『怖いもの』の話(久東・大学二年・男性:外)

 人間、基本的にどうやれば死ぬかってのは一緒だろ。人種性別年齢なんかを問わずに、基本的には血が抜けたり寒かったり飢えたら死ぬ。

 だから、根本的な怖いものっていうのはみんな一緒なんじゃないかと俺は思っている。生物として、っていう範囲の話だけどな。


 違う、宗教じゃない。怖い話してくれって聞いてきたのお前だろ。前置き大事だってことがまだ分かんねえのか。なんでそんな雑なのに国文やってんだよ。手順ってもんがあるだろう。データ集めて前提立ててそこから推論作ってこそだろ。土台がしっかりしてないと、何言ったってうわごとだよ。土台がしっかりしたうわごとはあれだ、妄想。病院行ってこい。もしくは教祖始めろ。会計屋と事務屋でいいのを揃えておけばいいとこまで行けると思うぞ。俺はやらないが。

 とりあえず黙ってコーヒー飲んで話を聞いてろ。せっかくファミレス来たから……いいよ、別会計だよ。与太話して銭もらうほど落ちぶれちゃないんだ。どうしても払いたいってんなら帰りにコンビニでアイス最中買ってくれ。たまに無性に食いたくなるんだよ、あれ。


 話を戻すぞ。

 怖いものの普遍性──というか、恐怖っていう感情の根っこに死があるっていうことが大前提なんだな。死ぬこと。存在の停止及び消失。

 人間生き物としては基本的には死ぬのが怖い。ややこしいのはともかくとして、基本的には生きるために生きている。そういう作りになっている。だから、それが停止しかねない状況を回避しようとするのが本能だ。死にたがりとかそういうのは知らんよ、それは趣味とか哲学の範囲だ。個人で済む分には勝手にやればいい。俺がしているのは平均的で基本的な生き物の話だ。

 そうだな。質問をするぞ。ポテトを置いて考えろ。

 刺されるのがどうして怖いか、お前答えられるか──そうだな、痛いからってのも立派な理由だ。じゃあどうして痛いと感じるか、痛覚っていうのは警報だ。痛みを感じるような損傷は生命の維持を妨げる。だから、その損傷を見逃さないために痛みがあるし、痛みが不快だから損傷を回避しようとする。結果として危険から逃れやすくなる。

 傷つくと血が出て、血が出過ぎると人間はくたばる。大まかにはそんな感じだ。例外は知らん。血ぃだばだば出すと生き物は死ぬ。


 それが嫌だから、そうならないために怖がる。生きていたいから怖がれるんだな。恐怖も同じく警報だ。心の痛みなんていうと陳腐だけどな。

 消えたくないし死にたくない。存在を、個人を喪失したくない。恐怖の大元は突き詰めればそれだ。少なくとも俺はそう考えている。


 そうやってひどくシンプルなものに、個々が勝手に見たいものを見ている。屋台のかき氷と同じだな。シロップ自体は全部同じなのに、色だけ変えてさも別物みたいにして楽しんでる。是非がどうこうなんていう気はない。そもそも俺の持論でしかないからな、覚えとけよ。何を考えるのも個人の勝手だが、正誤の保証なんてどこにもないからな。鵜呑みにする前にちゃんと考えろ。思考を外注するのは悪手だぞ。


 ここまでが前提だ。

 そこと似たような遠いような話だよ、俺の話は。


 高校のときな、クラスにバカがいたんだよ。雑に言えば霊感ちゃん。どっか空き教室の前でぶつぶつ詠唱してたり、授業中にいきなり悲鳴上げて教室飛び出してったりするタイプ。大人しく占いやってるようならまだ何とかなったんだけどな、そういうアグレッシブにやられるとこう、どうにもできないんだよな。

 いじめとかなかったのか、っていうか……いじめるにも怖かったんだよな。いきなり教室で悪霊に憑りつかれたって言って教卓引っ繰り返して駆け去っていくようなやつに、わざわざ触りにいくほど危機感がないやつはいなかった。

 だからまあ、遠巻きにはされてたよ。積極的に石投げるような真似はしないけど、だからといってお話しにいくほど仲良くする気にもなれない。腫れ物にできる限り触らない、みたいな感じだった。当たり前だよな。義理がない。

 ただまあ、本人は気づいてないっていうか、だからこそっていうか……聞いてもないのにこう、話しかけざるを得ない状況を仕掛けてくるんだよ。他の連中が集まって盛り上がってる近くでわざわざ思わせぶりによろめいてみせたり、早口でごにゃごにゃ呟いてみせたりな。そういうときは、まあ、仕方ないからな。どうしたなんか用か、って聞いたりはしてた。

