思わせぶりな話(芳原先輩・大学三年・女性:外)

 最近サークルこっちに顔出してないのはあれよ、バイト増やしたの。引っ越したからさ。シーズン外だって予定外の出費はいつだって痛いからね。


 なんで引っ越したんですか、って、ねえ。あれよ。君が聞きたがってるようなことがあったから。

 その話をしてやろうと思ってさ。わざわざ杉宮先輩に君のこと呼んでもらったの。君の連絡先、知らないからさ。かといってサークルグループ使うのもどうかって話じゃん。大々的にやり過ぎるとさ、私も君も妙な目で見られるもの。普通の人間は二十過ぎて真面目に怖い話したりしないからね。そういうことするのはこう、趣味が悪いか頭が悪いかみたいに思われがちだからさ……。


 ま、そういう感じで人に話し難いんだけどさ。君は集めてんでしょ? じゃあ話しておこうかなって。そこそこ──そうね、腹立つ話だから、聞いてほしくはあったのよ。

 礼とか別にいらないけど……じゃあ、次の飲みんときに煙草一本貰える? 今ちょっと減煙中でさ。それに、人の煙草って面白いから。普段吸わないようなのだったりするし。


 最初はね、マンション見上げて歌ってる女の人。びっくりしたな。

 地元からこっちに引っ越して、最初の日に見たのがそれだったからね。手伝ってくれた家族とかがみんな帰って、よしじゃあ近くのスーパーで何か買ってこようかって財布とスマホ持って外出たらそれ。

 目は合わなかったけど、だから何だって話だよね。歌がさあ、また微妙っていうか、ハモリだか音痴だか曖昧なところだから……怖かったよね、普通に。ダメな人じゃん関わったらさ。こっち刺しても無罪になるタイプの人。そういう人に遭ったの地味に初めてだったから、その時点で結構嫌だったよね。見ないふりして買い物行ったけど。帰ってきたらいなくなってたから、良かった。そんときはね。

 一応一人娘だから。オートロックでセキュリティがどうこうのいい感じのマンション住んでたんだよね。駅からはちょっと遠かったけど、まあ家賃との兼ね合いだよ。新築ってわけでもないけど見て分かるほど古かったりもしないし、普通の学生向けマンション。近くに墓場も事故多発現場もない、本当に普通のマンション。あ、近くにうどん屋とラーメン屋はある。ラーメン屋の方が近くて、敷地から出て二軒先。そこの斜め前がうどん屋。競合しないのかなって思ってたけど、少なくとも私がいた間は潰れてなかった。


 それが一年生のとき。けど、それきりなんともなく二年住んだのよ。初日にこれかよ! ってのはあったけど、忙しかったしそれ以降目立つやつは何もなかったからね。


 で、二年経って更新して、今年の三月。また遭ったんだよね、女の人。


 三月なのに妙にあったかい日でさ、アイス食べたくなって買い物に出たんだ。やっぱり財布とスマホだけ持って、ぱっと行ってすぐ帰ってくるかって。

 そしたら、いた。最初に遭った時みたいに、マンション見上げて歌ってんの。


 あったかくなったからな、とは思ったよ。そういう人やっぱり気温に敏感なんだなとか思った。

 目を合わせないように通り過ぎた。横を通り抜けて数歩行ったくらいで、歌が止まった。

 じと、って首筋に嫌な感覚がして──見られてるな、って分かった。や、振り返んなかったけど。やっぱり目を合わせたくないじゃん。そういうの。

 気づいてることに気づかれちゃいけない、って思ったね。だから走んなかった。元々歩くの速い人なんです、みたいな感じで誤魔化せる速度で早歩くぐらい。

 そうやってマンションの敷地から出て、しばらく歩いて──ラーメン屋の前まで行ってから、めちゃくちゃ走った。恐る恐る振り向いたけど、着いてきてたりはしなかった。安心して、とりあえずスーパー行って、アイス買った。

 やっぱり帰ったらいなかった。や、いたら困ったけど。


 で、やっぱりそれがきっかけだったのかな、って。今だとそう思う。


 変なこと、続いたんだよ。微妙な感じのがさ、ずっと。

 確かね、その三日後くらいだったかな。休日で、映画でも観に出ようとしたら、共用廊下にネジばら撒いてあってさ。エレベーターと、一番端の部屋の間ぐらい。結構な数が満遍なく撒かれてて、蟻の群みたいだった。帰ってきたら片付いてたけど、何か嫌なもんみたな、って気分だった。

