好きという気持ち
目を覚ますと見慣れた管理室の天井が広がっていた。どうやらベッドに寝ていたようで毛布が掛けてあった。どれくらい時間が経ったのだろう、窓から見えるのは暗闇で部屋には明かりがついている。
「起きた?」
声の主を探すと椅子に座り心配そうに僕を見るエフがいた。
どうやらエフがここまで運んでくれたらしい。
「廊下で倒れてた」
「そっか、心配させてごめん」
「水、飲む?」
「うん」
渡された水を飲むと喉の渇きが潤った気がした。過労と脱水症状もあったのだろうか、自己管理に注意しないといけない。会話は途切れ、互いに無言の時間が続いた後、エフが静かに口を開いた。
「無理、しすぎ」
「ごめん」
「見てた。二人の為に色々するのはいい、でも、自分のことも大切にして」
「はい」
「私にとって、カナタは大切な人、だから」
ぼそっと、エフが呟いた言葉に耳を疑った。大切な人、とはどういうことだろう? 管理人として、それとも別の意味が? 理解が追い付かないままエフは話し続ける。
「ヴィーナに、言われた。カナタの気持ちを聞いてどう思ったって」
「うん」
「私は、嬉しかった。カナタに好きって言われて、嬉しかった。だけど」
言いよどんで、エフは微かに頬を染めた。
「エンド、だから悲しい思い、させたくなくて。断った」
「そっか。でも、いいんだ。僕は気持ちを伝えただけで、嬉しいから」
「違う」
「え?」
「ヴィーナに言われて、相談して、気づいた。私……」
真っ赤に熟れたトマトのように頬を染め、軍服のスカートの裾を小さな手で握り、エフはうるんだ瞳で僕をまっすぐに見つめる。
「私、カナタが好き。悲しく、辛い思いさせるだけなのに、好きなの」
ここまで感情を露わにするエフは見たことがなかった。
赤褐色の瞳は僕だけを見ていて、吸い込まれそうなほどに美しい。
「いっぱいのはじめてを、優しさをくれて。エンドなのに、あとどれくらい生きられるかわからないのに、私は、カナタが!」
瞬間、エフを抱きしめていた。愛おしい彼女を強く、自分がここにいると証明するように。
応えるようにエフも背中に腕を回し、永遠に感じられた抱擁のあと彼女を見つめた。
「辛くて悲しい結末ばかりじゃない。僕は最期に、君に、楽しい思い出を残すよ」
「ホント?」
「ああ、君の望む限り、僕は傍にいる。別れは辛いかもしれないけど、それ以上の楽しい思い出をエフに届ける。君が生まれてきてよかったって、悲しい過去も塗り替えるくらい」
「うん。終わるその日まで。私はカナタと一緒いたい」
互いに見つめ合って、息の音だけが聞こえる静かな部屋で。
僕とエフは。
キスをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます