※災話により顛末を選択してください

降って湧いた話（岩城さん・OB・男性：地）

　いいよ別に金とか。年下に奢らせるほど困ってないし、そんなことしてたら君だってキツくなるだろ？

　バイトしてるったってさ、学生だろ？　じゃあ本分は学業だ。社会勉強も大事だけど、そんなもんは社会に出てからだってできるんだよ。

　ああ、気を悪くしないでくれよ。俺だって別に、そんな説教できるほど立派な生活してるわけでもないからな。

　ただまあ、あれだ、驚いてんだよ。

　初めてだからな。「怖い話あったら聞かせてください」って理由で後輩に呼ばれんの。一応さ、ＯＢとして後輩の進路相談とかには乗ったりはしてんのよ。だから杉宮から話来たときもそのたぐいかと思ってったんだけど……恐怖体験募集中とかね、そういうのはさ、なあ。ざっくり三十年ぐらい生きてるけど、初体験だよ。あるんだな、この年でもそういうの。

　いや、手持ちはあるよ。からかいにきたとか、説教しにとかじゃないから安心してくれ。ちゃんと話しにきた。俺もそこまで性根が腐っちゃないんだ。レコーダーとか用意して、真面目にやってんだなって感心したよ。久々に見たもん。あんときはクレーマー相手だったから、生きた心地がしなかったけど……。

　じゃあ、ぱっぱと話して飯でも食うか。せっかくファミレス来たんだからさ。

　親戚がアパート持ちでさ。住んでたんだよ、幽霊アパート。

　そう、幽霊アパート。発覚したとかじゃなくて、承知で住んでたからな、俺。

　所有してんのが叔父さんだったんだよ。父さんの弟なんだけど、昔から本の趣味が合って仲良くしててさ。その人から……大学二年のときだったかな。丁度住んでたとこが更新切れるあたりで、なんかいい物件あったら引っ越すかなって考えてたあたりで連絡が来たの。訳あり物件で部屋に人が居つかなくて困るから、どうにか住んでくれないかって。

　家賃はねえ、もう無茶苦茶破格。駅近でさ、スーパーにも銀行にも十分歩けば行けるから、普通なら引く手あまたみたいな物件だよ。築十年だからまあ、外観とかは内装は微妙なとこだったかもしんねえけど……そこまで傷んではなかったな。人があんまり住んでなかったから。

　それが数年前から幽霊が出るって噂が立って、店子がぼろぼろ出てっちゃって困ってる、っていうことだった。

　ただでさえ悪評が立ってるところに空室ばっかりだと誰も居つかないからってね、叔父さん必死だったよ。大学いる間だけでいいから、とにかくどうにかして住んでくれ、何なら家賃ももっと下げるし卒業まで住んでくれたら個人的に礼金も出すってまで言ってた。

　そりゃあ住むよ。金が浮く上に金が貰えるんだから、住んだよ。あとはまあ、叔父さん困ってんならかわいそうだしさ。本当だよ。俺あの人好きだもの。

　で、住んだけどね。まあ──そこそこ色んなことはあった。

　まずね、クローゼット。備え付けで部屋にあったんだけどさ。そこが午後の三時から三十分がりがり内側から引っ掻いてる音がするんだよ。鼠か虫かなんかか、って開けても何もいない。でも閉めるとまたがりがりいう。腹立って戸殴ったら一瞬静かになって、がりがりがりって自棄になったみたいな毟り方になったとか。どうしたって、普通にうるさいからその時間に家から出るようにした。別に土日以外はいないし、土日だってちょっとイヤホンしてゲームなり動画見るなりしてれば気にならないしな。平気だよ。

　あとはそうだな、ベランダ。しょっちゅう誰か立ってんの。いや、不審者じゃないんだよな。首がないから。これは遮光カーテン買って付けたら気にならなくなったからノーカン。設置する時はちょっと嫌だったな。頭ない癖にさ、こう、肩口とかが微妙にこっちの方を向くからああこっち見られてるな、って分かるの。一応叔父さんに必要経費だってお守りとか買ってきてもらって、手首とかにぶら下げながらスピーカーでマイリスがんがんに流しながらやった。ほらこれそんときのマイリス。やべ～勢いですげー盛り上がる。そう正式曲名。おすすめ。

　困ったやつだとね、玄関にネギ落ちてた。スーパーで売ってるような束のやつ。さすがに食べるわけにもいかないけど放っても置けないから、拾ってちゃんと捨てた。ちょっとね、心が痛んだ。食い物捨てるの辛いんだよ俺。貧乏性だから。

　一番驚いたのはあれだな、風呂入ってた時。サークルの飲み会で夜中の一時回ってて、でも酒抜きたいから湯船にお湯張って漬かってた。

　四十二度ぐらいにして、ぼーっとしてたら、目の前にいきなり顔が出てきた。

　油粘土みたいな肌にさ、黒の画用紙べとっと貼っつけたみたいな目があって、こっちを見てた。しかもさ、逆さま。

　すげえ叫んでとりあえずお湯掛けた。そしたら消えた。そりゃもうぱっと。一瞬で。

　あれはびっくりした。夜中に風呂入んなくなったもん。うん、その後も何回か遭ったけど、どうも夜中の一時過ぎるとそういう感じらしい。じゃあまあ、その前に風呂済ませればいいだけだから。朝になれば全然平気だしな。時間決まってるやつはね、楽。都合を合わせればいいだけだから。人間だって一緒だよ時間守んないやつは頭割られても文句言えないからね。うん。私怨だよ。社会人の。

　アパート、そんなことになるような因縁はね、噂にはなってたよ。

　そこに住んでた苦学生が、留年決まったことに絶望して首括った。その一人を皮切りに、隣室階下はたまた廊下のドアノブなんかで首を括って死ぬやつが多発して、当たり前だけど幽霊が出るようになった、って話。元凶は苦学生だな。

　問題はさ、そんな事件起きてねえの。人死んでねえ。

　叔父さん、だから困ってたんだよな。や、極論因縁（そういうこと）があるんなら、じゃあお祓いしましょうかとかその部屋潰しましょうかみたいなさ、どうにかできるだろ。原因があるなら対応もできる。

　だけど、ないんだよ。全く平穏で、空き巣被害だってなかったような治安だって言ってた。自殺どころか刃傷沙汰や騒音問題なんかもなかった。本当にいい物件だったって、叔父さん言ってた。俺もちょっとは調べたけど、確かに派手な事件なんかは見当たらなかった。精々駅前の本屋に強盗が入ったくらい。やっぱり死んでない。

　そもそもそんな原因がないんなら、じゃあどうすればいいんだって話だろ？　開いてもない穴から水が零れてきてたって、そんなもん塞ぎようがない。だって穴がないんだもん。どうしようもない。

　叔父さんにその辺を聞いたときには、ちょっと悩んでから「混ざってんじゃないか」みたいなこと言ってたな。いや、学生が死んだ事件自体はあったんだよ、十年くらい前にな。駅近の、やっぱり立地がいい感じのアパートだかマンションだかで死人は出てる。ただ、それだって苦学生とかそんなんじゃなかったと思うんだよ。一時期噂になったけど、やっぱこう、不謹慎みたいな雰囲気ですぐ下火になったんだと。

　それがこう、勘違いされてんじゃないかな、みたいなことを言ってた。どっちにって──ああ、幽霊と人間の？　知らねえ。考えもしなかったな、無条件で人間だと思ってたもん俺。幽霊にそういう意思とかないだろ。死んでるんだから。

　でもさ、俺が見たり体験したのは事実なんだよな。俺一人だと俺の頭がおかしいって言われたら否定もできないんだけど、叔父さんも見てんだよ。叔父さん、たまに様子見がてら遊びに来てくれてたんだけど、そんときに何回か一緒に見てるんだよね。だから、何か起きてんのは事実だったんだよ。

　俺？　とりあえず卒業まで住んで、約束通りボーナスと酒貰った。もうちょっと住んでくれないかっても聞かれたけど、勤め先が遠かったからな。断ったよ。

　アパート、結局は駄目だったんだよな。こないだ取り壊して、駐車場にしてた。市内だからな、繁盛してるってよ。今んとこそういう噂はないけど、どうだろうな。こないだ人死んだけど。

　とりあえずこんなもんだよ。取っ散らかったけど、大丈夫か……おお、手慣れてんな。俺メモとか取れないからそういうのすげーって思うよ。真面目にやってんだな、本当に。

　じゃあ、何食いたい？　意外と話す方も面白かったからな、デザートもつけてやるよ。俺ドリアにティラミス。早く決めな。