第2節(2/3)
寂れた拝殿の前に、白い小袖と濃紫の奴袴を着て、その上から紫裾濃の
政綱と雲景が立ち止まったのは、〈望月〉のせいではなかった。彼女が四人の子どもと話しているのを見て、思わずそうなった。
「珍しい」
と、雲景。
「誤解してやるな、雲景。〈望月〉は子どもが嫌いなわけじゃない。子どものほうが遠慮するだけのことだ」
「子どもが? そうだろうか? あんなに美しい女性がいれば、子どもだろうと放ってはおかないだろう。是非とも話しを聞いてみたくなる。たとえ彼女が、他の人々とは違って青い瞳をしていようと」
政綱は小さく笑った。
「時々、おまえが先例にまみれた公家の生まれだとは信じられなくなる」
「それでいいさ。いまの生き方のほうが、ずっと性に合っているからな」
最初にふたりが歩み寄るのに気がついたのは、子どもの中でも最年長の――ひとりだけ
それにつられて振り向いた〈望月の君〉は、南海の入江のように鮮やかな青い瞳の持ち主だ。長い睫毛に縁取られた二重瞼を細め、紅をさした形のいい唇の端を少し持ち上げている。
「ひとまず安心だな」
近くの木にでも隠れているらしい野分丸が、ぼそっと呟くのが聞こえた。わざとなのか気が抜けていたのか知らないが、その声は雲景にも聞こえてしまっていた。
「いまのは野分丸か? 何が〝安心〟なんだ?」
「なんでもない、気にするな」
近づいて来る政綱の目が、〈望月〉のそれよりも一層異様なのを見て、粗末な筒袖だけを着た子どもたちは、明らかに顔を強張らせた。
それと看て取った雲景は、よくそうしてきたように、笑顔を浮かべて優しく言った。
「やぁ、初めまして。あぁ、彼は変わった目をしているだろう? まるで鷹や鳶の目だ。これは彼が人狗で、山神の使いである証しなんだ。天狗っていうのは、なんと表現しようか……そう、鳥人間だからな。そのお蔭で、見てくれはこんなやつだが、それなりに親切で話のわかる男だよ。友人のわたしが言うんだ、信じてくれていい」
「雲井小路にお住まいの
草紙書き――草匠の雲景は、子どもたちを見たまま、政綱の肩を叩いて言った。
「ほら見てくれ。中身はわたしたち人間と同じだ――口を開けば余計なことばかり言う。わかるだろう? 何も怖いことなんかない」
少しは効いたのか、逃げたり泣き出したりする子はいなかった。
手荒く子どもを投げ飛ばした政綱だが、あれは相応の報いを受けさせたに過ぎない。〈望月〉がそうであるように、子どもを嫌っているわけではなかった。
「こんな神すら寄りつかなくなった場所で、何をしているんだ?」
真っ直ぐ立っている〈望月〉の隣で、政綱は屈み込んで子どもたちに尋ねた。ちらりと横目で見上げると、青い龍神に育てられた誇り高い龍宮巫女も、やっと同じように屈んだ。
「神様は、ここにはいないの?」
四人の中で唯一の十歳くらいの女の子が、不安げな表情で訊き返した。
〈望月の君〉は目顔で政綱を咎めたが、すぐに笑顔を繕って答えた。
「神様はね、
彼女の声は耳に心地いい。穏やかな調子であれば特に。政綱は、〈望月〉の言葉尻にある棘を無視してうなずいた。
「そうだ。たぶん、他所の宮にいるんだろう。おれの師匠も、この〈望月の君〉の偉大な師父も、そうやって遠出をすることがある」
神の遠行については嘘ではないが、そのまま帰って来ない神がいるのも事実だ。
この場所には、神の往来がある気配を感じさせない、ぞっとするような寂しさだけがあった。それはどうやら、この子どもたちには言ってはいけないようだ。政綱は、優しくつけ足した。
「おまえたちは、何か願いごとをしたんだな? 大丈夫だ。きっと思いは通じている」
卯木と呼ばれた女の子は、政綱の顔を見てぱっと笑顔を咲かせた。
〈望月〉は、思い出したように言った。
「この子は
藤丸は小柄で、弥竹丸は目が細い。卯木も含めて、この三人は歳が同じくらいのようだ。田三郎だけがやや大人びているが、まだ髭の剃り跡もなく、二十歳そこそこの雲景と較べてもうんと若く見える。ほとんど子どもだ。
政綱はひとりずつ顔を見ていったが、すぐに気がついたのは、どの子もやけに線が細いことだ。小笹で見た若い武士風の男も痩せていたが、思うにあれは病気だろう。この子どもたちも、それとおっつかっつの痩せ方だ。
「おれは鳳至山の政綱だ。こいつは雲井小路の雲景。――それで、ここで何を願ったんだ?」
田三郎が、まだ声変わりしきれていない声で答えた。
「道中の無事を願っていました。どうしても行かないとならない場所があって……」
「旅にでも出るのか? それにしては随分と身軽だな」
「違うんです。その、様子を窺いに。ちょっと行って、帰るだけなんですが……」
歯切れの悪い物言いだ。痩せているせいもあって、酷く頼りなく見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます