神のいない世界で僕は女神になるそうです。

ユウヒ シンジ

第1話 近くて遠い昔の話

「まこと君、もうすぐ時間だね」

「あ! うん、もうそんな時間なんだ」


少女が座っているベットの横に置いてある、ピンク色の可愛らしい置時計をの時刻を見て、少年は少し驚いた。


「かえでちゃんと、話してるとすぐ時間が経ってしまう。これは問題だよ」


人差し指を立てながら、真剣な表情で言う少年。


「それは本当に大変な問題だよね」


少女も、少年の問題提示に、うんうんと頷き同調する。


「「プッ!」」

「「あはははあはははは!」」


彼女はベッドの上で、目に涙を浮かべ、少年はお腹を抱えながら、二人で笑い合う。

暫く笑い合った二人は、落ち着いてきたので、もう一度時計の方を確認した。


「本当、時間ってもっとたくさんあったら良いのにね・・」


少女は、時計を見ながら小さな声で呟いた。


「大丈夫だよ。向こうに行ってもちゃん手紙書くからね。これからも、かえでちゃんに教えてもらった冒険小説をたくさん読んで感想書いて送るから」

「待ってるね。私も新しく出た、冒険や、ファンタジー系の小説で良いのがあったら送るから、また読んで感想お願いね」


少女は微笑み、少年もウンと大きく頷く。


「でも、やっぱり淋しいね。最低でも3年間は、会えないんだもん」

「しかたないよ。僕だってこのまま日本で、かえでちゃんと一緒の中学に入る予定だったのに、父さんの急な海外赴任が決まっちゃったから。ごめんね」


ベットの横に丸椅子に座って項垂れる少年に、少女は首を横に振ってこたえる。


「でも、まこと君、帰って来てくれるんでしょ?」

「もちろんだよ! 僕が高校生になったら、必ず両親を説得して、この街に帰ってくるから! それまで待ってほしい」


少年はまっすぐに少女の顔を見つめ、力強く宣言する。

その言葉に少女は少し頬を赤く染めにっこりと微笑み返した。


「ありがとう。私、それまでに体を治して、まこと君と同じ高校に行けるように頑張るから」


細く白い腕で精一杯のガッツポーズを見せる少女。


「でも、良いなぁ。海外生活なんて、まこと君だけずるいよ」

「ずるいって・・」


頬を膨らませ、ちょっと拗ねた素振りを見せる少女に、少年は苦笑いするしかなかった。


「どんなところかなぁ? やっぱり金髪な人ばっかりなのかな? 西洋のお城も本物を見れるんだよね? 絶対ラッキーだよ!」

「はは、かえでちゃん、ファンタジー小説大好きだもんね」

「そうよ! でもその私の本をいつも借りて読んでるのは誰かなぁ?」

「・・・・はい、僕です」


肩をすぼめ、小さく手を上に上げる少年を見て、クスクス笑う少女。


「私ね、もし、もしもだよ? 私が死んじゃったら、神様にお願いして今とは違う世界に転生させてもらうんだ! そしてそこで冒険をして悪い人を懲らしめて、縦横無尽の活躍をして、いつか世界を征服するんだ!」

