第58話 冒険者パーティ


 冒険者登録をしようと思った矢先、基準に達していないといわれ帰されてしまったセリナ。

 冒険者ギルドの出入り口横で壁にもたれかかり、今後について考えていた。


「どうしようか、スーおじいちゃん」

『ふぅむ……このまま活動してもよいがのう』


 本来の計画では冒険者登録を行った後、路銀を稼ぎ街を離れる予定だったのだ。

 セリナの実力があれば、冒険者登録が無くても問題なくやっていける。

 依頼こそ受けられないが、薬草や素材の買い取りは冒険者ギルドや街のお店でも可能。


 達成報酬がない分、収入は渋くなるが、こうなっては仕方がないかなと考え出した、その時。


「あ、いたいた。ねぇちょっといいかしら?」

「はい?」


 ローブを着て杖を持った若い女性に声をかけられたのだ。

 隣には軽装の動きやすい恰好をした女性がもう一人おり、こちらに笑顔を向けている。


「私はアンナ、こっちはエマっていうの。よろしくね」

「えっと……?」

「さっき冒険者登録断られてるの見かけちゃって。お話聞かせてくれない?」


 どうやらこの2人は先ほどのセリナと受付嬢のやり取りを聞いていたようだ。

 初対面の人にいきなり話すのもどうかなとも思ったのだが、スードナムが『悪意は感じられん。大丈夫じゃろう』という事で、事情を話すことに。


 もちろん、インクから逃げ出してきたという事ではなく、街の検問所で守衛に話した作り話の方である。

 両親が他界し、親戚筋を頼ってこの街へ来たこと、ここまでは同じ。

 この先は、その親戚もすでに他界しており家もない。

 知り合いも頼れる人もおらず、路銀も尽きた。

 ツテもなく、まだ子供である自分を雇ってくれるところは思い浮かばず、冒険者になる事にした、というものだ。


 なお、これは冒険者になる際、理由を問われた時に出す予定だった物である。

 この真っ赤な嘘を淡々と述べるセリナ。


 しかし、これを聞いたアンナとエマは何と目に涙を浮かべているではないか。

 何か悪いことしたかな!? とセリナが表情をひきつらせた、瞬間。

 なんとアンナが抱き着いてきたのだ。


「悲しかったよね、寂しかったよね!」

「え? えっと、あの……」

「大丈夫、なんにも言わなくていい。あとは私達が何とかする」

『情に厚い者達のようじゃな』

(これ、どうしたらいいの!?)


 アンナに抱き着かれ、身動きできずどうしたものかと悩むセリナ。

 すると、冒険者ギルドから出てきた若い男性がこちらに近付いてきた。


「2人とも、どうしたの?」

「あ、ローラント」

「この子、やっぱり訳ありなの。助けてあげられないかな?」


 男性は皮鎧を身に着け、腰には剣を下げている。

 年齢は3人とも同じくらいで、おそらくパーティーを組んでいるのだろう。


 後から来たローラントはアンナとエマから事情を聞き頷くと、セリナの前でしゃがみ込み、視線を合わせながら話しかけてきた。


「セリナ、ここまでよく頑張ったね」

「あの……」

「その上で提案があるんだけど、聞いてもらえないかな?」

「提案?」


 提案があるといわれ、思わず首を傾げるセリナ。

 ローラントは笑顔で頷き、話をつづけた。 


「僕たち3人はサトリウス教の孤児院出身なんだ」

「孤児院の……?」

「うん。孤児院は16歳の成人を迎えたら出る決まりなんだけど、僕たちは戦える紋章を授かったから、冒険者をやっているんだ」


 そう言って手の甲に刻まれた【剣士】の紋章を見せるローラント。

 横を見ればアンナが【土魔法士】、エマが【斥候】の紋章をこちらに向けている。


「それで、行く当てがないのなら、サトリウス教の孤児院に行かないかい?」

「私が、ですか?」


 セリナの問いに、再度頷くローラント。

 この3人の中では、おそらく彼が代表格なのだろう。


 今のセリナは両親を失い、頼りだった親戚筋すらも他界していた孤児だ。

 孤児院出身の彼らからすれば、そんな子を見過ごすことはできなかったのだろう。

 この子を路頭に迷わせることは出来ないと、善意でサトリウス教の孤児院入りを勧めている。


 セリナとしても、オリファス教会の孤児院は無理だが、サトリウス教であれば問題はない。

 スードナムはむしろ『宿代を気にしなくていいから楽じゃ』と推してくれている。

 唯一、条件を付けて。


「あの、一つお願いがあるんですが……」

「なにかな?」

「私を皆さんのパーティに入れてください」

「えっ?」


 想定外の要望に、思わず顔を見合わせる3人。

 ついさっき、冒険者の危険性について受付嬢から説明を受けたばかりなのだ。

 さらに言うなら、セリナは【無紋】だ。

 悪く言えば神に「才無し」の烙印を押されたという事であり、魔物や紋章持ちの盗賊などと戦う事になれば命すら危うい。


 それを理解できない3人ではなく、ローラントがすぐさま困り顔のままセリナを説得しようと口を開いた、瞬間。

 セリナがかぶせる様に放った言葉に、再び表情が硬直する。


「私、回復魔法使えますよ」

「なっ!?」

「……え?」

「嘘!?」


 これにはローラントどころか、後ろに控えていたアンナとエマも驚きを隠せないでいた。


 じつは冒険者における回復魔法は非常に貴重。

 これはこのシェルバリット連合王国が「土魔法」を重要視し、回復魔法が属する「神聖魔法」を使える者が少ない事が理由の一つ。


 数少ない神聖魔法の才を持つ者は、自らの才能を高めるべくオリファス教会に入信し、インクの様な養成機関に入校するケースがほとんど。

 卒業後はそのままオリファス教会の騎士団や国軍に入るため、冒険者になる者は非常にまれだ。


 一度紋章を授かってしまうとその系統以外の魔法が使えない為、後から回復魔法を習得することも不可能。

 少数ながら回復魔法が使える【治癒士】の紋章を持つ者もいる。

 しかし、これも冒険者になるくらいならば治療院を開いた方が安全かつ安定して稼げると敬遠。


 結果、冒険者で回復魔法が使える者はごく少数であり、それだけで引く手数多となるのだ。

 この事もインクの冒険者に関する書物で知っていた事柄。


 実のところ、未成年か【無紋】の場合、冒険者登録出来ない事も知っていた。

 しかし、回復魔法が使えるという事ならば、例外として登録できるかもと踏んでいたのだが、当てが外れてしまったのだ。


「そ、それ本当かい?」

「はい、確かめますか?」

「……そうだな、頼む」


 訝し気なローラント。

 セリナの確認するという言葉に頷くと、おもむろにナイフを取り出し、腕にスッと切り傷を作る。

 いきなりの自傷行為に彼の後ろで驚く二人。

 傷から血が滲みだし、何もそこまでしなくても、と呆れ気味のセリナ。


 とは言え、治さない訳にはいかないと、傷に手をかざし、回復魔法を放つ。

 セリナの手から淡い光が放たれ、腕の傷がスーッと消えてゆく。


 光が収まった時には傷の後すら残っておらず、ローラント、アンナ、エマの3人は傷のあった腕をマジマジと見つめている。


「す、すごい……」

「わぁ、本当だぁ」

「初めて見た」


 目を見開き、驚いた表情の3人。

 対するセリナはどうだとばかりにふんぞり返り、ドヤ顔で3人を見つめる。


「ね、本当でしょ?」

「あ、あぁ……」

「じゃあ、パーティに入れてくれますか?」

「いや……でもなぁ」


 回復魔法を見せても、歯切れの悪いローラント。

 おそらく戦闘になった際、セリナに危険が及ぶ事を気にしていると思われる。

 しかし、実のところセリナの戦闘能力はこの3人よりはるかに高い。

 ローランドたち全員同時に攻撃を仕掛けられても、あっさり返討ちに出来るだろう。


 このままでは埒が明かないとセリナも察し、トドメとなる一言を告げる。


「なら結構です。私の回復魔法をみて、入れてくれるパーティを探します」

「ま、まってくれ、分かった、入れるよ!」

「えへへ、よろしくお願いします」


 このままセリナを見過ごし、危険な目に合わせてしまうくらいなら、自分の所に置いていた方がまだ安全。

 こう解釈したローラントが折れ、セリナはこのシェリダンの街で冒険者として過ごす事になったのであった。

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