 優しさとかではない。しいていうなら、なんだ。ガス抜きだよ。

 放っとくといきなり背後から肩引っ叩いて「邪霊を祓ったんだよ! 危なかったんだから、気を付けてよね!」とか言われるからな。そっちの方が嫌だろ。危ないし、何より不愉快だ。人に触られるのが何より嫌な人間ってのがいるのを、どうしてあの手の奴らは理解しないんだろうな。


 そうやってちょっと水を向けると、延々と話して頂けるんだよな。癪だけど覚えてるよ。俺たちみたいな凡人には見えない悪霊や怪異を、異能チカラを持った自分がどうやって守ったのかっていうのをな。

 怪異連中のことも話してくれたよ。聞いてもないのに、詳細たっぷり、設定山盛りでな。

 職員室前廊下を彷徨っている上半身だけで血まみれの男は右足を毟り取ろうとしてきた。

 演劇部室の前に這いつくばる旧型制服の女は右足に縋りついてきた。

 三階の女子トイレで母親を探す三人の赤子に右足を噛みつかれた。

 校舎内を自在にうろつく『黒い塊悪意の結晶』は右足を締め付けてきた。


 ……演劇部、ニアミスではあるんだよな。いや、幽霊が出るっていうか、いわくつきのいわくの置き場所についてなんだが。

 廊下じゃないんだよ。教室なんだよな。

 演劇部顧問の部屋になってるんだが、昔ちょっとあって──死体置き場にしてたから──訳ありではある。いやそれは事件じゃなくて事故だ。学校行事でこう、自然災害系の事故があってな。毎年慰霊碑の前で黙祷とかしてるから、嘘でもないし隠蔽もされてない。あとでWiki見せてやるよ。載ってるから。開かずの教室扱いになってたんだけど、顧問がなんか、勝手に使い始めてからなし崩しに個人スペースになったそうだ。人間の方が訳ありだな、これは。


 さて、お前も分かったろ。

 虚言かどうかはさておいて、明らかにまともじゃないところがある。


 全部同じなんだよな、怖いものがさ。


 外見とか出てくる場所とかは違ったな。省いたけど、細かい因縁とか恨み言の内容も違ってた。だけど、全部右足に手を出してくる。そこだけ判を押したように一緒だった。他のところが──なんだ、差別化がちゃんとできてる分だけ、異様だっていうがすぐ分かった。本人気づいてなかったけどね。質問する気にはならなかったな。下手に真面目に話を聞いているって思われて、懐かれるのは嫌だった。それにまあ、シンプルに怖かった。そのくらいにはあからさまに不自然だからな。


 つまり彼女の恐怖はそれなんだよな。足をむしられる、足を掴まれる、足を噛まれる──とにかく足を害されるのが何より恐ろしい。


 どうしてかなんてのは分からんけどな。心理学とかなら説明がつくのかもしれないけど、俺その辺は興味がないからな。ただ、恐怖が確かにある。そこから逆算して色んなものを見てるんだよ。だから血まみれの自殺者も寂しがりの女生徒も水子の霊も彷徨う悪意も、ガワだけ変わってやることが一緒だ。

 本当に見えてたかどうかなんか知らんよ。全部作り話だったかもしれないし、本当だと信じ込んでる妄想だったのかもしれない。そうだとしたら尚更だけどな。出典が本人なんだから、結局同じことだろ。


 足はどうなったか?

 知らん。何か秋ぐらいには不登校になって、それから卒業まで顔見なかった。生きてはいたんじゃないのか。死んだら担任から連絡ぐらいくるだろうしな。


 どういう話だったんだって、怖い話だよ。少なくとも俺はとても怖い、というか嫌だ。自分のために周囲を捻じ曲げる、そんな乱暴なことを無自覚にやってて、それでいて罪悪感も何もないっていうのが怖かった。

 同じものから色んなものを見出せる、別にそれ自体は観測者の自由だ。。対象の本質とか真意とか、そんなもんは蹴っ飛ばしてさ。見たい人間が都合のいいもんを見てるだけなのに、それに気づきもしない。それでいて対象をすっかり理解したようなことを考えるんだから始末に負えない。自分の都合に他人を合わせるなんざ、まったくろくでもない。

 俺は嫌だね、そういうの。行儀が悪いよ。

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