マジカル・マサクル

夏場冬物

プロローグ 出動

 曇天。

 まさにその言葉がぴったりな空模様の日であった。朝のニュースによれば一日の天気は曇りのち雨。降水確率は午後から60%を超えるという。

 街ゆく人々もそんな報道を聞いてから外出したのだろう、皆傘を手に歩みを早めていた。

 そう、皆が揃えたようにある方向に向けて、歩みを早めるというよりは走るように進んでいる。

 それはもう「逃げる」という表現の方が正しかった。

『ここから先は現在封鎖区域多になっています! 通行はできません!』

『はい、住民の避難は完了。今うちの署の人間が様子を見に行っていますが……』

 人々が逃げていく方向とは反対の方面では、黄色い封鎖線が貼られ警察車両と思われるパトカーが数台停車している。そこから周囲の通行人に警察官が拡声器で呼びかけを行っているようだ。

 その光景が既に、その場に非日常が発生していることを容易に想起させた。


 そこへ一台の新たな警察車両が到着する。

 停車していたパトカーとは外見が全く異なり、車体全体を覆う淡い青色と白い二本のストライプが特徴的なバスのような大型車両だ。車両の窓には全て金網がはめ込まれており、見るものに犯罪者を輸送するための護送車を想起させる。

 バスのような大型車両は封鎖線前で停車しているパトカーのちょうど横で停車した。

「ようやく到着か」

 車両の到着を確認して、パトカーに乗っていた警官がそう呟き車から降りた。

 護送車に見えるバスのような車両も中央のドアが開き、車内から一人の男が出てきた。

 警官と男はお互い目が合うと、挨拶がわりに軽く右手で敬礼する。

「本庁異対いたい2課です。到着が遅れてしまって申し訳ない」

 バスから降りた男は大して申し訳なさを感じてなさそうな声で警官に言う。

「いえ、大丈夫ですよ。とりあえず現状、説明しますね」

 警官の方も、男の言葉を気にせずに淡々と自分の業務を進めた。

「住民からの通報が10時43分。『変な男が奇声を上げて歩いている』という通報で、近隣の警察署から当番の者が急行したところ人ではなく『異常存在』だと確認。その場で二発発砲したが効果認められず、マル警備事案に移行しました」

