿る。

 入学してまだ一週間しか経っていないため、いまだほとんど会話をしたことのないメンバーだったが、話題は尽きることなく想像以上に会話が弾んだ。


 瑞樹本人から母親がフランス人で自分はハーフなのだという話を聞き、朔夜が感嘆の声を上げていれば、蛍が「あ、あれ……」と小さな声を漏らした。


 蛍の視線を辿れば、前方に東雲葵の姿が見える。

 彼女は今日、入学式から一週間遅れで朔夜たちのクラスにやってきた転校生だ。


 黒髪ロングの美少女で、どこか儚げな雰囲気を醸し出している彼女は“守ってあげたくなる系女子”というものに分類されるのだろう。


 ちなみに、転校初日に影でついたあだ名は“撫子ちゃん”だ。

 クラスメイトの男子が言っていたが、大和撫子を連想して命名したらしい。


「ああ、本当だね。だが彼女、あんなところで立ち竦んで何をしているのかな?」


 瑞樹が不可解そうに首を傾げる。確かに、路地裏の方をじっと見つめて一人佇む葵は、どこか異様な雰囲気を放っていた。


 不思議に思った朔夜が「僕、ちょっと見てくるよ」と言えば、瑞樹も蛍も共に行くと声を上げた。


 三人並んで葵のもとまで駆け寄れば、そこには――予想だにしていなかった光景が広がっていたのだ。


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