第17話 邪霊祓(1)
目の前に岩の壁と柱で作られた小さな箱のような建物があった。
だが、入り口らしき場所が見当たらない。
どうするのかと思っていると、死神は壁の一部に手のひらを当てた。
すると、突然そこが人が通れるくらいの大きさに四角く開いた。
「行くぞ」
死神が言って手招きをした。
後について入った途端、後の入り口が閉じる。
そこには小さな部屋があった。外は岩で作られていたのに、小さなアパートの一室のように見える。
部屋の中には黒い瘴気が漂っていた。それは肌にまとわりつくほどの密度だった。
「すごいなこれ」
(ああ)
目の前に、首にロープがかかっている青年が立っていた。上下、グレーのスウエットを着た青年はかっと目を見開き、何か言いたげに見える。
「これが練習相手か!?」
「そうだ」
「こいつ、死んでるんだよな? なのに……動いているぞ」
青年が首を回す。すると、目玉の片方がぐり、ぐりっと動き、ボロりとこぼれ落ちた。
「ひっ」
思わず声を漏らすと、目玉のこぼれ落ちた真っ黒な眼窩から、巨大なゴキブリが幾匹も出てくる。
「彼は邪霊に取り憑かれた状態で亡くなった。だが、死んでから発見されるまで時間があったのさ……。霊体が実体と一緒にいた時間が長かったため、この状態になじんでしまったのだ」
死んでから肛門が緩んだのか、足下には糞尿が溜まっていて死臭を漂わせていた。当然のように背中には真っ黒な邪霊が憑いている。
「幽霊なんだな?」
「そうだ。だが、邪霊と一体化している」
(これが実体じゃないだって? まるで、ゾンビじゃないか……)
竜一が呟き、オレは唸った。
「こいつを倒すってどうやるんだ?」
「一体化している邪霊を引き剥がし、消滅させなくてはな。今までよりも大分難易度は高いぞ」
死神の言葉に途方に暮れていると、青年の背中に突如、邪霊が現れた。
真っ黒で、目が燃えるように赤い。
ギロリとこちらを睨むと、
カチン!
歯を打ち鳴らす音が響いた。
男の雰囲気が突然怖いものに変化する。
すると、今までのノロノロとした動きが嘘のように素早く跳びかかってきた。
口を大きく開き、オレの頭に噛みついてくる。
「うおっ!!」
ギリギリで跳び退り、オレは距離を取った。
「一つ、忘れてたよ。これをやろう」
死神はそう言ってしゃがむと、オレの首に首輪のようなものを付けた。
「何だ、これ?」
「お前の住んでいるところの
「ぐおおおっっ!!」
死神が話している側から、男が襲いかかってくる。
「おっと……中々に凶暴だな」
死神はそう言いながら、オレを
男は残った片方の目を真っ赤に光らせ、背後の邪霊とともにこちらを睨んでいる。
「お守りみたいなものか?」
「まあ、そんなようなものだ。あの銀杏はこの街の中心にある霊樹で、一帯の土地の力が集中している。お前の中にある力を引き出すための装置だと思ってくれ」
「オレの力?」
「ああ。さっきの白い球を割った訓練を思い出せ」
死神は静かに言って、オレの目を見た。
「これから、この男がなぜ邪霊に取り憑かれたのか、その記憶を送る。まずはそれを見てくれ。時間がかかるように思うかもしれないが、実際の時間は一瞬だから安心してくれ。後は感じたようにやれば大丈夫だ」
「何を言ってるんだ!?」
「すぐに分かる!」
死神が叫んだ。
その途端――
ゴウッ
と、恐ろしい耳鳴りがして、目の前の景色が変わった。
*
普通のサラリーマンだった男は、平凡で平和な生活を送っていた男だった。
女にもてたこともないし金持ちでもない。学生時代も中の上くらいの高校を出て、中の上くらいの大学を卒業した。友達もそれなりにいて、それなりの日常だった――
「何だかさ……毎日、つまんないんだよな。このままいくと、普通に年を取って、中年の腹の出たおじさんになって、定年退職までいくみたいなさ」
「先まで見えっちゃってるって感じか?」
「そう、そう」
久しぶりに会った大学の頃の友人、小嶋と仕事帰りに一杯やっていると、そいつが切り出した。
「お前さ。情報商材って知ってるか?」
「何だよ、それ? うさんくさいやつなんじゃないのか?」
「まあ、やっても、やらなくてもいいけど、今の自分を変えたいなら、見てみるといいよ。僕自身も少し変わってきたからさ」
「ふうん……」
怪しいなと思いつつ、小嶋おすすめのサイトをスマホで眺め、興味が湧いたわけでもなかったが、軽い気持ちでブックマークする。
小嶋曰く、普通の仕事をしながら取り組める金持ちになるための情報だということだった。最初に必要なのは五千円だけで、儲からなければ、やめればいいという言葉につられ、その日仮登録までした。小嶋への義理立てみたいなところもあったように思う。
――翌日は休日だった。
二日酔いで痛む頭をさすりながら、サイトを眺める。軽い気持ちで本登録を済ませると、株式投資やFXなんかの基本的な情報と、ブログや動画投稿の広告料収入の情報が出てきた。これ以上は郵送されてくるパンフレットに書いてあるらしい。
「まあ、そりゃあ、そうだよな……」
俺は二日後に届いたパンフレットをめくりながら呟いた。サイトに載っていた基本的情報に、少しだけ上乗せされたような内容でしかなかったからだ。
すると、後日メールが届いた。セミナーの案内状だった。本登録したことで、特別な情報を知ることができるセミナーへの無料参加権を得たというのだ。
「マジか、どうしようかな……」
俺は迷いながら、小嶋にメッセージアプリで相談をすると、自分も行くから一緒に行かないかという返事が返ってきた。
あいつも出席するなら、変なことにはならないだろうと思った。そして、俺はセミナーに申し込みをしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます