第487話 海 下

 マルケラック商会は、公爵家の御用達だけあってなかなか大きな商会だった。


 漁船を所有しているからか店先にもたくさんの魚や干物、魚介類を使った食材が並べられていたわ。


 店にいては買い物客に悪いから加工工房を見学させてもらい、商談部屋で乾物を見せてもらった。


「素晴らしいものばかりですね」


 ホタテらしき貝の乾物なんてあるのね。これはコノメノウ様に見せられないわね。


「目を反らしたな」


 いつの間にかコノメノウ様が真横にいた。びっくりしたー!


「コ、コノメノウ様、驚かせないでください。いつから横にいたんですか」


 この方はタルル様のように転移能力を持っていると思ったけど、気配を消していることにやっと気がついたわ。


「城から一緒にいたぞ」


 もう透明化しているようなものじゃない。護衛の聖騎士たちも驚いているわよ。


「ハァー。申し訳ありません。騒がしてしまって。この方は、我が国の守護聖獣で、コノメノウ・ナナオビ様です」


「そんなことはどうでもよい。なぜ目を反らした?」


「清酒のよきツマミとなると思ったからです」


 今さら誤魔化しても無駄なのでさっさと白状しておく。


「まあ、乾燥させただけのものですから素材の味しかしませんけど、調味料に漬けたりすれば素材の味と重なって美味しくなるでしょう」


「よし。買えるだけ買え」


「無理を言わないでください。資金は有限なんですから」


 滞在費はゴズメ王国から出してもらっているけど、個人的なものを自分で出している。この買い物だってコルディーのお金と交換してもらったんだから。


「仕方がない。ロンベルトと言ったか?」


「ロンドベル殿です」

 

 微妙に間違えてんじゃないよ。失礼でしょうが。


「これをやる。乾物を寄越せ」


「どこの強盗ですか? と言うか、守護聖獣の髪など特級聖物ではありませんか! 酒のツマミを買うのになんてものを出すんですか!」


 守護聖獣の髪は力を宿すと言われ、抜け落ちた髪は聖物と扱われ、余分な毛は速やかに燃やされる。そんなものを酒のツマミ代にするなんて言語道断よ!


「毛くらいケチケチするな」


「ケチケチさせなくてはダメなものですよ! コノメノウ様の毛は子孫繁栄のご利益があるものとされているんですよ!」


「わたしの毛にそんな効果はないわ」


「なくてもそれだけの価値があるものなんです!」


 保護者呼んでこいよ! って、わたしだわ! こんなこと神殿に知られたらどーすんのよ!


「じゃあ、レアルーナとか言ったな。そなたが買え。船を守るくらいの力はあるから」


 だから国が決めることを勝手に決めないでくださいよ!


「よ、よろしいのですか?」


「構わん。別に国を守るような力はない。海の魔物をビビらすくらいの効果しかないわ」


 ダメだ。この方は一歩も退く気はないようだわ。


「レアルーナ様にご判断をお任せします」


 これにわたしは関わらないことにしよう。神殿に言い訳が立つしね。


「わかりました。コノメノウ様が求めるものはバルセイグ家が持たせていただきます」

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