愛する人

@umibe

第1話

 放課後になったので、僕は部室へ向かった。春の、半袖でも長袖でも過ごせる、心地よい日の放課後である。しかし残念ながら、僕の心は軽くない。軽くない理由を述べる前に、僕の所属する文芸部の部員を紹介しよう。まあ、僕含めて二年生の三人が所属するばかりである。


 まずは僕、野中代助のなかだいすけ。僕らの人となりは、追々分かるだろうから、名前のみの紹介に留めておく。二人目は部長である竹中ひばり。彼女は、僕が好きな女性でもある。三人目は副部長の林下彰はやししたあきら


 林下とは、一年が同じクラスで、消しゴムの貸し借りという、くだらないきっかけから交流が始まり仲良くなった。ちなみに彼も、竹中の事を好いている。そうして、僕とは反対に、彼には勇気があった。


 林下が、竹中に対する思いを僕に打ち明けたのは、つい一週間前の、部活帰りの時であった。


「彼女に、告白しようと思うんだ」と林下は、僕の隣で自転車を押しながら言った。

 僕の視界が一瞬モノトーンになった。昔のテレビみたいに解像度が悪くなって、音が失われた。ただ、それは本当に一瞬であった。

「そうか、頑張れよ」と僕は言いながら、ちょっと仰向いた。一瞬だったと思っていたら、夕空の色はまだ平生より薄かった。

「良いのか?」林下の、いつにない真剣な声色と共に、彼の強い視線を感じた。

「良いのかって、何がさ」と彼の顔を見ると、やはり表情は真面目腐っていた。

「俺は、お前も彼女が好きなのかと」

 林下にそう言われて、僕は立ち止まってしまった。彼の言葉がそのまま壁になって、僕は動けなくなったのだ。彼も二、三歩先へ行ってから歩みを止めて、僕を顧みた。

「いいや」と僕は、林下の顔を真っすぐに見て、可能な限り普段通りの口調で言った。


 僕はこんな風に、自分の自然に逆らう事がしばしばあった。そうなる度に、僕は自分が嫌になった。


「うん、なら良いんだ」と林下が言ったのを合図に、僕と彼は再び並んで歩き始めた。


 十字路で別れるまで、会話はなかった。彼の方では、先の告白で精神的に疲れていたのかもしれない。僕の方では、心が揺れ続け乱れていたので、会話をする気になれなかった。


 別れる時、林下は「その時は言うから」と言った。

「ああ」と僕が返事をすると、彼は自転車に跨り、十字路を直線に去って行った。


 という出来事が、一週間前にあった。そして、”その時”は今日である。僕は林下に、普段より早く帰るように頼まれた。端から僕は居なくて良いんじゃないかと言うと、彼は緊張するから、最初は居てくれと照れ臭そうに答えていた。


 以上が、僕の心の軽くない理由である。

 





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