第3話 虎徹(3)
もう。早く帰って寝ちまおう――
オレはため息をつくと、歩き出した。
住処である石の祠と大銀杏は、飲み屋街のシンボル的存在だ。酔っ払ってくだを巻いたり、大声を上げたり、歌を歌ったりしている人たちを眺めながら歩く。
夜中になればそこいらに吐いたり、ションベンをしたりする人たちもいたが、この祠に悪さをする人は誰もいない。それだけ、みんなここに愛着を持っているのだろう。
大銀杏にたどり着くと、見上げながらオレは思った。
銀杏の空に向かって拡がるような枝振りが、暗い夜空にそびえて見える。
ざ、ざんっ……
風が吹き、枝葉が揺れた。
オレは周りを見回し、誰にも見られていないことを確認すると、銀杏の根元にある石の祠に素早く滑り込んだ。
石のひんやりとした足触りを感じつつ、奥に進む。そして、床の上にたまった銀杏の葉の上で体を丸めた。
「今日は大変な一日だったぜ。まったく……」
ブツブツと文句を言いながら、目をいったん瞑る。
人の歩く気配もなくなり、辺りはいつの間にか静かになっていた。
「うにゃおうっ!」
一瞬の間を開けて、大声で叫ぶ。
近くを通り過ぎている人がいたら、びっくりするほどの大声だった。
だが、竜一からは何の反応も無い。
オレは大きくため息をついた。
何だか、気持ちが逆立っていてすぐに眠れそうになかった。竜一が牝猫とのことを邪魔したからに違いない。
妙に興奮し冴えた頭を振りながら、またため息をついた。
はあーあ。早く出て行ってくれないかな。
オレはあくびをすると、一度目を開いて、また瞑った。
すると――
ドドン、ウォン、ウオオン!
ブオゥ、ボウ!
突然けたたましいバイクの排気音が鳴り、夜のしじまを破った。
クウオーーンと犬の遠吠えのような甲高い音を立て、バイクが遠ざかっていく。
(こいつは、
竜一が寝ぼけたような感じで、オレの頭の中で呟くのを感じる。
「おい。竜一……」
念のため、呼びかけたが反応は無い。たぶん、すっかり寝ているんだろう。
仲間の名前かな……。まあ、こいつだって元に戻りたいよな――
オレはため息をつくと、もう一度目を瞑った。
遠くから、酔っ払いが歌う声が微かに響いてくる。
銀杏の枝葉が揺れる音にゆったりと身を任せていると、覚えのある甘い匂いがすることにオレは気づいた。
体を起こして、祠から顔を出す。すると、すぐそこに、あの可愛い真っ白な牝猫が優雅な曲線を描いて座っていた。
「にゃおん」
「みゃう」
思わず声をかけると、笑顔で返事をする彼女と目が合った。
視線を通して、彼女の熱い思いがオレに届く。
やった!
オレは小躍りした。
諦めていた幸運が再びやって来たのだ。逃がす手は無かった。
オレは竜一には気づかれないよう静かに、牝猫の元へと駆け寄った。
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