010『崩れていく青春計画』

 ホームルームが終わるやいなや、僕はアルシエルとカエシアに目配せをしてから教室を飛び出した。


 程なくして後を追ってきた二人を連れて旧校舎の奥階段裏に向かう。旧校舎は理科室や美術室などの特殊教室しかないため人気ひとけがあまりない。特に奥階段付近は普段授業では使わない視聴覚室と図書室しかないので、校内で内緒話をするならこれ以上に適したところはない。


 実を言えば昼のボッチ飯スポットでもある。クラスで一人寂しくパンをかじるのは精神がすり減るからな。


「――で、アルシエル。確か俺は学校にはついてくるなと言ったはずだが?」


 腕組みをして斜に構え、壁に背中を預けながら横目で僕は問うた。ちょっと目を細めてクールな感じを出すのがポイントだ。


 中学時代に一人で虚空に向けてやっていたことを、まさか中二病を卒業してから実際に人に向けてやることになるとは……人生、何があるかわからないものだな。


「ご主人は生徒ではないものが出入りすると目立つから来るなと言ったデス。つまり、生徒になれば問題ナッシングなのデス」


 僕はぐうの音も出せなかった。完全に自滅だ。

 策士策に溺れるというかなんというか。余計な〝それらしい理由〟を装飾したせいでこんな事になってしまった。こんなことなら、単に「来るな」とだけ言っておけばよかった。もう、後の祭りだけども。


「……まぁいい。だが、俺との関係性を匂わしたのはいただけなかったな。おかげで無駄に目立ってしまった」

「そんなに目立ってたデスか?」


 アルシエルはピンと来ていない様子で首を傾げた。

 お前の目は節穴か。


「学園内に敵対的な魔術師が潜伏していないとは限らないのだぞ? もしも俺たちの関係性がバレていなければ、敵に対して大きなアドバンテージになったはずだ」

「な、なるほどデス! そこまでは気が付かなかったデス! デスが、ご主人とアルシエルがいれば、アドバンテージなんて不要デス!」


 むふー、と鼻息混じりに拳を握るアルシエル。

 あーもう、こいつって何でいつもこうなの? この短絡思考どうにかできねぇの?

 さすがの俺も恐怖より苛立ちがちょっと勝った。


「何度も言っているだろう、アルシエル……俺は非合理を嫌う。特に無意味に自分の有利を捨てるような行為は最も唾棄すべきものだ。だから――」

「分かりましたデス! 次こそはご期待に沿えるように気を付けるデス!」


 最後まで聞けよ。本当に分かってんのか、こいつ? めちゃくちゃ不安だ……。


「――よろしいですか、マスター」


 話が落ち着いたところでカエシアが口を開いた。

 僕は顎をクイッとやって続きを促す。カエシアは「ありがとうございます」と言って言葉を続ける。


「ホームルーム前後でマスターに話しかけてくる方が一人もおられませんでした。これは流石に不自然、何か理由がある――そう思っていたのですが、やはりこれも魔術師対策ということでしょうか」


 そんなもん、単にコミュ力がなくて友達がいないだけで深い意味なんてねぇよ!? ボッチで悪かったなぁっ!?


 思わず引き攣りそうになった頬を必死にニヒルに固定しつつ、僕はどうにか首肯した。


 すると、アルシエルが「デススススッ!」と奇怪な笑い声を上げ、まるで自分のことのようにドヤ顔でカエシアに補足する。


「ご主人は孤高のお方! 闇を好み、静寂を愛し、孤独を尊ぶのデス! そもそも、つまらぬ愚民と馴れ合ったりしないのデスよ!」

「なるほど」

 

 カエシアが納得したように深く頷いた。

 もう見てられなくて、僕は目元を手で覆った。


 確かに、中二病時代の僕はそういう感じだったよなぁ。ただのボッチのくせに孤独な俺カッコいい――みたいな? 


「…………」


 や、やばい……過去の自分がフラッシュバックして発作が起きそうだ。頭を掻き毟って叫び散らしたい。


「しかし、孤独を尊ぶのならば、何ゆえ学校などという馴れ合いの代名詞のような場所に通い続けているのでしょうか」

「それはそうデスね。何故デスか、ご主人」


 アルシエルとカエシアがジーッと僕を見据えてくる。


 おい、勝手に代弁したなら最後まで責任とれよ!? ここでバトンタッチとか一番困るんだよ!?

 そんな「いったいどんな秘密が!?」みたいな目で見られても、期待するような答えは持ち合わせていないんですって! 勘弁してくださいよ……マジでさぁ!


 どうにか彼女たちが納得するような答えを考えてみたが、悠長に考えてられる時間もなく、僕は早々に諦めた。


「――それは、お前らが知る必要はない。今はまだ――な」 

 

 僕はそう言って、フッ、とニヒルに笑ってみせた。しっかり聞き取れるぐらいの声量で、フッ、と発生するのがポイント。ハリウッド映画で学んだハードボイルド演出のための必須テクニックだ。


 つまりは何ということもない――全力でお茶を濁したのである。

 だって、思いつかないんだもん。仕方ないよね。


 僕の形だけはそれっぽいハードボイルドに、二人は勝手に何かを感じ取ったのか、それ以上聞いてこようとはしなかった。

 まぁ、感じ取ったものは幻想なんだけど。


   ***


 チャイムが鳴って一限目の授業が終わると、待ってましたとばかりにアルシエルとカエシアの周りに人だかりができた。といっても、当然のようにその権利はカースト上位の者たちに限られているが。


「シアンさん、アルシエルさん。俺、竜崎紫苑って言うんだ。よろしく」


 人だかり代表とでも言うように、竜崎が爽やかな笑みを浮かべながら二人に声をかけた。

 アルシエルは興味がないのかガン無視だったが、空気の読めるカエシアはニコリと微笑んで挨拶を返す。


「ご丁寧にどうもありがとうございます竜崎さん。カエデ・シアンです。ぜひ、仲良くしてください」

「俺のことは紫苑でいいよ。クラスメイトなんだしさ」

「では、紫苑さんと呼ばせていただきますね」

「じゃそういうことで。よろしくカエデちゃん」


 竜崎はそう言って二カッと笑った。

 流れるように名前呼びまで漕ぎつけるこの手腕、やはり一軍の男は違うと言わざるを得ない。僕もぜひ見習いたいところだが、どうせ僕が真似したらやっぱり微妙な空気になるんだろうなぁ。


 竜崎のアタックが成功すると見るや、今度は他の一軍メンバーたちも続々と自己紹介をしていく。

 美男美女ばかりで実に華やかだ。まるで、このあたりの空間だけキラキラと輝いているよう。まさに青春の一コマと言う感じだ。


 僕が夢に見るほど欲しかったものを、カエシアは僅か一時間余りで手に入れてしまったということになる。ああ……世知辛い世の中だ。


 なんて世の中に悲嘆していたら、


「――ところで、あいつとはどういう関係なの?」


 竜崎がちらっと僕の方を見ながら切り込んできた。

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