 エントランスホールに雑誌が散らばってたってのもあった。いたずらだろうな、とは思ったけど……古いんだよね、雑誌が。表紙の日付が十年くらい前のでさ。書評とか、コラムとか、四コマとか。一枚ペラにしてページも撒いてあった。その種類もバラバラなのに、妙に綺麗にバラしてあるから気持ち悪くてさ。これは管理会社に連絡入れたと思う。次の日になったら片付いてた。


 あと、これは普通にびっくりした……っていうか、気まずいあるあるなんだけど。朝ゴミ捨てに出たら、角の部屋からえらい長身の女の人が出てきたのに行き遭っちゃった。

 マンションとかの集合住宅だとさ、たまにあるでしょ。自分が外出た瞬間にお隣さんとかち合っちゃって、何となく気まずいから用事思い出したフリして引っ込んでタイミングずらすみたいなの。エレベーターとか非常階段、一緒に使うのも何か気が引ける、みたいな。だから別に不思議なことじゃないっていったらその通りなんだけど……気分が良いか悪いかで言ったらさ、嫌じゃん。

 その人、マンションのドアよりちょっと大きいくらいで、首ちょっと前に倒して、黙ってこっち見てた。

 とりあえず、ゴミは捨てたよ。エレベーター乗るまで、見られてる感じがあった。振り返んなかったから、気のせいかもしんない。捨てて戻ったら、誰もいなかった。ドアに隠れるみたいにして家入って、なんでこんなことしなきゃいけないんだって腹立てたのを覚えてる。いやまあ、怖かったからだけどさ。ドア開けた音で出てこられて、目が合ったらさ。。何がって言われると、分かんないけど。


 そんな感じのことが続いたんだよね。

 廊下に自転車のハンドルだけ落ちてたり、エントランスの集合ポストの右端一列にお守りがぶら下がってたり、『ゴミ以外を捨てないでください』って手書き看板が火曜日だけ出てたり。

 分かる? 全部ね、決定打にはならないの。全部うっすら嫌だな、ってばっかりで、警察とかお祓いとかそういうのに一歩踏み出せない感じ。このくらいなら、って我慢できるのよ。そりゃ管理会社に連絡は入れるけど、そうすれば片付いちゃうからね。一旦解決はするんだよどれもこれも。けど、きっと根本的な解決にはなってない。また違うことが起きて、不安になって、それでおしまい。繰り返されるとね、参るよ。そういうの。


 んで、五月の真ん中。

 連休終わったあたりだったかな。やけに冷え込んだ日で、鍋やろうと思って具材をスーパーで買ってきた帰り道だった。割引狙って七時過ぎてから行ったから、マンション着いたときには八時近かったと思う。

 エントランス入って、集合玄関カードキーで開けて、エレベーター乗って、廊下に出たときだった。


 エレベーター横の非常階段。その扉の前に、中華丼が三つ。剥き出しのままごんごんごん、って並んでた。

 湯気がね、立ってた。寒い日だったから。


 で、ダメだった。

 もう限界だったね。これがお化けでも人間でももう嫌だった。どっちであってもこれ以上ここにいたらろくなことにならないと思った。

 慌てて部屋に逃げ込んで、即行で親に連絡した。そこからはまあ、怒涛だったね。マンション探すの手伝ってもらって、業者手配して、梱包とか大慌てで済ませて。引っ越すまでが一番辛かったな。できるだけ友達の家とか泊まったりしてたけど、限度ってもんがあるから。


 分かんない。全部人間だったかもしれないし、全部幽霊だったかもしれない。どっちでもどうとでもなるしね。だってできるもんね、人間にも……むしろ幽霊とかの方がこういうことできないじゃん。いる? 雑誌散らかす幽霊とか。いやまあ、あいつらも元人間なら人間ができることはできるのかもしれないけど。せっかく幽霊になったのにそれしかできないってのも、何か嫌じゃん。勝手な感想だけど。

 ただ、。だから、人間でもお化けでもどっちでもいいの。逃げ出したいくらいに怖かった、それだけが確か。その原因はどうでもいい。いざ殺されるってときに、斧か包丁かにこだわる人間とかいないでしょ。些細で意味がないのよそんなの。だって殺されるんだから。どっちも嫌だとしか言いようがない。


 でね、更新掛けた途端にそれだったから、更新料分丸損なのよ。その上似たような条件でマンション探して、無理言って色々やったからね。親に出してはもらったけど、返さないと筋が通らないじゃない。だからバイト増やしてるし、ちょっと煙草も控えてる。

 高くついたけど、これでよかった……ってなればいいんだけどね。分かんない。後悔するような状況になったら手遅れだと思うし。未然に防げた、ってことにしといた方がいいと思うのよ。手遅れよりは何だってマシなんだよ、多分ね。そうじゃないとやりきれないでしょ?

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