009『地獄のホームルーム』
僕に向かって空気も読まずに「ごっしゅじーん!」などと叫ぶやからはこの世に一人しかいない。
頬を引きつらせながら振り向くと、そこには当然のようにうちの制服を着たアルシエルが僕を見上げていた。
カエシアと違って容姿は特に変わっていない。髪は黒髪だし頭に短剣が刺さったままなのも同じだ。
あの……せめて、その頭の短剣はどうにかならなかったんですかね。
身にまとう制服はダボついた冬服。なるほど、そういや展示されていた制服は冬服と夏服が一着ずつだったな。それで、季節外れな冬服ってわけか。
夏が近づくこの頃。冬服を着るのは息苦しい季節だが、死者である彼女には関係がないのだろう。汗すらかいていない。
反応しない僕を不思議に思ったのか、アルシエルが首を傾げた。
「……ご主人?」
なにか言わないと。けど……クラスメイトは固唾を飲んで僕らに注目している。ここで厨二病的言動をしてしまったら、今後〝そういう奴〟として扱われることになる。僕の高校青春計画が終焉してしまう。
――こんなの、どうしろって言うんだよぉぉぉ!?
焦燥ばかりが頭の中にめぐり、こいつにどう声をかければ良いのかてんで浮かんでこない。
そうこうしているうちに、僕を見るアルシエルの表情が段々と険しくなってきた。こいつの思考はだいたい読める。どうせ
冷や汗がタラリと垂れる。
これは本格的にヤバい。
とにかく、このまま無言ってのは駄目だ。何か、なにか言わないと。
「……アル、シエル……その、だな……」
かすれ気味に出た僕の声は、驚くほどに教室に行き渡る。こんなに静かなホームルーム前の教室はじめてだよ。
ああ……駄目だ。とりあえず口を開いたけれど、結局続く言葉が出てこない。どうやら人並みの青春は諦めて、中二病の変人として高校生活も過ごすしかないようだ。
と、絶望感に打ちひしがれて半ば失神しそうになっていると、
「ホームルーム始めるぞー。席につけー」
不意にそんな声かけとともに担任の笹川先生が入ってきた。すると、それまで僕を注視していたクラスメイトたちが仕方なさそうに席に戻っていった。厳しいことで有名な彼女に逆らおうという生徒は居ないらしい。
助かった……今このときだけは、笹川先生が女神に見えたぞ。
さらに笹川先生はクラスを見渡して、アルシエルとカエシアを見つけると、
「なんだ、いないと思ったらもう来てたのか。ふたりとも、こっちに来なさい。自己紹介してもらうから」
と言って手招きする。
僕はこれ幸いとばかりにアルシエルとカエシアに身を寄せると、彼女たちに聞こえる程度の声量で釘を刺す。
「……ホームルームが終わったら話がある。とりあえず、今は彼女の言う通りにしろ。それと、分かっていると思うが、くれぐれも俺やお前たちの素性がバレるような言動は慎むように」
「駄目デスか? 別に、後で洗脳すれば――」
「良いから、従え。それとも……主人の命が聞けないとでも?」
僕はキッとアルシエルを睨む。
アルシエルはシュンとして頷いた。ちょっと罪悪感があるが、こいつには強く言っておかないと、マジで何するかわからないからな……。
***
「留学生のシエル・アルシエルさんとカエデ・シアンさんだ。ふたりとも北欧出身でな、母国と始業式の時期が違うため今にずれ込むことになった。――ふたりとも自己紹介を」
笹川先生がそう言ってアルシエルとカエシアに目配せする。すると、まずはカエシアが一歩前に出る。
「カエデ・シアンと申します。フィンランドから来ました。祖母が日本人のクォーターです。どうぞ、よろしくお願いいたします」
カエシアはすらすらと淀みなく自己紹介すると、おまけにニコリと微笑んだ。その可憐さに男子陣から野太い溜め息が漏れる。
女子たちも負けじと「わー、可愛い」などと声を上げるが、どことなく威嚇に聞こえるのは気のせいだろうか。
カエシアが一歩引くと、代わりにアルシエルが前に出る。
そして、満面の笑みを浮かべて僕の方を向きながら言った。
「アルシエル、デス! ご主人の忠実なる下僕なのデス!」
僕は反射的に机に突っ伏した。それでも分かる、クラスメイトたちの刺すような視線が痛い。
駄目だこいつ……早くなんとかしないと! ホームルーム、早く終わってくれぇ……!
「……あー……えっと、アルシエルさんはまだ日本語が十分じゃないみたいだな。皆、ちゃんとフォローしてあげてくれ」
笹川先生が困り顔で頬を掻きながら言った。呆気にとられていたクラスメイトたちも「なるほど、そういうことか」といった感じで納得している。
あぶねぇ……都合よく勘違いしてくれて助かった。ここで深掘りされるのが一番困るところだった。
「席は後ろの奥に用意してある。ふたりともそこを使ってくれ」
笹川先生の指示で二人が奥の窓際の席に座った。幸いにも僕の席とは遠い。
「じゃあ、ホームルームはこれで終わり――ああ、それともう一つ。休み時間に二人の学校案内を頼みたいんだが、誰か頼めるか?」
クラスメイトたちは怯んだ様子で互いに顔を見合わせる。留学生相手ともなれば、この反応も頷ける。
これ幸いとばかりに僕が立候補しようとすると、間が悪いことに一呼吸早く竜崎が手を上げやがった。
「誰もやらないなら俺が案内しますよ」
クラスメイトが「さすが、竜崎くん」「竜崎は英語得意だしな」などと納得の声を上げる。くそ……これじゃ、僕が立候補なんてできるわけない。ここで僕が立候補しようものなら、何だこのでしゃばり野郎、って白い目で見られるのがオチだ。
仕方なく挙げかけた手をバレないようにのそりと下ろしていると、カエシアが発言許可を求めるように挙手した。
「どうかしたのか、シアン」
「はい。協力の申し出はありがたいのですが、案内は黒淵君にお願いしたいと思っています」
「くろふち……? ああ、黒地のことか。お前たち知り合いだったのか?」
笹川先生が黒地と言い直したことにカエシアは一瞬怪訝そうにしたが、先生が僕の方を見ながら言ったのを見て頷く。
「はい、そうです。気心知れた相手のほうが気が楽ですので」
「そういうことなら、それが良いだろうな。竜崎、すまないがそういうことだから」
「……分かりました」
竜崎は少し不服そうに受け入れて手を下ろすと、僕のほうにキツい視線を送ってきた。面目を潰された逆恨みだろうか。最悪だよ……クラスカーストトップに目をつけられちまったよ。
「よし。これにてホームルーム終了。黒地、二人の案内頼むぞ」
「……はい……」
カエシアは考えなしのアルシエルと違って気を使って言ってくれたんだろうが、結果的には逆効果だった。
ああ……僕にステータスがあったら、きっとラックの数値は一桁に違いないんだろうなぁ。
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