Boid

惑星ソラリスのラストの、びしょびし...

第1話

 あー、鳥ですね。ゆっくりと旋回して。あの高さじゃあ、プレイに支障が出るねえ。こう、ちょうど打球の高さだから。ええ。野手としては難しいですか。そりゃあね。あー放送席、放送席。私、仙台の球場で中継に入った時も実は同じことが起きまして。ねえ、おじいちゃん。本当に鳥なの? 鳥がいるの? ああ鳥だよ。鳥の群れだ。間違いない。ゆっくり、ぐるぐる飛んでいる。本当に? 本当だとも。あっ、群れが増えましたか? いやー時間がかかるね。観客席からはなぜか歓声が上がっております。このあたりは海が近いこともあって鳥の数は普段から多いんですが。あっ、選手はいったんベンチへ下がるようです。放送席、わたくし仙台で。五年前。同様のケースが。ええ。鳥の群れがなかなか。そうですか。あー、ちょうどセカンドの後ろあたりでしょうか。鳥たちが地面に降り立ちました。あれ、鳥か? 鳥でしょう。放送席、そのときは照明をですね。おじいちゃん、おじいちゃん。どうした、怖いのか。大丈夫。鳥だよ。この目で見てる。あれは鳥だ。鳥に違いない。そうでなけりゃあ。だから鳥でしょう。鳥かね? ううむ。 ええ。放送席。仙台で。あっ、照明が……。あー、明かりを消して、出て行ってもらうと。五年前も同様に。照明を消しまして。なるほど。いや、これは真っ暗だな。何も見えねえ、ヒロ坊と一緒だな。じいちゃん、違うよ。あれ、鳥じゃないよ。馬鹿を言え。鳥だよ。大丈夫。暗くなっただけだ。違うよお。しかしこうも暗いと肝心の鳥たちがどこにいるか分かりません。なあ、あれは鳥じゃないんじゃないか? いえ鳥ですよ。そうでなければ。放送席。私は仙台にいました。ええ。その時は四分の中断で。「ただいま、場内に鳥の群れがおりますので、照明を暗くさせていただいております。お客様に置かれましては足元に」あー。ウグイス嬢ですね。なあ、鳥じゃねえんじゃねえか? 鳥ですよ。そうですよね? 放送席。仙台で。四分間。選手と観客合わせて九十二名。ええ。ごおんごおんごおん。これは、何の音でしょうか? 鳥が嫌がる音かね。いやー、ちょっと聞いたことがないような音ですが。放送室にはそうだ、色んな音が。その中には鳥が嫌がる音も。当然。放送席、放送席。仙台ではたった四分。暗転。今も九十二名の行方が。なるほど。しかしこういった際のマニュアルというのは、例えば何分間暗くするとか。ああ、作ってもいいだろうねえ。じいちゃん、もう帰ろうよ、怖いよお。ぎいいい。今のは悲鳴でしょうか? レフトスタンドの方向ですね。ごおんごおん。鳥じゃねえぞ、おい。ごおん。「お客様に置かれましてはスマートフォンの明かりを消していただき」なるほど、となるとこの放送席の明かりが一番目立ちますかね? ぎいいい。今のも鳥が嫌がる音か? 「明かりを」じいちゃん。じいちゃん。ぎいいい。仙台で。放送席。私は見ていました。同じです。観客が。選手が。一瞬でした。あっ、今、マキ選手がバットを持って……消えた……では放送席の明かりを。馬鹿、そんなことしたら! 「消して」だから鳥でしょう? ……違うんですか? じいちゃん、じいちゃん。ヒロ坊は何も見るんじゃない。ええか。おじいちゃんがついているからな。ぎいいい。ぎいいい。ごおんごおんごおん……。

 それから、音が消えて、じいちゃんの重みも消えた。あれだけそこいらにいた観客も、誰もいなくなった。代わりに、鳥だ。鳥がいるんだ。いやね、俺は生まれつき、これだから。それでも、見えている人よりは、耳も、鼻も効くほうなんだよ。でも、なんだろうね。あれは。違うんだよ。いるのは分かるんだ、そこら中に。なんだろうな。例えて言えばさ、ガワだけなんだよ。本物じゃねえ。無いんだよ。匂いがさ。息遣いも。ガワのその下に何があるか? 想像したくも無いね。とにかく……。見ろ、あれから六十年も経ってるのによ。思い出すと、これだ。震えが……ああ、そうだ。鳥だよ。いや、俺は見た訳じゃねえ。でも、鳥ってのは、ほら。こんなだろ? 合ってるよな? あれは全然違う。なのにだ。その時は皆が、鳥だ、鳥だって。そう。それが俺のすぐそばまで来た。それだけは分かったんだよ。けど、どっちにいるか、どれくらいいるのか、全然分かんねえんだな。それでな、そいつが俺に……ええと……いや。消えたんだ。鳥も。皆も。そうだな。それで、終わりだよ。

 え? 鳥に何かを言われなかったか? あんた……誰から聞いた? はあ。で、答えたのか。そいつ。……死んだ。自分で、首を。そうだろうな。言うわけないよな。あんなこと……俺は言わんよ。なに、もう俺だけなのか。生きているのは……あんた、そんなに聞きたいのか? いいのか。いいんだな。よおし。俺で最後というのなら、そうだな、いいだろう……誰かが、知ってなきゃいけないんだ、そういうもんだ、これは。でなけりゃ……いいか? 本当にいいんだな? 言うぞ。言うぞ。あの日な、鳥は俺のすぐそばに来て、俺の耳元で、こう言ったんだ。


 聞いたな? 聞いたな。よし。あとはお前の番だからな。俺はこれで終わりだ。やっと……。何? 何が居るって? そりゃ、そうだろう。だから言ったろう。

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