人形の思い込み
他の人形が買われていくのを、人形は木製の棚に決まり悪く座って眺めていた。もう何度目だろうか。どれほどの時間をこうして過ごしただろうか――思い出せないほどの歳月が人形の上に降り積もっていた。この骨董品屋で一番の古株になろうとするほど、長い時間が。
いつも、自分だけが選ばれない。買われていく人形達はきらびやかでどこか誇らしげだった。それが人形には悔しくてたまらなかった。
決して悪くは無いはずだと人形は思っていた。きらびやかさこそないものの、生成色のボンネットも、幾重にも生地を重ねたドレスも悪くない。ほんのりと化粧の施された顔立ちだって、ブロンドの髪に結ばれた菫色のリボンだって悪くない。それでも、選ばれるのはいつも他の人形達。彼女達のひそかな囁きも、ふと目が合う瞬間も、いつしか人形には苦痛に変わってしまった。笑われている気がしたのだ。みんな、心の中では私のことを馬鹿にしている。いつまでも買われていかない可哀想な人形だと思っている。華のない、みすぼらしい人形だと思っている。それが一方的な思い込みだと人形にはわかっていたが、そう思わずにはいられなかった。誰かが笑い飛ばしてくれればいい。しかし不幸なことに、人形に声をかけるものはいなかった。人形は段々と心を閉ざし、いっそう孤独になっていった。
ある時、人間の親子が揃って骨董品屋を訪れた。黒いワンピースの少女は青白い顔につんとした顔をして店内を見渡している。なんだか不機嫌そうな様子が自分と似ているな、と人形は思った。と、その時少女と目が合った。どうせすぐに目移りするだろうと人形はたかをくくっていたが、少女はきらきらと目を輝かせ、人形を手に取った。
「わたし、この子がいいわ!」
少女は大切に人形を抱えて言った。
「その子かい? もっと他の……」
「ううん。わたし、この子がいいの。なんだかわたしと似ているもの。この子がいちばん可愛いわ」
両親は他のきらびやかな人形を手に、少し困ったように顔を見合わせた。それでも、少女は人形を手放そうとはしなかった。
人形は信じられない気持ちで少女を見ていた。この子がいちばん可愛いという少女の言葉を胸の内で繰り返す。いつも選ばれなかった自分。他の人形達を見送ることしか出来なかった自分。そんな私を必要としてくれる少女がいるなんて! 他のきらびやかな人形ではなく、私を選んでくれるなんて! 突然スポットライトを浴びたようで、人形の心は戸惑いと歓喜に震えた。
「そんなに気に入ったのならその子にしよう」
「本当? わたし、一生大事にするわ!」
少女が嬉しそうに頬ずりをする。人形はもう胸がいっぱいになって、今にも張り裂けそうだった。きっと自分が人間だったなら、あたりを気にせずに大声で泣いていたことだろう。
少女はその言葉通り、人形を大切にそばに置いた。
少女が大人になり、子供ができたあとも、さらに歳を重ねたその後も、ずっと人形を大切に扱った。時に相談相手になり、時にお守り代わりになり、人形は少女のそばで穏やかで幸せな時間を過ごした。すっかりおばあさんになった少女は自分の娘に人形を託した。その娘も人形を大切にそばに置き、自分の娘に人形を託した。
今はもう、心を閉ざした人形はいない。可愛らしいチェストの上にちょこんと腰掛け、人形は今日もにこにこと微笑んでいる。
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