1日が48時間だったらいいのにな

ぐらにゅー島

人生は短い

「あーあ、1日が48時間だったらいいのになぁ。」

テーブルに頬杖をついた僕の妻が、ポツリとそう呟いた。

「…なんでそう思うんだ?」

僕は、妻の目の前の席に腰掛けながら尋ねてみる。

「んー、1日って短すぎると思うの。だって、そうでしょう?朝早くから仕事に行って、遅くになって帰ってくる。そのあと家事をして…ってやってたら1日なんてあっと言う間に終わっちゃう。自由な時間がもっと欲しいと思わない?」

いい終えると、妻はふうっと長いため息を吐きコーヒーに口をつけた。きっともうあのコーヒーは冷めてしまっているだろうに。

ふと、時計を確認する。時刻は午前2時。外はもう暗闇に包まれており、世界が終わってしまったのかと錯覚しそうになる。明日も仕事があるというのに、今日も十分に睡眠を取れそうに無い。

確かに、日本人は時間に追われているのだろう。有休だってろくに取らずに働いて、これも社会問題になっているじゃないか。もっと時間にゆとりがあれば、もっと自由な時間が取れたら…。


きっと幸せになれるんじゃないか?





「総理、これは画期的な政策ですね!きっと総理の名前が教科書に載りますよ!」

「はは、大袈裟だな。僕は国民のために最善を尽くした、ただそれだけさ。」

秘書の淹れた熱いコーヒーを飲みながら、僕はこの成功を誇らしく思う。

そう、あの会話のあと僕は内閣総理大臣になったのだ!

元々国会議員だったのだが、この【1日を48時間にする】という改革は世間を驚かせた。国民からの大多数の支持を得て、僕は内閣総理大臣に就任した。僕の代の内閣の支持率は驚異の90%超え。それほど、日本という国は時間が足りなかったのだ。

「これを見て下さい!」

秘書は、顔を輝かせながらニュース映像を僕に見せる。そこには、様々な人がこの政策についてインタビューされる様子が写っている。



「いやー、やっぱり嬉しいです。1日が48時間だなんて!働いて、帰ったあとに子供と遊べるんですよ。そりゃあもう、子供達も大喜びで!」

最初に、スーツに身を包んだサラリーマンが、夕方の駅で嬉しそうに話す。子供です、と言いスマートフォンの画面をこちらに見せきた。3歳くらいの小さな女の子と積み木で遊ぶサラリーマンの男が写っている。とても幸せそうだ。


次の画面になると、おしゃれなカフェにいる1組のカップルが映る。

「彼女も俺も同じ会社で働いていたのですが…。時間に追われすぎてて、お互いの魅力に全然気づかなかったんです。この政策のおかげで彼女と付き合えました!今度俺、結婚するんですよ、本当にありがとうございます!」

男の方が、彼女の方を見ながらそう言う。よく見ると、彼女の方の薬指には白く輝くダイヤモンドの指輪がはめられている。彼女は幸せそうに頬を赤く染めた。


また、場面が切り替わる。

「やっぱり勉強時間が確保できるよね。」

「マジそれなぁー?」

大きなリュックサックを背負った、二人組の女子高生が映る。

「やっぱり、花の女子高生だし目一杯遊ぶぞー!って思ってたんですよ。でも毎日カラオケとかカフェ行ってても飽きちゃうし…。」

「うんうん。で、それだったら勉強しよっかなぁ、みたいな?」

最近学校での成績も伸びたのだと嬉しそうに話す。この子たちもまた幸せなのだろう。



「この政策によって、日本の世界幸福度ランキングも堂々の1位!世界各国がこの【1日を48時間にする】という改革に注目しています。もうこれは凄いことですよ‼︎」

秘書はとても興奮した様子で話す。部屋の中がなんだか熱気で包まれたようだ。

「確かに、こうやって国民も皆喜んでくれていて嬉しいよ。」

先ほどのニュースを思い出し、思わず僕の頬も緩む。


結論から言って、この政策は世界中に広がった。世界は1日に2度太陽が昇り、また沈むのを見るようになったのだ。世界中の人々は時間に追われることがなくなった。みんなみんな幸せなハッピーエンド!




