ユリの狩人 ~魅せプレイ大好き少女がハンターギルドで成り上がる〜
ロザリオ
1話 狩人の女の子(1/2)
地表に広がる緑が
その清楚な立ち姿は、まるでお忍びで屋敷を抜け出てきたお嬢様のよう。
少女――アリーシャ・ティピカは、大きく息を吸って立派に育った胸を膨らませると、10代のしなやかな身体を太陽に向かってぐぐーっと伸ばした。
「んー、空気がおいっしー! 笑っちゃうくらいの絶景だよねぇ」
眼下に広がっているのは絶景と呼ぶに相応しい大自然。
雲をかぶった山が悠々と立ち並び、その
こういう景色を拝むことこそ旅の醍醐味だ。
だからこそ、彼女は10代半ばにして自然に身を投じる生き方を好ましく思っていた。
アリーシャは久々に味わう高揚感に身も心も委ね、視界いっぱいに広がる大自然の景色に酔いしれる――その次の瞬間。
ズドォォォォンッッ!!
という轟音と共に大自然の一部が木っ端微塵に吹き飛んだ。
景色が歪んで見えるほど激しい爆炎が立ち昇り、遅れて
ピリつく乾いた風がアリーシャのブロンドの髪をさらい、白いワンピースの
ようやく煙が晴れると跡に残っていたのは森にポッカリ空いた穴だけだった。
「こりゃまた無茶苦茶なことやったなあ」
清楚とはほど遠い口調で呟きながら双眼鏡を覗き込む。
はっきりとは見えないが、今の爆発があった辺りに武装した人影のようなものがチラホラとある。
同時に、崖下から吹き上げてきた風をスンスンと嗅ぐと、焦げ臭い火薬の匂いが鼻につく。
「……あんにゃろ爆弾使いやがったな」
これは人為的に起こされた爆発だ。
こんなに素晴らしい自然の眺望を壊すなんてけしからん。
いったいどこの同業他者がやらかしたのか、とっ捕まえて説教してやろうかと思いながら犯人の姿を双眼鏡で追う。
だが、得てして何かに夢中になっている時こそ、それを妨害する新たなトラブルが舞い込んでくるのだ。
双眼鏡を覗き込んでいる後ろで、ガサリと草木を掻き分ける物音。
アリーシャはすぐさま双眼鏡から目を離して身体ごと振り返る。
パッと目に映った範囲に動くものは見当たらない。
しかし、足音は微かに聞こえてくるので、恐らくまだ距離があるのだろうが確実に何かが茂みの奥から近づいてきている。
(無暗な殺生はダメ……でも正当防衛なら仕方ないよね)
必要とあらば迷わず斬る。
アリーシャは万が一に備え、足元に置いてあった太刀を拾って腰に構えると、全神経を集中させて茂みに狙いを定めた。
深く息を吸う。肺に空気を満たして息を止める。
一秒。
二秒。
三秒。
そして茂みがバサリと割れる。
「そこだぁぁあッ‼」
眼で捕らえた目標は茂みから飛び出してきた巨大な影。
靴底で地面を
初動は完璧だ。
狙いどおりに振り抜かれた刀身は最短距離で獲物に向かっていき、淀みないスピードで標的の急所を断ち切った。
――つもりだったが、ガキンッと鈍い衝撃に受け止められた。
「ワシだ、ワシッ‼ いきなり切りつけるな危ないだろうがッ⁉」
刃を受け止めたのは年季の入った黒いステッキだった。
そのステッキでアリーシャの攻撃を難なく受け止めたのは、熊かと思う巨体に短髪白髪をバッチリ決めたジジイ。
顔にはしっかりシワが刻まれているのに、背筋はピンと伸び、全身にかけて筋肉は隆々だ。
「あーおっちゃんだったか。わるいわるい」
「ったくお前は! ちゃんと相手を見極めてから動けと言ってるだろ!」
「うんうん、次から気を付けるー」
「本当に気を付ける気があるんかまったく……」
アリーシャが幼げの残る可愛らしい笑顔を振りまくと、「おっちゃん」と呼ばれた短髪白髪のジジイ ――パーカス・ブルボン――はあえなくその愛嬌に陥落した。
パーカスは彼女が物心ついた時にはそばにいる存在で親のような存在。
しかし孫と祖父ほど歳が離れているせいもあるのか、パーカスはいまいちアリーシャに甘く、今のように笑顔を向けると簡単に
「それで周りの様子はどうだった? ここで休憩してよさそう?」
「特に危ないモンスターはいなさそうだ。そもそも標高が高いから大型獣も登ってこんだろう」
「おっけりょーかい、見回りありがとね!」
まったく反省している様子のないアリーシャだが、すっかり毒気を抜かれたパーカスは早くも怒りを水に流した様子で眉間のしわを消した。
今しがた終えた見回りはランチの休憩場所に定めたここの安全を確かめるためのもの。
つまりひと仕事を終えた今からがランチタイムとなる。
「そんで昼飯の準備はちゃんとできとるんか」
「そりゃもうバッチリよ! もうお腹空いて我慢できないからご飯にしよ!」
アリーシャはパーカスのうしろに回って大きな背中をバシバシ叩き、身体をぐいぐい押して用意していたレジャーシートの上に誘導する。
準備と言ってもサンドイッチが入ったバスケットを真ん中に置いて、パーカスお気に入りのコーヒーをドリップしただけ。
パーカスがレジャーシートに腰を下ろすのを見計らって早速コーヒーを差し出す。
「どう? あたしの淹れたコーヒーどう?」
食い気味に催促してマグカップから黒い液体を一口含んだパーカスの感想を待つ。
コーヒーを口の中で転がして飲み込んだ後も、まるでアリーシャを焦らすようにたっぷり香りを鼻から吸いこんで、それからようやく感想を口にした。
「味に深みがない。40点」
もったいぶったくせにかなり渋い点数だった。
アリーシャが口を尖らせて露骨に不満げな顔を向けると、パーカスはしてやったりと言わんばかりの表情を浮かべる。
「アリーシャ、一回でお湯を全部注いだだろう」
「え。そんな簡単にバレるの⁉ なぜ……」
「雑味が目立つし味も薄いからこんなの誰でも分かる」
それは流石にコーヒーを飲みまくってるから分かるだけでしょと反論したい気分だが、パーカスのお説教スイッチがONになったのを悟ってアリーシャは一旦反論を思いとどまる。
「とにかくもっとゆっくり丁寧に湯を注ぎなさい。こういう習慣の積み重ねがいざというときの行動につながるものだぞ」
「いざという時……というと?」
「本業の狩りがまさにそうだ。お前の性格は理解してるが、なんでもかんでも急ぎすぎだ」
「えー、さっとだーっと素早く鮮やかにやるのがロマンなのにー」
「いつかお前も分かるだろう。今はともかくコーヒーだけでも丁寧に注ぎなさい」
それからしばらく昼食に舌鼓を打っていると、思い出したようにパーカスが問いかけてきた。
「そういえば、さっきの爆発音はなんだったんだ?」
「よく分かんない。多分ここらの
サンドイッチをもぐもぐしながら、アリーシャは爆発があった方角をあごで示す。
パーカスにはいつも「黙っていれば美人なんだからもっとお行儀よくしろ」と口酸っぱく言われるが、そんなことは気にしていない。
さらさらのブロンドヘア、透き通るような白い肌、歳に不相応なくらい健康的なメリハリあるスタイル。
……とよく周囲からは褒められてはいるが、同年代の女子と比べたことがないので、実際のところ容姿がどれだけ恵まれているのか実感が湧かないのだ。
もっとも、同業の男ハンター達は「宝の持ち腐れだ」だとよくからかってくるので、少なくとも異性の目を惹く見てくれではあるのだろうとは自覚しているが。
アリーシャが示した方角へ視線を向けていたパーカスが口を開いた。
「あの爆発跡か。モンスターの狩猟の一環だろうが何にしてもやりすぎだな」
「だよね、同感」
人の力ではどうにもならないような強大なモンスターを狩る場合、落とし穴や爆弾といった大掛かりな道具を使うことはあり得る。
けれどここまで大規模な森林破壊は自然と共生するハンターとして御法度だ。
可愛そうな森の動物たち、と思いを馳せながら景色を眺めていると、さっきより近くの森の方から一斉に鳥が飛び立った。
直後、崖下の方から地面をも揺らすような野太い遠吠えが響く。
「いまの」
「ああ、
パーカスが言うやいなや、アリーシャは相棒の太刀を引っ掴んで立ち上がった。
久々に強敵と出会える予感がする。じっとなんてしていられるわけがない。
しかし、飛び出そうとしたその肩をゴツすぎる手で捕まえられてしまった。
「待ちなさいアリーシャ。行ってどうする気だ」
「えーあーっと。……そう、鑑賞! 見るだけだから!」
出まかせに言ってから思いっきり太刀を握っていることを思い出し、「これは念のための護身用でぇ……」と苦笑いで誤魔化した。
パーカスとは長い付き合いなのでこんな苦しい言い訳で騙せるとは思っていない。
けれど、分別をわきまえているアピールすれば許してもらえるだろうと見込んでの嘆願だ。
その甲斐あってか、やはりパーカスは嘆息して肩を掴んでいた手から力を抜いた。
「絶対に手は出すんじゃないぞ。ワシらはまだこの地域の
「依頼を回してもらえなくなるんでしょ?」
「そうだ。ワシらのような『
「わかってる。ちょーっと見たらすぐに戻ってくるから!」
アリーシャはするりとパーカスの手をすり抜けると、久しぶりの刺激に胸を躍らせながら、軽やかな足取りで崖下につづく斜面を駆け下りていく。
さっきの遠吠えでだいたいの距離と方角は見当がついている。
目指すはただひとつ。希少な大型モンスター・
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