祟り小屋の話(三屋先輩・大学四年・女性:外)

 特に何にもないんだよね。

 いや、本当に。大学入ってからずっと同じマンションだけど、全然快適に毎日生きてる。不具合とか恐怖体験とか全然ない。


 あー、おととしだったかな、四月いっぱい木曜の午前中に悲鳴が聞こえてたりしたけど、ちゃんと後日管理会社から連絡来たから大丈夫だったし。何かね、どっかの階に監禁? とかされてた人がいて、その辺の何かだったみたいよ。細かくは知らない。大騒ぎになったとき、ちょうど知り合いと旅行してたから。四年目リーチかかるくらい住んで、それしかないなら平穏無事の方でしょ。


 そういう怖い話じゃないってのは分かってるよ。

 でもさ、急に振られてそんな話できる方がおかしくない? 怖い話は好きな方だけどさ、好きだからって話せるとは限らないじゃん。その理屈でいくと歌好きの音痴はいなくなるからね。宮下くんの存在が危うくなる。あの人弾き語りできるくらいに楽器弾けるけど、すごい音痴だからね。追いコンのカラオケでタンバリン以外触るなって厳命されたくらいには駄目だよ。本人はすごくいい人なんだけどね。でもあの音痴は庇えない。具合悪くなるもの。駄目だよ。

 そもそもがさ、私ただゼミまでの時間潰しにサークル室寄っただけだからね。そりゃ君が怖い話集めてるっていうのは北沢ちゃんから聞いてるけど、だからって今日会ったのは本当偶然だし。そんな持ちネタ常備してるわけないじゃん。芸人じゃあるまいし。

 そういやさ、最近の芸人、大体みんな怖い話始めるよね。流行ってんのかなんかしらないけど、好きだったけど最近テレビで見ない芸人のチャンネル覗いたら、なんかずらっと怪談動画が並んでたりしてさ。

 喋ってる人が好きだからさ、ちょっとは見るよ。ラジオ代わりっていうか、怪談だからトーンが落ち付いてて聞きやすいんだよね。たまにやたら抑揚つけて鬱陶しいのがあるけど、基本的にはテンションが低くて邪魔にならなくっていい。

 でさ、芸人の怪談って喋りが芸だから聞きやすくっていいんだけど、たまにこう、倫理がすっ飛んでる話があって怖がれないことがあるんだよね。

 未だに覚えてるやつあるけど、悪ガキがヤンチャしたら祟られて自首したみたいな前振りから聞いてたら、ヤンチャの内容が車の窃盗と強盗に殺人未遂っていう有様で全部すっ飛んだからね。ヤンチャどころか犯罪って言わない? そういうの。

 それでちょっと怪奇現象が起きたからって、でしょうねどころかはよ警察呼べとしかならないわけでさ。ストレートに悪人が邪悪な話なのよ。怪談っていうか、事件だよね。主旨がさ。


 ん、あー……主旨、主旨がずれるのか。

 いや、分類でよく考えたらそういうの、あるかもしんない。主題が怪談っていうか、あさってに飛んでったやつ。それでいい? 別にいいよタダで。大した話じゃないからさ。


 中学の頃なんだけどね。

 地元にさあ、不良がいたのよ。や、さっきみたく犯罪沙汰をやるほどのやつじゃないけど、まあ飲酒喫煙深夜徘徊、と不純異性交遊……はどうだろうな。そのくらいの、スケール小さめの不良。授業はちゃんと出てたし、成績もそんなに悪くなかったんじゃないかな。巻き込まないタイプの不良だったから、別にクラスで浮いてるってこともなかったし、何だろうな……ほんと何だろうな? 

 でも田舎の不良なんてそんなもんだよ。悪いことする手段が基本的にないっていうか、飲酒喫煙ぐらいしかやりようがない。駅前たむろしようったって、駅前が十時回ると真っ暗だから溜まりようがないし。そもそもタクシーのおっちゃんが常駐してるから居づらいんだよね。まだ公園いた方がマシだよ。公園も年寄りと子供がよろよろしてるから微妙なところだけど。深夜徘徊ったって真っ暗だから、普通に夜のお散歩。たむろするコンビニもないんだよね。

 で、田舎の分際でさ……心霊スポットもあったんだよね。有名な祟り小屋。小屋なんだよ田舎だから。せぎ──用水路の近くにあってさ、草に埋まりかけて昼でもじとじとしてた。

 小屋っていってももうぼろっぼろで、辛うじて柱と屋根の残骸みたいなやつが奇跡的なバランスを保って建ってるだけって感じ。廃屋っていうか廃材って言った方が正しいくらいのボロさ。寄っかかったら壊れるって皆確信してたくらいだった。そんなになっても手を出してないんだよ。自然に壊れるのを待ってる、みたいな感じかなあ。


