もう一度

軍本部への出向日、迎えに来た車に乗り荒野を揺られていた。


「前より随分と荒んだな。そこら中、穴だらけ。まったく、戦争ってのは嫌になる」


 ぼそりと、僕にだけ聞こえるようにケイティが呟く。悩んだ結果、本人の申し出通り僕はケイティを連れていくことにした。彼女に用事があるのかどうかはわからないが、望んだことなら叶えてあげたいと思った。


 車窓から見える景色はケイティの言う通り、加速度的に荒み続けていた。収容施設に来たのは数か月前のはずだが、依然見た家屋も建物も数を減らし瓦礫の積み上げられた広場には生き残った人々が身を寄せ合って暮らしている。


 人間が直接戦うことがなくなったとはいえヴェリムが起こす戦争の被害は甚大なもの。争いが起こる度、地下のシェルターに閉じ込められ、大切な家屋や思い出の土地を失っていく国民のストレスは計り知れない。

この国の戦争は長く続かない、敵国に敗戦する前に崩壊を起こしそうな気がした。


「着いたみたいだな」


 ケイティの声で軍本部に付いたことに気づく。車から降りる本部に入ろうとしたところでケイティは足を止めた。


「終わる頃に戻ってくる。中に入ってもいい思いはしないからな」


 そう言ってケイティはどこかへ去っていく。行きたいところもあるのだろう。なにも言わず彼女の思い通りにさせてあげることにした。


 健康診断を終えると、同じく呼び出されたのか、かつて学校で同期だった整備士たちの顔を見かけた。特に話すこともないし、クラスでも孤立していた僕は早々にケイティの下へ戻ろうとしたのだが、向こうとしてはそうはいかないらしい。僕を見つけるとにたにたと笑みを浮かべ近づいてくる。


「よう、カナタ・メルド。エンドたちの世話は順調か?」

「可哀想だよなあ、せっかく整備士になったのに毎日残飯処理みたいなことしてるんだぜ? 俺だったらすぐに辞めちまうよ」

「ホント、ホント。こっちは毎日ヴェリム共で憂さ晴らししてるからいいけどさ」


 下衆な奴らだった。ヴェリムを恨む気持ちを否定するするつもりはないが、戦争の駒として扱われ一方的に責任を押し付けられている彼女たちの気持ちを少しも考えていない。

 反論しても無駄だと、無視して立ち去ろうとする態度が気に入らないのか同期たちは僕を囲む。


「おい、なんか言ってみろよ。どうせ、お前も使い捨てのヴェリムで欲を満たしてんだろ?」

「君たちと一緒にしないでくれ」

「あ? 生意気な口を」

「いいのかい? 問題を起こして困るのは君たちの方だろ?」

「ちっ、まあいい。所詮、エンドの処理なんていう最底辺の役職についてる奴だ。その内、俺らを羨ましがる」


 大笑いしながら、同期たちは去っていく。同じにされてたまるか、僕がヴェリムに抱く感情はそんな低俗なものじゃない。ここにいてもいい気持ちにはならない、と足早に軍本部を出ると見慣れた赤髪が入り口に立っていた。


「よう、体は問題なかったか?」

「大丈夫。帰りの車は数時間後になるみたい」

「そうか。じゃあ、ちょっとオレに付き合ってくれ」


 用事もないし、付き合うことにした。

ニッと笑うケイティに招かれるまま、先を行く彼女の後に付いて行く。本部に近いこともあり、周囲はまだ都市部としての機能を保っているように見える。油と煙臭さが鼻をつく。ここは海に面して立地しているが、潮の香りは全くしない。木々のように乱立した煙突からは黒煙が上がっていた。


「オレが戦って頃はまだ閑散としてた気がするが、随分うっそうとしたもんだ」


 戦争は数十年で激化し、自然に溢れていたこの国の色鮮やかさは見る影もなくすでにモノクロだった。ケイティはどこか懐かしむように辺りを見渡している。


「どこに向かっているの?」

「いいからついて来い」


 目的地は言わないまま、後をついていくと都市部の中心を外れ小高い丘にある霊園に出たところでケイティは足を止めた。


「ヴェリムが戦死や使えなくなった後どうなるか知ってるか?」

「ごめん、わからない」

「無理もない。公には伝えられてないからな。この霊園は戦争で亡くなった人間を弔うために作られた、言わば人間の安息に永眠する地だ。だが、ヴェリムは違う。使えなくなったら解体されて新しいヴェリムの部品になるか、特攻して自爆だ。エンドになって収容施設に送られても、死ねば同じように解体される。オレたちは一生戦い続ける運命だ」


 どこか悲しそうな表情で、ケイティは霊園を見つめている。

 普段、強気な彼女も今ばかりは落ち着いた声色で語り返るように言葉を紡いでいる。


「最初、カナタがオレたちに生き抜いてエンドになったからこそ楽しい思い出を残してほしいって言ったときは、残酷だけど違う終わり方もあるんだと思った。エンドになって解体されるのを待つだけじゃなく、自分が思ったように生きてみるのも悪くないんじゃないかってさ。だからさ、カナタも思った通りにやってみたらいいんじゃないか?」

「え?」

「お前、真面目そうだからさ。エフへの恋心とか否定して隠して、ただエンドに向き合う、みたいなこと考えてるだろ? 確かにヴィーナが言うように、エンドに恋することって悲しい結末しかないかもしれない。でも、お前が言う楽しい思い出ってのも作り出せるんじゃないか? エフがどう思ってるかは知らないけどよ、少なくともお前はエフを好きになった。なら、やりたいようにやってみろよ。フラれたかもしれないけど、その想いは否定すんな。カナタはヴェリムじゃない、人間だ。なら、人間らしく少しくらい身勝手に振る舞ってみてもいいと思うぜ」

「ケイティ……」

「あー、我ながらクサい台詞だ。お前、一回は言うこと聞いてもらうからな」


 頭を掻きむしりながら、ケイティは微かに頬を染めていた。

 彼女なりに励ましてくれているのだろう。悩んでいた気持ちが少し、楽になった。


 自分の想いは否定せずに、か。


 その通りかもしれない。僕が一方的にエフに恋をしているだけかもしれないけど、彼女を好きだという気持ちは忘れないでいいんだ。


「とにかく! やりたいようにやってみろ。どうせエンドだ、残り短い人生ならオレは面白いと思った奴に従うぜ」

「ありがとう。心強いよ」

「へいへい。さ、帰んぞ」


 背を向け、歩き出す。

 もう一度、彼女たちになにが出来るのか考えてみよう。

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