…に、なると思ってたんだ。







あれから、もう10が経った。








「次のニュースが入ってきました。今年の日本平均寿命がまた最短記録を更新しました。」

テレビの中のニュースキャスターが、緊迫した表情でそう伝える。

「これについて、専門家の佐藤さん。どう思いますか?」

「そうですね…。」

話は隣のスーツを着た老人に振られる。

「これは、総理による【1日を48時間にする】という改革による影響だと思われます。

例えば…そうですね。僕はまだ64歳で、ギリギリ定年するような歳じゃないんですよ。現役世代ってやつですかね?でもこれ、以前の法と定年の年齢が変えられていないからですよね?」

「と、言うと…?」

ニュースキャスターが、怪訝な顔をして、彼の話に耳を傾ける。

「10年経ったら、昔の暦で20年たっているってことなんですよ。実際、私は74歳ってことだ。」

そこで一呼吸置くと、老人はこう言った。

「私達は、総理に騙されている。」



「総理、国民の幸福度ランキングでは、また日本が1位でしたよ! …でも…。」

10年間変わらなかったように、秘書が僕に日本の今を伝えてくれる。

しかし、今日はどうも歯切れが悪く、様子が変だ。

「いったい、どうしたんだ?言ってみたまえ。」

僕は不思議に思って秘書に尋ねる。最近は外も寒くなってきて、この部屋もヒーターが欲しいくらいになっていた。

「世界の幸福度が、だんだんと下がってきているんです。前は80%以上の人が幸せだと感じていたはずなのに、今では10%を下回っています。」

「じゅ、10%⁉︎ それでいて、日本が1番幸せな国だと言うのか?」

秘書は、コクリと頷く。

「はい。みんな、時間が足りないようで…。」

「時間が足りない?」

秘書は何を言っているんだ?時間なら、いくらでもあるじゃないか。そう、1日に48時間も。スッと、全身の血が抜けたかのような錯覚に襲われる。

「総理、貴方は1日を48時間にしたんじゃない。48時間を1日にしただけなんですよ。」

そう言うと、悲しそうに、笑った。



「もっとお父さんに親孝行したかったんです。」

ある、十代の女性は病院の一室でそう話す。

「まだ、40歳だったんですよ?そんなに健康に気を使う歳じゃないじゃないですか。なのに、もう死んでしまったのです。病気でした。」

そして、涙ながらに言葉を紡ぐ。

「小さい頃、私と遊ぶために、時間を使ってくれた父が、本当に、本当に、大好きです。」

その病室は、真っ白なシーツに真っ白な壁で、無機質なものだった。


「二人でいる時間をもっと大切にしたいと思っていたんです。」

ある夫婦はそう話す。陽の当たらない、忘れ去られたような、知る人ぞ知るようなバーでの会話だった。

「僕、子供を作るにはまだ早いかなって思ってて。30歳くらいになったら欲しいかな、と。」

夫の方が、妻の肩を支える。

「僕達が子供が欲しいと思った時、医者に難しいと言われました。高齢出産は、母親の体調を考えると厳しいって…。」

妻はふと顔を上げると、こう叫ぶ。

「私、まだ30歳なのに…‼︎ 体は40歳なんて、受け入れられると思う⁉︎」

彼女のその指に輝くダイヤモンドは、二人っきりの時間が永遠に続くことを意味していた。


「学校の教育システムもずいぶん変わったものですよね。」

二人の仲が良さそうな女性が、道端でそう話す。

「昔はね、1日に10時間も勉強してたら相当優秀な生徒だったじゃない?」

「あー、そうそう。でも、1日が48時間になってから、毎日30時超の人もクラスに居たっていうか…。」

見合わせて、苦笑いをして言う。

「鬱になっちゃう人が多くなりましたよ。1日のサイクルが長くなった分、息抜きするタイミングが無くなっちゃったんでしょうね。」

「そうそう、去年の受験生なんて、勉強のしすぎで死んじゃった人も何百人といるって言うじゃないですか。」

一人が、自分のお腹をさすりながらため息をつく。

「ああ、この子もそんな運命を辿るのかしら?」





「なあ、お前は今、幸せか?」

僕は、10年前と同じように妻に聞く。彼女はこの、48時間の世界に満足している?

「うーん。どうかな。前と同じかなって思うよ。」

ふふ、と笑うと妻は目を伏せる。どうも外はあの日みたいに真っ暗だった。月だけが、ぼんやりと光っている。

「どうせ、みんな同じじゃない。1日とか1時間とか、そんなの人間が勝手に決めただけの記号にすぎない。いくら形を変えたって、本質は変わらないことがわかったから。」

「えっと…?」

妻は笑う。僕に向かってただ笑う。その笑顔の裏で、君は一体何を考えている?

でも、そうか。いくら足掻いたって、偉くなったって、生まれた時からそうだった。


「時間なんてさ、有限なんだから。」

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