 警官の説明を聞きながら、男はふと空模様を見る。

 暗い雲が空を覆っており、遠くの空では雲間に光るものが確認できた。

「半径200m地域の住民避難は完了しています。今うちの署の人間が偵察のために様子を見に行ってますが、マル異はこっから150mほど先にまだいるんじゃないかと」

「了解です。引き続き封鎖線は維持で。後はこちらで引き継ぐんで」

 スーツの男は言うとバスの車内を一瞥した。

 バスの車内には数々の通信機器と乗員用の椅子が点在している。その椅子の一つに座っていた一人が立ち上がり、男のいるバスの中央ドアへと向かってきた。

 緑のマウンテンパーカーを着たその小柄な人影は一瞬少年のようにも見えるが、胸のあたりの僅かな膨らみと履いているスカートから少女だということが分かる。

 背中には何か背負っているのか、少女の後ろで揺れているものがあった。

三夏みか、準備はいいか?」

 男はバスを降りて、自分の隣にやってきた少女に語りかける。

 少女は少し面倒そうに男を見た。

「問題ないです。いけます」

「マル異は現地点から150mほど先に位置。この天気だから、雨が降る前に終わらせてくれると助かる」

「善処します。確約はできませんが」

 少女は言うと、男と警官の前を通り過ぎて封鎖線の方へ向かっていく。

 黄色い封鎖線を右手で上げて、その先へと入って行った。

「噂では聞いたことありましたけど、本当に普通の女の子なんですね」

 警官は、封鎖地区を進んでいく少女を目で見送る男へ言った。

 男はそれが自分に対してかけられた言葉だと気づき、視線を警官に向ける。

「ああ、君マル異事案初めて? そう、彼女らはパッと見それとは全く分からないからね」

「あの子一人で大丈夫なんですか。相手はマル異ですけど……」

「マル異だからあの子にやってもらわないと。それがあの子たち」

 男は少し笑って

「魔法少女の役目だから」


 少女は警察によって封鎖された街を進んでいく。

 辺りは何処にでもありそうな都市部の街だが、避難指示によって人気がなくなったことで静まり返っていた。

 車が通らなくなった交差点の赤信号を無視して少女は進む。

『三夏、どうだ』

 少女が耳につけたインカムから、先ほどの男の声が聞こえた。

「まだ見つかってません。感覚はあるんですけど」

『通報現場まであと30mだ。その先のコンビニを左折して、もう少し進んでみろ』

 男の声に従って少女は緑を基調とした電飾のコンビニを曲がる。

 しかし、そこにはただ無人の街があるだけ。

「いませんね」

『捜索範囲を変えよう。そのまま進んで次の大通りで右折してみろ』

「いえ、そんなに遠くではないと思います。確かに感覚は……」

 瞬間。

 少女の前方5mほど先に、ドサっという音ともに何かが落ちてくる。

 それは警察特有の青い制服を着た男性の上半身であった。腰から下がなく、無数の臓器が飛び出ているのが少女の位置から見て取れた。

 瞬時に少女が周囲を見渡すと、正面のビルの8階辺りに相当する場所に張り付いているものを確認する。

 一見すると手足のある人型だが、両肩に相当する位置から伸びた鎌のような腕と、それとは別に人間のものより少し長そうな四本の腕が、それは人間でないと少女に確証させる。

 その怪物の口には先ほど落ちてきた上半身の人物に属していたと思われる下半身が咥えられていた。

「マル異を見つけました。通報通り一体。警察官一名が死亡しています」

『了解。それじゃ、雨が降り出す前に対処頼むよ』

 男の声がインカムから消えるのとほぼ同時のタイミングで、怪物がビルから地上へと降りてくる。

 咥えていた男の下半身を吐き捨て、怪物は少女に対し奇声を上げた。

 全長は恐らく4mほど。その頭はまるで人の骸のようだ。

 普通に考えればあまりにも悍しい光景。だが少女は一切身動ぎせず、黙って背中に背負ったあるものを引き抜く。

「そろそろ降りそうだから……早めに終わらせないと」

 引き抜かれたのは、一本の研ぎ澄まされた日本刀。

 少女は刀を両手で構えて刃の先を怪物へと向ける。


 先に動いたのは怪物の方だった。

 4mほどの巨体が少女に向かって飛び上がり、右肩から伸びた鎌状の腕が少女を狙う。

 が、その腕は少女の体躯を貫くことなく、むしろ少女の持っていた日本刀によって鮮やかに切り落とされた。怪物の腕を落とすと同時に、少女は自身の後ろに移った怪物に狙いを定める。

 怪物も体を反転させて、左肩から伸びた鎌状の腕で再び少女を狙った。

 少女はこれを刀で受け止め、そのまま切り落とした。

 二つの腕を落とされた怪物が先ほどのような奇声を上げる。

 その耳障りな声に少女は顔を顰めた。

「こいつッ……」

 怪物は失った鎌状の腕の代わりに、四本の腕で自身の間合いに入った少女を潰そうとする。

 それよりも早かったのは、少女の動きだった。

 手にしている刀を振り上げて、まずは右半身についた二つの腕を切り落とす。

 そのまま流れるように刀を下から振り上げて左半身の二つの腕も、怪物の胴体から切り離した。

 骸のような怪物の頭から、まるで痛覚があるかのような叫びが響く。

 少女はそれを無視して刀を水平に持ち直し、怪物の頭を跳ね飛ばした。

 全ての腕、更に頭部を失った怪物の体は、ゆっくりと後ろへ倒れる。少女が右足で蹴りを入れると、勢いよく地面にその巨体が叩きつけられた。


 少女がバスのような警察車両に戻る頃には、雨が降り始めていた。

 車内では、男が通信機のようなもので何処かと話している。

 少女が戻ってきたことに気づくと、男は通信機を置いた。

「お疲れさん。上出来上出来」

「ありがとうございます」

 それだけ言って、少女は車両後部の座席へと向かっていった。

「つれないねぇ……」

 少女の態度に、男は苦笑する。

 雨は本格的に降り出し車両の天井を強く打ち始めた。

















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る