10年前告白して疎遠になった幼馴染と同居することになった

でずな

新生活

 うららかな春の日差しが、新生活の訪れを呼びかけてくれた。 

 新生活の訪れと言ったものの、俺――楚山淳史そやまあつしは希望に満ち溢れた瞳のピカピカな新社会人ではない。

 どちらかというと、これから先の人生へ不安を隠しきれていないドンヨリとした瞳の25歳だ。


 そこそこいい大学を卒業し、就職活動へ。

 そこまでの道はよかった。

 だが、希望に満ち溢れた瞳が崩されたのは就職活動のとき。

 普通の人より頭は良いと自信があり、どうにでもなると思っていた就職活動。自意識過剰だったあの頃は、今でも思い出したくない黒歴史だ。

 俺のことを必要とする場所はいくらでもある。

 俺は他の人より優れている。

 その自意識過剰なところが欠点となり、就職活動は失敗。

 大学卒だというのに、無職になってしまった。

 まあでも、そこから自分の悪かったところを洗い出すことができた俺は一ヶ月もかからず、就職先が決まった。

 自分のことを攻めることなく、悪いところを認めて改善したおかげで、人として一歩成長できたいい経験になったと過ぎ去った今ならそう思える。


 大学を卒業し、社会に出てから3年。

 俺は俺なりに頑張れたと思う。

 と、言っても人生二度目の転職をするが。

 やめた理由は飽きたとかそういう理由ではなく、ただ単に会社がブラックだったからだ。

 ちなみに新生活の訪れ、というのは次の就職先が遠い場所になったので心機一転するということ。

 家も変え、人間関係もリセット。

 我ながら、自分の環境を変えられることにおいて俺は行動力があってすごいと思う。

 まあ、仕事に熱中するような柄ではないとも思えるが。


「おっ懐かしいのが出てきたな」


 部屋の中に残っているものを見ていると、中学校時代の卒業アルバムが出てきた。

 一番最後のページにみんなで寄せ書き書いたっけ。

 懐かしい。本当に懐かしい。

 この頃の友達は今どこで何をしているんだろう?

 誰一人連絡先すら知らないので、見当もつかない。

 卒業アルバムの写真に目を通していると、一人の顔に目が止まった。


 石瀬豊香いしせとよか。下にそう書いてある…

 写真越しでもわかるほど、絹糸のような黒髪。

 ぱっちりとした二重が特徴的で、モデルのような小さな顔。

 微笑んでいる姿は女神と錯覚してしまうほど美しい。

 彼女は俺の幼馴染。そして、俺の初恋の人だ。

 告白をし、返事を貰うことなく遠くに引っ越してしまい、初恋が散ったのは青春時代の儚い思い出の一つに数えられる。 

 豊香はどこで何をしているんだろう?

