幇助犯
うたこ
プロローグ
まだ空気は生ぬるいが日は短くなった。夕方と夜の狭間、十九時になろうという頃だ。繁華街の入り口には、それなりに賑わっている。
待ち合わせ場所に利用されているモニュメントの前には大勢の人が人待ちをしていて、その中に、埋もれるように長岡虎鉄が立っている。肩から提げているのは大きなピンクのぬいぐるみのキーホルダーを付けたボストンバッグ。小さな唇には朱を塗って、少し大きめの制服を着てきょろきょろと辺りを見回したり、時計を気にしている。身につけているのは、彼の姉の制服。高校生二年になった今も彼は姉よりも一回り小さい。彼の姉が大きいのでは無く、虎鉄が小さいのだ。
制服は大きめでも、スカートは膝上十センチで短め。そのスカートから伸びた足は男とは思えぬほどすっと白くて、細い。カラーコンとタクトをしているのと間違われるほど薄い瞳は、本来の性格を表すように勝ち気な表情をしている。頭にはウィッグを被っているものの、軽く化粧をしただけで、ほぼ素顔のままだ。
虎鉄は自分の武器をよく知っている。
本人は厳つい名前を気に入っているようだが、見た目は完璧に頼りない女の子。
名は体を表すというが、虎鉄の場合は外見ではなく中身を表している。今も虎視眈々と獲物を狙っているのだ。あれは、ウサギのフリをした虎。羊の皮を被った狼なんてかわいいもんじゃない。狼は群れで生活をしているが、アレは一人でも狩りができる生き物だ。
十九時を五分ほど過ぎたあたりで、二人の男が虎鉄に声をかけている。普段の声音は学友と変わらない男性だが、彼は甘やかな女声も出せる。
その特技を有意義に使ってみてはどうか、と言ったこともある。例えば演劇部に入るとか。虎鉄なら女声役でも男性役でもできるし見目も良い。持って生まれた華がある。運動神経もそこそこ良いし、地頭も悪くないから台詞の覚えも良いはずだ。かわいらしい見た目は、女子にも人気がある。恋人として、というよりもアイドルとして好かれている、といった感じではあるが、それはそれで演劇部としては欲しい人材だろう。歌の上手い下手は中学校が別だったし俺は芸術系の選択授業は虎鉄とは別のものをとっているので、歌っているのを聞いたことがなくてわからないが、校内で軽音部に誘われているのも見たことがある。
しかし、俺のせっかくの提案は、虎鉄に鼻で笑われた。
高校生二人は、下卑た表情を隠してもいないからそうとう舐めてかかっている。
残念だが、そいつは何も知らない女の子なんかじゃない。あんた達なんかよりずっと倫理感のぶっ飛んでる変人だ。
片手を腰にあてて、スマホに視線を落としながら小生意気な態度で虎鉄が何か答えている。様子を伺う俺の位置から会話は聞こえない。相手は大学生だろうか。ラフな格好は勤め人には見えないし、フリーターが遊びに出てきたにしては大きな荷物を持っている。虎鉄は彼らより頭一つ分以上も背が低い。
まさか、アイツは二人を相手にするつもりじゃないだろうな。
陰鬱とした気分で、俺はその様子をハンバーガー屋の中から眺めつつ、すっかり温くなってしまったコーヒーを啜った。
まだ宵の口で人通りも多いから、大学生達も強引な手段は使わないだろう。今のところ危険はないだろうが、念のためにすぐに飛び出せるように背中側においておいた鞄を腹側に移動させる。
ちらり、と虎鉄が視線をこちらに向けた。口元が歪んで笑っている。きっと俺は苦虫をかみつぶしたような表情をしていただろう。満足そうに虎鉄が眼を細める。
それからすぐに視線を一度スマホに戻して、素早く指を動かして何かを表示させると、それを二人組の目の前に突きつけた。二人組は興味深そうにそれを覗きこんでから、一瞬で顔色を変えて半歩身を引く。
恐怖というより、理解しがたいものを見せられたような顔だ。
深紅のスマホケースにも、かわいらしいウサギのキャラクターがプリントされていて、それを白くて繊細そうな指が支えている。
アイツ、何を見せたんだろう。
不安で一時呼吸が止まる。
学校からも家からも離れた駅だし、あの大学生達に二度と遭うことは無いだろうが、虎鉄が見せた写真が自分を写したものじゃないことを祈るしか無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます