第6話 子どもの霊(1)
「お前、色々と詳しそうだな?」
「まあ、そうだな……」
「さっきの邪霊のこととか、なんでオレにこんな力があるのかとか教えてくれよ」
「そうか……それが、気になるか。実はこれから別に急ぎの用事があるのだ。話がしたいのだったらついてこい。猫と人の混合体よ」
死神はそう言うと歩き出した。路地裏を抜け、表通りに出て歩き続ける。そしてしばらく行ったところで立ち止まった。道ばたで落書きをする少年をじっと見つめている。
少年は、土で汚れた白いランニングにつぎはぎのあたった半ズボンをはいていた。今風ではない裾の短い半ズボン。靴は見たことの無いアニメキャラが印刷された紐の無いものだった。
(まるで、テレビで見た昭和の小学生のような格好だぜ)
竜一が呟いた。
影がない。それに色が薄い――
思わず声を上げそうになったオレを、死神は人差し指を口に当てて止めた。
「今は黙ってことの成り行きを見守ってくれ。いいか?」
死神は言った。
少年は間違いなく幽霊だった。だが、これまで見てきたぼうっとした幽霊とは違って黙々と絵を描いている。
今まで見てきた幽霊は、やることもなく、ただ、ぼうっと立っている奴か、人の後ろをついていく真っ黒な邪霊だった。しかし、この少年はそのどちらにも当てはまらない。
「そろそろ行こうか」
死神がそう言うと、少年は絵を描く手を止めて首を振った。
「僕ね、お母さんを待ってるんだ」
「そうか。でもな……、ここでいくら待っていてもお母さんは来ないぞ」
少年の目から涙が一筋流れたかと思うと、次から次に涙が溢れ出した。
「だって、ここで待っててって、お母さんが言ったんだ。だから、お絵描きしてずっと待ってるのに、お母さんが、お母さんが……来ないんだ!」
死神は黙って首を振ると、少年の頭を撫でた。
オレは少年の体に無数の傷があることに気づいた。
「この傷は何なんだ?」
思わず、オレは訊ねていた。
「お母さんのところに来るおじさんが、ぼくのことを叩くんだ」
少年が泣きながら言った。
「そうか……」
少年が、猫のオレの言葉を理解し答えることに違和感を抱きながらも、少年の置かれている境遇に胸が詰まるような感情がこみ上げた。
(俺の仲間にも似たような境遇の奴がいるよ。毎日飲んだくれて帰ってくる継父に殴られるもんだから、家に帰らなくなっちまった奴が……だが、そいつにはチームの仲間がいて支えてくれるからな……)
噛みしめるように竜一が言う。
オレはゆっくり息を吐くと、男を見上げた。
「この子は、ここで車にはねられてしまってね。もう三十年以上、この状態でここにいる。果たされないお母さんとの約束を守ってずっと絵を描いているのさ」
「母親はどうしたんだ?」
「この事件が起きたのは三十年以上前のことだ。子どもが死んだことにショックを受けてすっかり気落ちしてしまい、その後間もなくして病にかかり死んでしまったのだ」
「そうか……この子は、幽霊だからオレの言葉が分かるのか?」
死神が黙って頷く。
オレは少年の孤独を思い、首を振った。
「で、この子をどうしたいんだ? どこかに連れて行くのか?」
「なんとか成仏させてあげたいんだ。これが私の仕事でね」
「成仏させなかったら、どうなる?」
「どうも、こうもない。エネルギーが尽きたら消えてしまうんだ。今のところ、お母さんを待つというこの子自身の思いだけでもっているが、もうそれも限界でね……。人の思いが霊の存続するためのエネルギーなんだが、この子のことを思ったり、祈ってくれるような人もいないしな……」
死神がため息をついた。
(おい、虎徹! 俺に少し体を貸せ)
「どうするんだ?」
(考えがあるんだ)
竜一の勢いに負けてオレが頷くと、竜一はオレの体を動かして子どもに近づいた。
そして、右手の人差し指の爪で子どもの描いている絵に何かを描き加えた。それはもじゃもじゃの髪の毛だった。
「ぼくの仮面レンジャーに何するの?」
(ひひひっ)
竜一は笑いながら、その何とかレンジャーの絵の口元にさらに何かを描き加えた。
「ああ! もう、髭なんか生えてないんだから!」
子どもも、笑いながら抗議する。
竜一はお尻を向けると、尻尾を大きく動かした。右に左に動く尻尾を子どもが手でつかもうとするのをぎりぎりで避ける。
子どもはケタケタと笑って喜んだ。
子どもが喜ぶ姿を見ていると、オレも嬉しくなった。
その時、急に尻尾が動くのが止まった。一瞬子どもがつかんだように見えた尻尾は、霊体であるその手をすり抜けて地面を叩いたところで止まった。
「どうした?」
(
竜一が呆然と呟いた。
目線の先に女の子が歩いている。
「お前の彼女か?」
(ああ。
オレの中で、竜一の感情が熱く高まる。
「ううう、なーお」
意味不明な鳴き声が喉から漏れ、駆け出しそうになる。
「おい、待て!」
オレは竜一に体を操られないように必死に押さえた。
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