第44話 受章の儀Ⅰ


 インクの誇る大聖堂。

 正面にはオリファス教の聖典を描いた巨大なステンドグラス。

 希少な石をふんだんに使った石柱。

 他にもあちらこちらに細かい装飾や彫刻が施され、大勢の職人たちが技巧を凝らして造り上げた大聖堂。


 本家オリファス教会の大聖堂にも引けを取らない豪華さを誇るインク大聖堂。

 上階席も設けられており、収容人数は1000人以上。


 インク入校式も行われた大聖堂で、インクで学ぶ子供たちの人生を決める受章の儀が行われていた。


「一等生、テオール!」

「はいっ!」


 名前を呼ばれた生徒が祭壇に上がり、紋章を刻む石板に触れる。

 すると石板に刻まれた文字が光り出し、生徒の手に紋章が浮かび上がってゆく。


 祭壇の上に居るのは儀式進行を行っているトーマス司教の他、イノハート世代の担当教師数名。

 そしてインクの学長であるレイオット・アブドレオル大司教だ。


 対するセリナら生徒たちは祭壇から最も近い席から並んで座り、その後ろに生徒の保護者、親族らが大事な我が子の受章の儀に立ち会うため座っていた。

 貴賓席である上階席には貴族家の親族の他、オリファス教会関係者の姿もある。


 インクにおける授章の儀はオリファス教会でも重大事。

 ここで受章した子供たちが数年後には教会所属の信徒となるため、出席することが義務付けられている。

 親族も教会関係者も真剣ではあるが、昔の自分を思い出すようで皆穏やかな表情だ。


 今大聖堂に居るのはセリナたち特級・特待生と一等生の子供たち。

 インクは生徒数が多いため、等級ごとに分けて行われる。


 早朝から三等生が開始し、終わり次第二等生。

 生徒数が少ない特級・特待生は一等生と合同だ。


「この者が神より授かりし紋章は【聖剣士】である!」


 石板の光が治まり、生徒の手に浮かび上がった紋章をトーマス司教が確認。

 大聖堂に響き渡る声で授かった紋章を叫ぶ。


 これは生徒より後方に位置する保護者や、上階席で観覧している方々へ知らせるため。

 さすがにこれだけ広い大聖堂にいる人すべてに聞こえるほど声を張り上げるのは大変な為、何かしらの魔道具を使っているようだが。


「一等生、チロル」

「は、はい!」

「こちらに手を」

「こうですか? ……わぁ」

「うむ。この者が神より授かりし紋章は【回復術士】である!」


 生徒数が多い三等、二等生は比較的早足だが、貴族家が多数を占めるこの等級では時間をかけしっかりと行われている。

 一人一人名前が呼ばれ、席を立ち祭壇へ上がり、石板に触れてゆく。


「なんだか、ドキドキしますわね……」

「う、うん」

「2人とも緊張しすぎだよ」

「だな。俺なんかもう座ってるの飽きたぜ」


 正装に身を包み、大聖堂の最前列で授章される子供たちを眺めるセリナたち。

 受章する子達はどのの紋章を授かるのかという期待と不安、そして儀式の雰囲気から緊張しきり。


 イノとセリナはそんな子供たちを目の前で見続けていたせいか、緊張が移ってしまったらしい。

 表情が強張り、肩には明らかに力が入っている。


 そんな2人とは対照的に、パベルとルフジオは余裕たっぷり。

 パベルは背筋を伸ばし礼儀正しく座り、ルフジオは既に飽き気味なようで、モゾモゾと小刻みに動いている。


「一等生、ジオ・マクダネル!」

「はい!」

「この者が神より授かりし紋章は【聖魔導士】である!」


 4人がそんなやり取りをしている間にも受章の儀は粛々と進んでゆく。

 先程まで家名を持たない平民出の子が主だったのだが、今は家名をもつ貴族の子達になっている。


 一等生の生徒ともなると、授かる紋章は【聖騎士】【聖魔導士】【回復術師】ばかり。

 本来は高い神聖力と知識、経験がなければ得られない上位の紋章であり、その名が語られるたびに大聖堂に拍手が響き渡る。


 そして、ついにセリナたち特級、特待生の順番となった。


「特待生、パトリック!」

「はいッ!」


 一番最初に名を呼ばれたのは、セリナ同様平民出身のパトリック。

 平民出の一等生から憧れ、貴族家出身の一等生からは忌々し気な視線を浴びながら、祭壇に立つトーマス司教、紋章の石板まで歩み寄った。


「こちらに手を」

「は、はい!」


 傍から見てても分かるほど、ガチガチに緊張しているパトリック。

 トーマス司教に促されるまま紋章の石板に触れると、石板が光り輝き、手に紋章が浮かび上がった。


「この者が神より授かりし紋章は【聖騎士】である!」

「や、やった……!」


 トーマス司教が紋章の名を口にすると、目に涙を浮かべ拳を握りしめる。

 貴族家出身が多く、クラスでは肩身の狭かったパトリック。

 事前の判定では【聖騎士】がほぼ確定していたが、やはり実際に取得するまで不安でしょうがなかったのだろう。


 場をわきまえはしゃぐことはないが、それでもあふれる涙は抑えきれず、皆の拍手に祝福されながら祭壇から降りる。


「特待生、レリック!」

「はい!」

「ふむ。この者が神より授かりし紋章は【聖魔導士】である!」

「っ! あ、ありがとうございます!」


 パトリックと同じく平民出の特待生レリック。

 彼もまた判定通り【聖魔導士】の紋章を受章。


 今までの苦労と不安から解放され、目じりに涙を浮かべる。

 そして、先に席に戻っているパトリックと視線を合わせ、お互いに何か確かめ合うかのように頷き、祭壇を後にした。


「では……特待生、キガソク・ナイネターカッシュ」

「はい」


 次に呼ばれたのはセリナたちとも因縁深いキガソク。

 授章の儀における順番は身の上と成績によって決められている。

 そのため平民出のパトリック、レイオット両名の順番は、貴族家出身の一等生より後、同じ特待生の貴族家出身より先とされた。


 そして貴族出身の特待生で最初に名を呼ばれたのはキガソク。

 つまり、彼は18人の貴族出身の特待生の中で成績が一番低いのだ。


 付け加えるなら、パトリックとレイオットを入れた特待生20人中でも最下位である。

 

 それはセリナの一件以降はクラスの中で孤立化が加速。

 実力不足に苛烈な性格も相まって、誰も彼とつるもうとしなくなった事が原因だ。

 互いに切磋琢磨し、悪い所を指摘し合う友もおらず、独善的な考えで成績が向上する程、インクは甘くはないのである。


 そんな中、ついに迎えた授章の儀。

 名前を呼ばれたキガソクはセリナたちに視線を向けることなく祭壇に上り、トーマス司教に示されるまま石板に触れる。


 これまで同様、光が治まり、手に刻まれた紋章をトーマス司教が確認。

 すると、これまで一切変化する事のなかった表情が曇ったのだ。


「司教様?」

「いや……。この者が神より授かりし紋章は【聖剣士】である」

「なっ……!」


 トーマス司教が放った言葉に、大きくざわつく大聖堂。

 それもそのはず、キガソクの授かった【聖剣士】の紋章は【聖騎士】の下位。

 一等生や二等生に多い紋章であり、特待生ではほぼありえない紋章だったのだ。

 つまり、キガソクの実力は特待生はおろか、一等生にも劣るという事になる。


「こ、これは何かの間違いだ! もう一度……!」

「神の与えた紋章に間違いなどあろうはずがない。愚弄する気か」

「ぐっ!」

「神はいつも我々を見ていて下さる。【聖剣士】の紋章を受けたというのであれば、それが必然となるような行いをしたのであろう。下がれ」

「こ、こんなはずは……!」


 さすがの事態にキガソクも動揺を隠せず、やり直しを求め石板に触れようとする。

 だが、それはトーマス司教ほか、数名の教員に取り押さえられてしまい叶わなかった。


 結局、トーマス司教にも冷たくあしらわれたキガソクはなすすべなく。

 苦虫をかみつぶしたかのような苦悶の表情で祭壇を後にしたのであった。

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