第36話 夜襲



 俺は玄関へ走って行って、叫んだ。


「ラムド! 心配したんだぞ!」


「心配?」


 夜遅くに帰ってきたラムドは頭にハテナを浮かべて答える。


「兄ちゃんのお使いで行ったのに。ヘンなの」


 そうだった。


 俺の言い方がよくなかったんだったよな。


「悪かった。使者の人と一緒にベネ領へ行ってくれたんだよな?」


「えーと……うん。使者の人と一緒に、だね」


 やっぱりヨルドの言う通りかあ。


 今度からラムドのことはヨルドに相談した方がよさそうだな。


「それより、ちゃんとわからせて来たからね。兄ちゃんがすごく怒ってるってこと……」


「ああ。ご苦労だったな」


 そう言えば。


 書状はずいぶん強い口調で綴ったのだった。


 今はアレを書いた時と状況は違っているけれど……


 これは結果的に悪くないかもしれん。


「決めた。ベネ領を攻める」


「アーノルド!」


「「兄ちゃん!」」


 おふくろと弟たちがバンザイする。


「でも兄ちゃん。ボクらがベネ領を攻めるとなると、ライオネがベネ側の救済を口実に敵軍に加わるんじゃないかな」


「ヨルド。やっぱりお前は頭が回るな」


 次男のヨルドには戦闘の才はないが、頭脳に光るものがある。


「だからスピードが大事だ。ラムドが持って行ってくれた書状を『宣戦布告』とする。後付けだから微妙な書き方だったけど……とにかく無理やりにでも速攻して、ライオネの援軍が来る前にベネ領を降伏させるんだ。幸いライオネはこのことをまだ知らないからな」


 そこで待たせてあったライオネの使者と目が合う。


「あ……ひいいっ」


「ふんじばれ!」


 俺が命じると、弟二人が使者を縄で縛りあげにかかった。


「……ラムド、ちょっかいかけたらダメだぞ」


「えー? そーなのー?」


 ヨルドとラムドがなんかヒソヒソ言ってる。


 このふたりには俺には入れない世界があるんだよなあ。


「ちょっと! どうしたの!?」


「すごい音がしたよー?」


 こうしてガタゴトとやっているとリリアとハンナが何事かとやって来た。


 緊縛された使者を見てまたキャーっと悲鳴を上げる。


「お前たち、ちょうどよかった。これからいくさだから」


いくさ!?」


「これからって、いつから?」


「これからはこれからだよ」


 俺は革細工師に作らせたプロテクターを装備しながら嫁たちに答えた。


「今夜、今すぐだ」



 ◇



 夜の領地に篝火が灯った。


 狩人から進化していった戦闘系のジョブは73名。


 剣士が20名。


 槍戦士が20名。


 武道家が10名。


 弓師が10名。


 怪力が10名。


 盗賊が3名。


 そして、薬師→占い師→魔導師へと進化した魔法使い10名。


 総勢83人の兵力である。


 ほぼベストメンバーだが、リッキーが王都の偵察へ行って不在なのが少し痛い。


 それからリリアとハンナは使者の見張りと領地の守りのために残しておいた。


 本当はラムドも残して行こうと思ったんだけど……


「兄ちゃん、ラムドも連れていった方がいい」


 とヨルドが言う。


 まあ、確かにあまり過保護なのもよくないよな。


 ラムドも初めての戦場では怖くて何もできないだろうけど、いい経験になるだろう。


 ……さて。


 ダダリには川が一本流れているが、これに沿って南へ進んでいくとベネ領である。


 闇の中、軍は進む。


 ちなみに、技能【移動速度2倍】の効力は、俺一行すべてにかかる。


 俺たちは普通に進んでいるつもりなのだけれど、結果的には全員2分の1の時間で目的地に着いているから不思議な感じだ。


「よし、あれがベネ領主の屋敷だ。いくぞ!」


 おおー……!


 ときをあげて駆け出す味方。


 派手に夜襲をかけて敵の心胆を寒からしめ、一気に降伏させる。


 そういう作戦で全員で正門へ詰めかけるが……


 ワー、ワー……!


 その時、屋敷の庭に待機していたらしい敵兵が門よりどっと出てくる。


 この人数……


 夜襲が読まれてたのか?


 庭だけでなくあたりの茂みにも待機していたようで、敵は全部で200~300はいそうだ。


「兄ちゃん、囲まれてるよ!」


 ヨルドが叫ぶ。


 そもそもベネ領は北のガゼット領よりも豊かな領地で、兵も訓練されている。


 ひとりひとりが銅の剣や革の盾で武装しており、数頼みではない上に数でも相手が倍以上いる。


「兄ちゃん、ここは危ない。いったん撤退しよう!」


 しかし、それでもモタモタしてライオネに参戦されるよりはずっとマシだ。


「あわてるなヨルド。問題ない」


 そう答えた時。


 うちのジョブ【魔術師】たちの杖から次々と火炎が放射された。


 ゴー! ゴー!……


「魔法だとおお!? ぎゃあああ!」


「バカな! ダダリのくせに……」


 魔法の火力は前回よりも上がっている。


 魔法研究所を建てていたので、10人の魔術師が【ほのお(D)】を使えるようになっていた。


 ここはゲームの世界ではあるがそれでも一般的に魔法は希少であり、魔法使いを10人そろえている領地などほとんどない。


 俺以外の領主たちは『領民にジョブを与える』ということをしていないようだしな。


「今だ! 突撃ー!!」


 敵が魔法に怯んだのを見て、ジョブ【剣士】たちが駆けだす。


 敵もまだまだ数が残っているのを頼ってかこれに応戦した。


 立ち上る炎の中、激しい斬り合いが展開される。


「うわあ! 剣が折れた!」


「ヤバい、俺もだ!」


 だが、しばらくすると敵の剣が折れ始めた。


 当然だ。


 敵は銅の剣、こちらは鉄の剣である。


 そもそも銅というのは硬いし曲がりにくいものだ。


 対して、鉄というのは硬いが曲がりやすい。


 その上で、鉄の剣と銅の剣が戦ったらどうなるか?


 硬くて曲がりにくい銅の剣はポキンポキンと折れてしまうのである。


 いくさと内政は車の両輪。


 これまで『鋼鉄の剣』を重点的に生産してきたおかがで、戦況はやがて有利に傾いていく。


「やったー! また倒したぞー!」


「兄ちゃん、このまま攻め落とせそうだね!」


 そう言ってはしゃぐ弟たち。


 しかし話はそう簡単ではない。


 というのも、ベネ領には精鋭部隊というのがいるはずだからだ。


 そいつらは常に領主の屋敷に詰めており、実力、装備ともに充実しているという。


 数こそ10人ほどと聞くが、この精鋭部隊を倒さぬ限り敵は降伏しないだろう。


「あ、兄ちゃん! 見て!」


「あ?」


 だがその時だ。


 ラムドが屋敷の方を指さしているので見上げてみると、屋根の上の夜闇に白旗が燦然とはためくのが見られるのだった。


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