第42話 戦いへ

 決戦の朝。この日は、雨がぽつぽつと降っていた。


 体に触れる雨粒が蒸発して飛んでいきそうだ。それくらいに興奮し、力が満ちている。奥底に目に見えない発電機のようなものがあって、それが尽きない力を生み出しているかのようだった。


 ルイに手伝ってもらい、仲間と一緒に準備を進めてきた。邪霊憑きに効くという塩も大量に準備している。メンバーもみんな気合い十分だった。


 俺はアパートを出ると、バイクを取りに実家に向かった。家に着くと、ゼファーが雨に濡れそぼっていた。平日だから母も妹も家にはおらず、周りに人気は感じられない。そのせいではないだろうが、バイクは寂しそうに佇んでいるように見えた。


 迎えに来たぜ。相棒――

 俺は心の中でそう呟いた。


 浩二の名前で「修理に持って行くので、バイクを少しお借りします」と書いたメモを玄関に置く。いずれは分かることだが、病院を出たことを知られるのは、できるだけ遅らせたかった。自分で書くと、それはそれで大騒ぎになるだろうから、浩二に頼んで書いてもらったのだった。


 俺はバイクに近寄ると、黒いタンクを撫でた。昔の白いカワサキのロゴが貼り付けられたタンクを中心に、事故った時の傷が残っていた。だが、他に大きな傷は無く、走行に支障はなさそうだった。


 今は亡き父親の形見のバイク――幼い頃に、初めて後ろに乗って風を切った感覚は忘れられない。そして、オイルとたばこ、整髪料の匂いも。

 ふと、隣に父親がいるような気がして、振り向く。だが、そこには実家の玄関のドアがあるだけで、当然のように誰も立っていない。


「今回だけでいい。親父も、力を貸してくれ」

 俺は独りちると、鍵を回し、ハンドルロックを外して道まで押した。さらに、家から離れたところまで押して行く。


 エンジンをかけると、二、三回ぐずった後に四サイクル四気筒エンジンの軽快な排気音が響いた。

 何回か、アクセルを吹かしてみる。

 エンジンも快調だった。


 俺はヘルメットをかぶると、メンバーと打ち合わせた集合場所へとバイクを走らせた。


      *


 バイクを走らせている途中、周りが突然真っ暗になった。エンジン音と排気音が、どこにも反響せず溶け込むように消えていく。


と、同時に、後のサスペンションが沈み込んだ。いつの間にか、後ろに誰かが乗っていた。


「ルイさんか?」

「ああ、そうだ」

 ルイは左手を俺の肩に置き、膝で上手く座席を挟み込んでいた。


「後ろに乗るの、上手いじゃないか」

「そうか」


「ああ。堂に入ってるよ。ところで、ここはあんたが作った亜空間だな?」

「ああ。悪魔に聞かれたくない話をお前にはしておきたくてな」

 死神は俺の耳元でそう言った。


「聞かれたくない話?」

「そうだ。悪魔は特殊な魔法陣を描き、自分の力を増そうとしている」


「魔法陣……か。それを描くことで力が強くなるのか?」

「それ以外にもいろんな手順を踏む必要があるがな」

 死神は髪を掻き上げながら答えた。


「でも、魔法陣って漫画とかゲームとかだと、それこそ悪魔や化け物を呼び出すのに使うんじゃなかったっけか?」

 記憶にある魔法陣について言うと、ルイが首を振った。


「そういうものもある。しかし、今回は悪魔の力を増加させるための魔法陣だ。おそらくだが、これにはあの悪魔の素性も大きく関わっている」

 ルイの声は硬く、深刻さが伝わってきた。


「何だそれは?」

「あの悪魔はビゼムと言ってな、かなり大物の悪魔の息子なのだ。強力な力は持っているが、駆け出しというところらしい」

「それで、こっちで力を付けようと……」


「ああ、そうだ」

「迷惑な話だぜ……」

 オレはため息をついた。


「昨日の打ち合わせでは、ブラック・マンバのアジトに行って、奴らに塩をかけまくるって言ってたが、どうするんだ?」


「ああ。事情が変わった。昨日の晩に確かな情報が入ってきてな。予定変更だ。まずは魔法陣に効力を発揮させないようにする必要がある」


「昨日準備したあの大量の塩はどうするんだ?」

「それはもちろん使うさ。塩には魔を打ち払う効果があるからな」


「じゃあ、その魔法陣を無効化するための方法をまずは説明してくれるんだな?」

「そうだ」


「ふうん」

 俺はアクセルを吹かした。排気音が闇の中に溶け込むように消えていく。


「その悪魔や魔法陣の情報は、誰かに訊いたのか?」

「ああ、そうだ。昔からの知り合いにな」


「神様の仲間かなんかか?」

「そんなところだ。ついでに魔法陣の無効化の方法もな……」


「そうか……で、その魔法陣とやらは、ブラック・マンバのアジトの中に描かれているのか? それとも、別の場所に?」

「いや、そんな規模ではない。街全体を覆う大きさだ」


「はあ!? マジか?」

 俺は思わず訊き返した。


「ああ。古来から、悪魔が作っているものらしい。詳しくは着いてから話すが、皆、真面目に取り合ってくれるか少し心配でな。メンバーの皆がきちんと動くように指示をお願いしたいんだが……」


「深刻そうに言うから何かと思えば、そんなことか。大丈夫だよ」

「なぜ、そう言い切れる?」

 ルイが心配そうに訊いた。


「俺たちには信頼関係があるからだ」

 俺は言い切った。


「街全体を覆う魔法陣っていうのは、突飛すぎて素直に聞いてもらえないかなと思っていたんだが……」


「まあ、大丈夫だ」

「ふうん」

 ルイが不思議そうな声で返事をした。


 その途端、周りが元の景色に戻った。

 光と空気、そして雑踏の音が戻ってくる。


 ――雨は上がり、風には、潮の香りが混じっていた。

 ルイはそれ以上、何も言わなかった。


 俺はルイを後ろに乗せたまま、アクセルをひねった。そして、待ち合わせ場所をめざし、港の方へとバイクを向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る