 親世代だとガチめに扱いだったんだよね、多分。だからぼろぼろでも壊せなかったんだろうなって、今なら何となく想像できる。


 祟りの内容もね、曖昧っていうか教えてもらえなくてさ。一応同年代の間だと、そこでせぎに落ちて死んだ子供が遊び相手を探してるとか、ひき逃げされて投げ込まれて死んだ人が憑りついてるとか、お姫様が棲んでるとか。お姫様ってのはあれなんだよね、その辺の民話でそういうのがあったからだと思う。豪族の土地争いで命からがら逃げ延びてきたお姫様が山賊に出会って、身ぐるみ剥がされて川に放り込まれて死んじゃった話。その川から繋がってるからってことだと思う。


 で、そこをぶっ壊したんだよね。不良連中。自転車で突っ込んで。


 かわいそうなのはさ、別にやる気があったわけじゃないってところなんだよね。何だっけ、あるじゃん古ぅい歌でさ、支配からの卒業が抵抗でガラス割りまくるやつ。これも大概分かんないけど、そういうのですらないんだよね。わーい学校終わった帰ろうぜーって自転車乗って馬鹿みたいに競争してたら前方不注意で突っ込んで破壊。

 元が本当にぼろぼろだったからね。怪我人とかは出なかった。それは良かったと思う。

 で、どうしようかって不良連中も困った──けど、黙ってることにしたんだって。不良だし。そもそも祟り小屋壊したってこと、誰に言うべきかも分かんないし。突っ込んだ自転車も人も無事だったから、じゃあバレるまで黙っとこうなって話になった。これ別に不良じゃなくても同じことしそうだよね、馬鹿の中学生ならさ、誰でも。


 なんでそこまで詳しく知ってるのか?

 その突っ込んだ不良、私の従兄なんだよ。二つ上。二つ上でそんな馬鹿をやらないでほしい。そんな馬鹿の癖に私より成績いいから腹立つしね、本当。


 従兄、こそこそお家帰って、何食わぬ顔で普通に自室で暇つぶししてたんだって。そのうちご飯だって呼ばれて、いつも通りにのこのこ居間に出て行った。

 夕食のテーブル、従兄が席に着いた。目の前のお父さんが箸も取らずに、


「小屋、さわったな」


 それだけ言ってじっと従兄の顔を見たって。

 連絡行ったんだろうね、田舎だから。従兄、観念して頷いた。そしたらまず一発張り飛ばされて、そのまま仏間に引きずっていかれた。叱るとき、仏間でやるんだよね、田舎だから。広いし、ご先祖様が天井から見てるし。

 仏壇の前でもう一回張り倒されて、むちゃくちゃ怒鳴られた。やっぱりあれマズかったんだなあ、でもあれ俺らがやんなくてもぶっ壊れてたよなあとか思ってたら、もう一回張り飛ばされた。伯父さん、加減ないんだよね。滅多に怒らないけど、一度怒ると手も足もばりばり出る。

 従兄、ひっくり返って畳を見てたって。下手に起き上がるとまた叩かれるから、動けなくなってるふりして横になってた。


 畳と、机の脚と、座布団。その横に、伯父さんの靴下履いた足がある。

 その隣に、傷だらけで爪も剥げて血の気も失せたような汚い足があった。


 ぎょっとした瞬間に、腿のあたりを蹴られた。あんまり痛くて目を閉じて、しばらく転げ回ってから目を開けた。

 開けた途端、目鼻の先に顔があった。

 砂みたいな肌で、ぼろぼろの唇の端が裂けてて、そこから白っぽい骨とか歯、みたいなものが見えた。


 一発で死人の顔だって分かったって。


 怖がるべきところじゃん。向こう死人もこう、脅かす気で来てるじゃん。それがさ、どうもそんな雰囲気じゃなかったんだって。

 眉寄せて、口いーってちょっと開いて、目がきょどきょどしてて。花瓶の中で腐った水みたいな目がどろっと上目遣いで従兄を見て、ゆっくり視点をずらしていく

 引いてんだよね、表情が。幽霊の分際で。

 従兄、そんなんありかよって思ったって。そしたら伯父さんに胸倉掴み上げられて、額に頭突きが一発入った。さすがに目が回ってくらくらして、止めにきたお母さんの声が聞こえたくらいで気絶したって。


 仏間──っていうか、従兄に憑いてきたんだよね、幽霊。小屋すみかを壊されて、幽霊らしく犯人に憑りついてた。んで、ぼこぼこにぶん殴られてる従兄見て、引いて消えた。

 何が困るって、幽霊側の方がまだ理解できるってことだよね。悪いことしたからって、そこまで容赦なく実の息子ぶん殴ってる伯父さんの方が怖い。そりゃ幽霊だって手を引くよね。泣き寝入りっちゃそうだけど、そんなやつがいるところに関わりたくないと思うよ。親戚筋の私が言えた義理でもないけどさ。


 次の日?

 ちゃんと学校に来たよ、従兄。他の連中も何ともなかったって。従兄だけ貧乏くじ引いてんの。でも真面目だから、顔ぱんぱんに腫らしたままで、きっちり授業受けて帰ってった。本当になんで不良やってたんだろうね、あの人。今も地元で公務員やってる。ふざけないでほしいよね、本当。

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