わたしお人形
ピンクのアイシャドウなんて本当は嫌い。淡い色のマニキュアも、鎖骨より伸びた長い髪も嫌い。
「可愛いね。すごく似合う」
彼は私の姿に満足そうに笑う。だから私も曖昧に微笑んでみせる。清楚で大人しそうな外見が彼の好み。それに合わせてさえいれば平和に暮らせる。
「ありがとう。とっても嬉しい」
私は彼の前に、彼の大好きな玉子焼きを置く。彼の顔は急に曇る。そうして立ち上がると、私の胸ぐらを掴んで殴る。
ああ、今日は玉子焼きの気分じゃあなかったのね。
私は頭の隅で思いながら彼の暴力に身を任せる。痛くても泣いてはいけない。くちびるから自動的にこぼれる「ごめんなさい」の呪文。そういう決まりだから、私はきちんとそれを守る。守っていれば平和に暮らせる。その証拠に三回ぶたれただけで済んだ。
子供の頃からそう。私は誰かのお人形。所有されるだけの意志を持ってはいけないお人形。言うことを聞くだけの都合のいいお人形。そうしてかろうじて存在を許された。
食卓はそのまま、彼は部屋を出て行ってしまう。残された玉子焼きとご飯とお味噌汁。私はぼんやりと洗面台に立つ。崩れた化粧。腫れて熱くなった頬。血の滲んだくちびる。がらくたみたいな私の姿。
私はキッチンからハサミを持ってきて長い髪をちょん切る。軽くなった髪で貴重品の入った鞄を持って部屋を飛び出す。
走る。走る。走る。どこへ行くのかなんて決めてなかった。初めての反抗。連れ戻されたら恐ろしいことが待っている。それでも不思議と気分は良かった。
人間になった夜。きっともう、人形には戻れない。
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