第32話 抗争(2)

(本当は四十人はいるんだ……)

 竜一が苦しそうに呟いた。


 目の前にいたのは十人だけで、中心に座っている浩二が涙を流しているのが見えた。浩二の背中に邪霊が憑いていない――


「浩二は、邪霊を落とせたのかもしれないな」

(だといいが……)

 オレたちは隠れたまま、囁くように言葉を交わした。


「みんな、すんません……。俺の立てた計画のせいで大変なことになっちまった」

「いや、お前だけのせいじゃないさ。俺たち幹部も、今回の作戦には賛同したんだ」

 謝る浩二に、一際大きな体の男が言った。


 男の黒いTシャツの半袖から、太い腕が覗いていた。髪の横をツーブロックに短く刈り上げ、長い前髪とトップは右に流している。


霧島きりしまだいだ。あいつは小学生の頃からのダチなんだ。家は古流の武術道場とかで、厳しい親父に反発してチームのメンバーになってな……)


「そうか……頼りがいがありそうだな」

オレは言った。


「しかし、ブラック・マンバの奴ら、どうしてあんな化け物みたいに打たれ強いんだ……。オレの蹴りを食らってあんな風に平気な奴には会ったことがないぜ。それもあんな雑魚みたいな奴が……」

 大が言うと、


「ああ、それは確かにそうだ。殴っても殴っても立ってきやがるし、目がイッてて鉄パイプでフルスイングしてきやがる。それに最初に一般車両にまで手を出したのもあいつらだし、何より途中から一般の人たちも俺たちへの攻撃に入ってきやがって」

 小柄な長髪の男が答えた。


 その男は黒の長袖のTシャツを来ていた。灰色のツナギの上半身を脱いで袖を腰の所で結んでいる。Tシャツの背中には真っ白な髑髏が描かれていた。


(あいつも小学校からのダチで小山田おやまだ一哉かずやって言うんだ。洋楽が大好きでロックを教えてくれたのもあいつだ)

オレは黙って頷いた。


「やられた奴らは大丈夫なのか?」

「太一と裕真が重体になっちまった。他にも火傷や骨折で二十人以上が入院してるし、ブルって家に隠れちまっている奴もいる」

 大に一哉が言った。


「そうか……。なあ、あいつら、なんであんなに躊躇がないんだ? さっき一哉が目がイッてるって言ったが、俺もそう感じたぜ」

大が言うと、そこにいた皆が頷く。


「なんとかしないと……」

「そうだな」


 話を聞いている限り、普通じゃないのは明らかだった。やはり、裏には悪魔がいるのではないか――

 オレは暗澹たる気持ちで、話の行く末を見守った。


「ブラック・マンバのたまり場は分かっている。このまま、倒しに行きましょう」

 浩二が突然、立ち上がった。


「ちょっと、待て。この数じゃ無理だ」

 大が浩二をいさめた。


「何で無理なんすか?」

「準備が必要だって言ってるんだ。竜一もいない。今はどうしようもない」


 大が言うと、

「ブルってるんすかっ!?」


 浩二がものすごい剣幕で叫んだ。目をむいて大たちを睨みつけている。大たちも一歩引くほどの勢いだった。


 浩二の背中に、いなかったはずの邪霊が現れていた。


 さっきまで色が薄くて見えにくかっただけだったのだ。今は真っ黒になって、べったりと貼り付いているのが見える。浩二が叫ぶのに合わせるように邪霊が口を開け、真っ黒な唾が飛んだ。


「数がなんだっ! それくらいのことで逃げようなんて、情けねえぜっ! スカル・バンディッドの名前が泣きますよっ!!」


「何だ、てめえっ!?」

 大が袖をまくって浩二に迫る。


(浩二の年は一個下なんだ。いつもならこんなことは絶対に言わない。邪霊のせいだ……。病院で、俺が剥がせばよかったんだ! こいつのせいで、この抗争も始まったに違いない!!)

 竜一がオレの中で叫んだ。


 いてもたってもいられなくなったオレは、後先考えずに飛び出した。

 そのまま、大と浩二の間に割って入ると、浩二に向かって大きく口を開けた。


「シャアアアアアッ!!!」と、鋭い威嚇の声を上げる。

 一瞬、そこにいたメンバーたちの動きがストップした。突然のことに皆口を開け、驚いたような表情をしている。


 オレは浩二の血走った目を睨みつけ、

「にゃあおううう《出て行けえっ》!!」と叫んだ。


 それはオレだけじゃない。竜一の思いも込められた声だった。

 オレの首輪の石と両目は激しく光り、鳴き声の直撃を受けた邪霊は一瞬で散り散りになって消えていった。


 浩二がその場に尻餅をつき、きょとんとした顔をする。

「お前、俺に何かやったか?」

 浩二が呆然と呟いた。


 オレは、慌ててガレージから逃げ出した。


(虎徹、礼を言うぜ……)

 走っていくオレの頭の中で、竜一の声が響いた。

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