 そんなことを思っても、昔の楽しかった記憶が走馬灯のように脳内を駆け巡るだけ。

 希望を持つな。

 自分に言いかける。

 もう中学生ではない。

 その頃のような、なんでもできる。

 なんにでもなれる、という希望なんてないんだ。



  ★★★★★



「すみません。このダンボール、奥の部屋にお願いできますか?」


「はいっ。わかりました」


 新生活の準備は着々と進んでいる。

 もう前の家は退去し、今日からこの新たな家に住むことになる。

 今回住む家は1LDKと、職を転々とする俺にとって少し値が張る部屋だ。

 まあ、でも新しい仕事の関係上、会社に出勤するのが少なくなるので、家を贅沢するのは間違っていないと思う。

 とは言っても、この家を借りることになり貯金は底をついてしまったが。


「楚山様。この度は我が社の不動産を通じ、お引越ししていただきありがとうございます。……本っ当ぉ〜に申し訳ないのですが、少々お時間いただけませんか?」


 不動産の男。この男は、俺にこのいい部屋を教えてくれた人なのだが……。

 なぜか、いつにもましてかしこまっている。


「はい? 別にいいですけど」


「ご厚意、痛み入ります」


 カクッと90度腰を曲げ、俺のもとまで歩いてきた。

 手に持っているのは契約書と書かれた紙。 

 俺の、この家の契約はもうとっくに終わっているはず。

 不動産の男は周りの引越し業者に聞かれないように口元を抑え、話し始めた。


「単刀直入に言います。この部屋に、別の入居者がいることが判明しました」


「……は?」


「せ、説明不足でした。どうやらこちら側の手違いで、楚山様が部屋を借りるということを把握しておらず、同じ時期に同じ部屋を借りる方がいらっしゃったのです」


 両手をホイホイと動かしながら、慌てた様子で説明してきた。


「そんなこと今言われても無理ですよ。もう契約書だって書いちゃってますし、引っ越しのためにダンボールも運んでもらってるんですよ?」


「……存じています。今回の一件。悪いのは、我々不動産側なんです。本当に申し訳ございませんでした」


「そりゃ、謝るのは当たり前だけどさ。どうするの? もう契約書書いちゃってるし、なんなら引っ越しのためのお金も振り込んじゃってるんだけど」


「はい。なので我々から、一つ提案をさせて下さい」


「提案?」


「その提案というのは、もうひとりの住居者となる方と同居をしていただけないかということです」


 正直、不動産の男が何を言ってるのか理解できなかった。

 返金して、新たな部屋を用意してくれるのかと思ってた。

 なのに、どうして同居という選択肢になるんだ?


「もちろん振り込んでいただいたお金は全額返金いたします。そして、もう一人の方と同居していただけるのであれば、その同居をする期間の一ヶ月間、家賃を免除させてもらいます。もちろん引っ越しのための初期費用の方も免除させていただきます」


 知らない人と同居するということを除けば、貯金に余裕のない俺にとって最高の提案だ。

 不動産の男の話を聞くに、そのもう一人の同居人は一ヶ月でここを退去する。

 つまり、おじさんと同居することになっても一ヶ月我慢すればいいだけのこと。

 想定できる、一番最悪のパターンがその同居者が女性だった場合。男と女がひとつ屋根の下二人っきりになって、何もないはずがない。

 たしか、こんな感じで同居から始まるドラマかまあった気がする。あれはたしか……横槍が入って、三角関係からドロドロな関係になっていた。

 

「楚山様。以下がなさいますか?」


 面倒な事態になることは間違いない。

 でも俺は、この人間関係構築の練習となるまたとないチャンスを手から離したくなかった。

 なので。


「提案ってやつ、受けるよ」


「本当ですか!?」


「ああ。その代わりさっきの条件のこと、忘れないでくれよ」


「はいっ! そのことについては、おまかせください」


 不動産側はうまく言い込めることで、悪評を立てないようにしているんだろう。

 いいように利用されるのは癪だが、ここは甘んじて受ける。


「そういえば、同居者ってどんな人なのか教えてもらえないのか?」


「ああ、はい。そのことについてなんですが……」

 

 バタン


 不動産の男の言葉は玄関から聞こえた、以上に大きい扉を開ける音に止められた。

 引越し業者の類だろうと思っていたが。


「どうやら、同居者の方が来られたみたいですね」


 思いがけない言葉。

 ゆっくり近づく足音。

 足音があまり大きくないので、ガタイのいい人ではないらしい。キャリーケースのキャスターの音が聞こえてくる。

 遠方から来たのだろうか?

 自然と背筋が伸びる。

 

 キィイイイ……。


 まるで焦らしているのかと思うほど、ゆっくりリビングの扉が開けられ……。

 

「あ、どうも。今日からよろしくおねがいしま」


 透き通った透明感のある声。

 春を思わせる真っ白なワンピースを着こなした女性は、礼儀正しく頭を下げようとしてきたが、俺の顔を見て言葉に詰まった。

 俺も、かける言葉に詰まる。  

 なぜなら、少し前に卒業アルバムで見た顔にそっくりの人物だったからだ。


 もし神がこの状況を見ているのなら、腹を抱えて爆笑しているに違いない。


「ひ、久しぶりだね楚山くん」

 

 だったなんて信じられない。




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