「ちょっと、かえでさんや、それは少し過激な発言ではないですか?」

「あら。そう? だってそうしないと、まこと君が転生したときに、二人で何不自由なく暮らす事が出来ないじゃない?」

「あ、僕も死んじゃって転生する事、前提なんだ?」

「あ! だ、大丈夫! 世界征服するまでには少し時間かかるから、誠君はゆっくり死んで来て頂戴ね?」


ニッコリと満面の笑顔の少女を見て、少年は呆れるが幼い頃から入退院を繰り返している少女にとって、異世界で活躍する主人公の話は、憧れそのものだった。


「でも、それじゃあ、かえでちゃんが早く死んでしまうみたいじゃないか。そんな事を考えるより先に、まずは体を治す方が優先だよ?」

「うん、わかってる。私もまこと君と同じ高校に通いたいもん!」

「その意気だよ! 頑張って!!」


少年は胸の前で拳を突き上げ、ガッツポーズをして見せた。

少女はその少年の握り拳をそっと自分の小さな手で包み、自分の額に握りに拳を近づけると、祈るような仕草になるとじっと動かなくなった。


「かえでちゃん?」

「・・・・うん、もう大丈夫。まこと君、もう時間だよ?」


彼女の言葉に少年は時計を確認すると、両親に言われていた時間を、少し過ぎていた。


「本当だ、もうこんな時間か」

「うん、今日はありがとう。まこと君のところも引っ越しとかで忙しいのに、お見舞いに来てくれて嬉しかった」

「うん、じゃあ僕、行くから」

「うん、いってらっしゃい。体には気をつけてね」

「僕より、かえでちゃんの方こそ体に気をつけて、絶対に良くなるんだぞ!」

「うん、分かった。私、頑張るからね」


二人は、どちらがという訳でもなく、手を差し出す。今にも壊れそうな小さく白い手を、優しく包み込むようにして握手する。。

少女は、その彼の手の温もりを感じられる今がとても大切な時に思え、時間が止まればと、つい思ってしまう。

けど時間は止まることはなかった。少年は握る手をゆっくりと離し後ずさる。


「じゃあね」

「うん、じゃあね」


少年は病室の入り口の短い間を歩く間、何度も少女の方を振り返る。

振り返る度に少女は笑って手を振っていた。

そして入り口の扉をを引くと、最後に振り返り、扉が閉まるまで手を振り続けた。


「挨拶はすんだ?」

「・・・うん」

「そう、じゃあ、誠、行こうか」

「・・・母さん」

「何?」

「僕、かえでちゃんをお嫁さんにしても良い?」

「・・・そうね。じゃあ、かえでちゃんを守れるだけのいい男にならないといけないわね」

「いい男か、頑張ってみる!」


手を握り締め、決意を表す息子の姿を、どこか寂しそうに見つめる母。

二人は、病院を後にした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「楓、これで良かったの?」


病室のベッドで横になり窓から見える青空を見ている彼女に、母親が問い掛ける。


「うん、良いよ。誠君が悲しむのは嫌だから」

「そう、そうね。あなたがそう決めたのならお母さん、もう何も言わないわ」


誠君の父親が、海外赴任になり引っ越しが決まってから、楓は夜な夜な泣いていた。

大好きな、誠君と会えなくなるのが本当に辛かったはず。でも、楓はそれを、誠君には微塵も感じさせず今日に至った。

自分の命がそう長くはない事を知っていたから。自分の死が近い事を大好きな、誠君には知られたくなかったから。

母である私は、自分の娘を誇りに思うわ。


「母さん」


窓の外を眺めながら、ポツリと呟いた彼女。


「どうしたの?」

「・・・・・・私、やっぱり死にたくないよ」

「!!」


母は、ベッドの上に座る我が子を後ろからゆっくりと、でも力強く抱きしめた。

その抱きしめた母の腕には、次々と彼女の涙が流れだし、服の袖の色を変えていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


それから4年後、彼は彼女に会うために、高校生になったのを期に、単身、日本に戻り、今日からの高校生活を迎えるため、多くの学生達と同じように電車に乗って向かっていた。


「今日の入学式が終わったら、おばさんの所に寄ってみよう。かえでちゃんと会うのは4年ぶりかな? 突然いったら、びっくりするかな?」


僕は、ようやく会える、その時を待ち遠しく思いながら、車窓から見えるビルとその合間にある空を眺めていると自然と笑みがもれていたようだ。


キィィィィィィィィィィ!!!!


けたたましい電車のブレーキ音を聞いたと思った瞬間、体が浮き、強い衝撃が僕を襲った。


・・・・・・・・・・・・


『速報です。今朝、7時20分頃、・・・駅手前で、脱線事故が発生した模様です。10両編成のうち7両が転覆。通勤ラッシュの時間帯だった為、多くの犠牲者がでた可能性があります。消防本部は、緊急対策本部を設置し・・・・』


「あら、すぐ近くの駅じゃない。怖いわね。紅葉ちゃん、あなたも車とかには気をつけなさいよ!」

「はあ~い」

「あ! 楓お姉ちゃんに挨拶するの、忘れるところだった。お姉ちゃん行ってきます」


小学生の女の子が、お菓子とかを供えられている写真の女の子に、小さな手を合わせていた。

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