最強のヤンキーと孤高の野良猫は死神とともに悪魔と戦う

岩間 孝

プロローグ 虎徹と竜一

「何だ!? こいつはっ?」

「正真正銘の邪霊憑き。それも大分魂を浸食されたヴァージョンだな……」

 真っ黒なコートをまとう長髪の痩せた男が、髪をかき上げて言った。自分のことを死神だと名乗るその男が、オレをここに連れてきたのだった。


 真っ黒な瘴気が吹きだまりになっている路地裏の奥―― 

 中年の男が、中学生くらいの少女を背後から抱え、包丁を振り回していた。


 男の背中には真っ黒な邪霊がべったりと貼り付き、男と一緒に耳障りな叫び声を上げている。


 申し遅れたが、オレは野良猫の虎徹こてつだ。

 後で詳しく語るが、ひょんなことから人間の竜一りゅういちっていう不良ヤンキーの魂が体の中に入っちまってる。


(おい。虎徹! 何とか助けてやろうぜ)

「竜一……。それより、逃げちまわないか?」


(馬鹿野郎! 男がそんなことでどうする!?)

「分かってるよ。冗談だ」


 オレは自分の中の竜一にそう言うと、男に素早く跳びかかった。

 突き出された包丁をかいくぐると、右手の甲を爪でざっくりとえぐってやる。


 吹き出すほどに血が出たが、男はひるむことなくオレに向かって包丁を振った。 

 少女を離す素振りは全く見えない。


 それどころか、目にもとまらない速さで幾重いくえにも包丁を振り回す。ずんずんと近づきながら繰り出される攻撃をやっとのことでかわすと、後に大きく跳び退すさった。


(おい、大丈夫か?)

「いや。大丈夫じゃない」


 いつしかオレは、壁に追い詰められていた。

 男が口角を上げてニヤリと笑った。


 男が包丁を振りながら前に出る。

 オレはその瞬間、後ろ足で壁を蹴った。壁を蹴った反動で勢いよく前に跳ぶ。そして、男の足の間をくぐって向こう側に抜けた。 


 オレは男と距離を取ると、

「にゃあう。いやああおうう……?」と鳴き上げた。

 奥の手だった。


 男がビクリと震え、動きが止まる。瞳が、きょど、きょどと落ち着きなく震え出し、口の端から涎が垂れた。


 お前、正気に戻れ。その女の子をどうしたいんだ? と語りかけたのだった。


「にゃああうううううう……」

 ――ほら。手を離せ。もういいだろ。


 一瞬、男の目に正気に返る。


「いやあおおおうううう……」

 ――しつこい男は女の子に嫌われるぜ。


「ああッ!? グわああウッ!!」

 男が突然空に向かって吠え上げた。背中の真っ黒な邪霊も一緒に吠えていた。


(バカッ! 怒らせてどうすんだ!)

 竜一がオレの中で叫ぶ。


 男が包丁の切っ先を少女に向けた。

うにゃっやめろっ!!!!」

 オレは慌てた。男は、今にも女の子を刺しそうだった。


 すると、オレの鳴き声に合わせるかのように、背中から青白い無数の拳が現れた。

 バゴンッ!!

 強烈な音を立て、男が壁まで吹き飛ばされる。


 少女は男の束縛から解放され、泣きながら逃げていった。


「何だ。今のは?」

(何でだか分かんないが、喧嘩のつもりで殴ろうとしたら、拳だけ伸びていきやがったぜ。霊撃れいげき百裂弾ひゃくれつだんて名前にしよう)

 竜一が笑いながら答えた。


 とんでもないな――

 オレは突然のことに驚き、息を吐いた。

 オレの中で魂だけの状態なのに、こんなことができるとは、やはり只者ただものでは無いのか。

 オレはそんなことを思いながら、中年の男に未だ貼り付いている邪霊を睨みつけた。


 ぬるい風が吹いて、オレの体の毛と顔のヒゲをなぶっていく。

 邪霊は何を考えているのか、赤く光る目でオレたちを睨んでいた――




 ――と、さて……。


 ここまで読んで、突然の展開についていけない人も多いと思う。


 冒頭から謎の死神は登場するし、邪霊に取り憑かれた男は少女を捕まえて暴れてるし、何より猫が話していることとか、人間の魂が猫の中に入っていることとか、どこからどう突っ込んで良いのか、分からない人も多いだろう。


 オレは虎徹こてつ。天涯孤独の野良猫だ。

 取り込み中のことだから、できるだけ簡単に説明しようと思うが、少しだけ時間がかかるのを許してほしい。


 そう。あれは雨の日の夜――


 望む、望まざるに関わらず、オレは、この物語の発端となる竜一との奇跡の出会いを果たしたのだった。

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