第45話 呪詛返し

 関東山地を源流とする中淀なかよど川は、碧海浜あおみはま市の東部一帯を潤しながら海へと注ぐ大河川だ。


 この河川が、ブラック・マンバがまじないを施している病院、郵便局、映画館、運動公園、寺、学校、児童公園、駅、市役所が描く円の東側をかすめるように延びている。


 メンバーは、途中まで川沿いの県道に沿って北上し、それぞれの目的地に向かって分かれていった。事前に死神が皆に伝えていたとおり、それぞれの施設に設置されているオブジェや構造物には、記号や文字が黒いスプレーで描かれていたらしい。


 三十分もしないうちに、俺の元に全てのメンバーからメッセージが入った。メッセージには、指示どおりにそれらを白く白く塗りつぶし、大きな盛り塩をしていった結果が写真で添えられ、タイトルには任務完了とあった。


 メッセージには、ブラック・マンバのメンバーが襲いかかってきたが、返り討ちにしたという内容も書かれていた。今残っているメンバーがスカル・バンディッド精強のメンバーであるのも大きいが、持っていった銀杏入りの塩が随分役に立ったみたいだった。



 大と一哉だけ、変な奴に襲われたという追加のメッセージが入っていた。そいつらは、犬のように変化したり、恐竜のように変化したらしい。そして、倒した後、口から蝙蝠が出てきたが、そいつも含めて問題なく倒したとのことだった。


 ルイにそのことを伝えると、

「それは悪魔の使い魔に乗っ取られた奴だな。手強い人間がいるところに送られたのだろうが、それをものともしないのはさすがだな」と、答えた。

「ああ。二人とも俺の次くらいには強いからな」

 と、返すと、ふふんとルイが笑った。


「それで、作業は全部終わったのか?」

「ああ」

「素晴らしい。それでは始めるとしよう――

 オン キャスバラ カムイ ズム ダイカン アム……主よ。悪魔の企みを、その強固なる結界を、砂の城の如く壊したまえ……」


 ルイは左手の人差し指と中指を立て、それを右手で握りこんだ。右手の人差し指が点をさすように伸ばされている。


 港の公園のオブジェの足下に作った大きな盛り塩にさしてある銀杏の枝。

 そこへ、ルイの人差し指から一条の光が伸びた。


 そして、それが銀杏の枝に伸びたかと思うと、空へと散っていった。

 空を覆う黒いドームが光に包まれ、一瞬で消えていく。


「すげえな……」

「信じていなかったのか?」


「いや、そういうわけじゃないが……」

 笑顔のルイに、俺は言った。


 だが、次の瞬間、

「まさか、そんな……」と、ルイが呟いた。

「どうした?」

 俺が訊ねるのとほぼ同時に、携帯が鳴った。


「おい、奴ら。血を流してる裸の女を俺の前に捨てて行きやがった! 全部倒したと思った途端に突然、車で乗り付けて……。こんなことに、何の意味があるっていうんだ!」


 大からの電話だった。パニックになりかけながらも、すぐに救急を呼ぶと言っている。俺は呆然とルイの顔を見た。


「やられた。呪詛じゅそ返しに生け贄を使うなんて。この躊躇ちゅうちょのなさから考えると、もっと大殺戮をやろうとしているのかもしれない……」


 言っているそばから、シャコタンのセダンがタイヤを鳴らしながら入ってきて、急ターンしながら止まった。後ろのドアが開くと血まみれの半裸の女性が落とされた。


 同時に目の前に、黒く丸いなものがカン、カン、カンという金属がぶつかるような音を立てて転がってきた。


 こんなものまで使うのかっ!

 俺は反射的にそれを拾って空に投げ上げると、ルイの背中を掴んで地面に伏せた。


 ドゴンッ!

 と、いう轟音が耳をつんざき、灰色の煙が空に広がった。


 キーンという耳鳴りがして、耳が遠くなったような感じがする。

 至近距離で手榴弾が爆発したのだった


 呆然としている俺の目の前で、白い盛り塩の山が崩れ、銀杏の枝が傾いた。

 血まみれの女を中心に、どす黒い瘴気がまとわりついていて、それが盛り塩を引き崩しているようだった。


 そして、女から流れた血がひとりでに動いて、白く塗ったスプレー塗料の上から、記号のような魔法文字が描かれた。


 同時に、公園のオブジェから真っ黒な柱のようなものが空に延びた。直径が一メートルはあるそれは、紫色の細かい電気の糸を絡みつかせて延びていった。


「何だ、これ?」

 俺が呟いた瞬間、暗闇が街全体を包んだ。

 空には、先ほどよりも黒さの増したドーム状のものが一杯に広がっている。よく見ると、先ほど延びた真っ黒な柱は、空を覆うドーム状の天蓋てんがいへと繋がっているようだった。


「おい!」

 シャコタンの自動車を追いかける。


 すると、ドアが

 バン!

 と、閉まり、


「ひゃははははっ!!」

 という下品な笑い声を残して、急スピードで走り去っていった。


「大丈夫か? 何なんだ!? 何が目的だ?」

 女性を抱え、119番に電話をする。


「何て言うことだ……」

 ルイは空を見つめたまま、呆然と呟いた。

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