第5話 三本の矢


 次の日の朝。


 朝めしに家族でベイクド・ポテトを食っている時。


「なあ。今日は魔境に行ってみるか?」


 俺はヨルドとラムドにそう提案する。


「魔境? わーい!」


「行く行く!!」


 二人は乗り気のようだ。


「ちょいとアーノルド。魔境なんて行って大丈夫なのかい?」


 そこでおふくろが心配そうに口をはさむ。


「お母ちゃんイヤだよ? お父ちゃんが死んで、あんたたちまでいなくなっちまったら……グスン」


「チッ……めそめそすんなよ、おふくろ」


 俺は木のフォークでベイクド・ポテトをぶっ刺して続ける。


「ヨルドとラムドももう小さい子供じゃないんだ。あんまり過保護なのもよくねえんだぞ?」


「そんなこと言ったってねえ……」


 まあ、心配する気持ちはわからんでもないけどな。


 オヤジの代じゃ魔境になんて絶対近寄らなかったし。


 俺はポリポリと頭をかくと、矢を三本取り出して言った。


「なあ、おふくろ。これがわかるか?」


「弓矢の矢じゃないか。それがどうしたんだっていうんだい?」


 と聞くので、一本の矢なら折れるけど、三本の矢を束ねれば折れないというくだんの武家の話をしてやった。


「俺にはヨルドとラムドがいる。三本が束になれば折れやしないさ」


 するとおふくろは大変感心して目を丸くする。


「ほえー!? アンタずいぶん立派なことを言うようになったんだねえ。自分で考えたのかい?」


「うッ、それは……」


 俺はあわててベイクド・ポテトをモグモグ頬張ほおばり、飲み込んだ後に、


「……いや、オヤジが言ってたんだよ」


 と、そんなふうにごまかしておいた。



 ◇



 ヨルドとラムドは成長が早い。


 すでに領民たちに先んじて『占い師』と『剣士』へ進化している。


「それじゃあ、いっちょやってみっか」


「おー!」


「ヤッター!」


 朝めしが終わると、俺は弟二人を連れて領地の東側へと向かった。


 領地の東側は木が生い茂り、通常の動物たちが生態系を営んでいるが、やがて魔境にさしかかると瘴気が漂い、魔物が湧くようになるのだ。


「あ、スライムだ。カワイー」


 すると、ラムドはさっそくあらわれたスライムの方へ駆け寄り、どうつるぎを振るった。


 ビシュッ……


 一閃。


「……キュー」


「あははッ! やったよ、兄ちゃん!」


「お……おう。よくやったな」


 カワイーとか言いながら何の躊躇ちゅうちょもなくぶっ倒しちまいやがった。


 ちょっと怖えなあ。


 末弟のラムドにはちょっとサイコなところがあるのだけど……まあ、戦闘職にはそういうヤツの方が向いているのかもしれんね。


「兄さん、頭が痛いよ……」


 一方、次男のヨルドはそんな様子だ。


「大丈夫か? ヨルド」


「うん。でも……ここ、イヤな感じがする」


「魔法系のジョブは魔物や瘴気に対して敏感だからな。すぐなれるさ」


「ふうん。でも、僕はどうやって戦えばいいの? ラムドは剣でやっつければいいだけだからわかりやすいけど……占い師ってよくわかんないや。もう魔法が使えるの?」


「占い師は、占いが本職のジョブだ。魔力はあっても魔法は使えない」


「えー、そんなあ」


「でも、魔道具を使うことができるぞ。さっき『火の杖』をやっただろ」


 俺はヨルドに装備させた杖を指さして言った。


「これ?」


「ああ。その杖は魔法が使えなくても魔力があれば火攻撃を打てるアイテムだ。お……ちょうどいい。あれに打ってみろ」


 そうこう話していると、一匹のゴブリンがうめき声をあげながら近づいてくるのが見える。


「ギョー、ギョー!」


「うわッ、魔物だ……ええと、こうかな? えい!」


 ヨルドは『火の杖』を振るった。


 すると、野球のボールくらいの火の玉が敵へ向かって飛んでいく。


「ギョギョ? ギョへー……!」


 火の玉は魔物の腹をえぐり、その場でのたうつ。


「ラムド」


「任せて!」


 のたうち回りながら逃げようとするゴブリンの下へ、ラムドが剣を構えながら走っていく。


 その剣はすばやく敵の息の根を止めた。


「やったー! 楽勝だね」


「ラムド。油断しちゃダメだよ」


 と言いつつも嬉しそうなヨルド。


 それからも二人はあらわれたモンスターを一匹ずつ狩っていった。


 三戦目でヨルドが『占い師:レベル2』になり、五戦目でラムドが『剣士:レベル2』になる。


 そして、何戦した後だったろうか。


 ヨルドが『占い師:レベル4』に、ラムドが『剣士:レベル3』になった時のことだ。


 パンパカパンパッパッパーン♪


 ふいに、頭上で電子音的なファンファーレの鳴るのが聞こえて来るのだった。


「兄ちゃん、どうしたの?」


「ぼーっとしてたら危ないよ」


 どうやらヨルドとラムドには聞こえなかったらしい。


 それで思い至った俺は、ステータスを開く。


 案の定、俺の領主レベルが上がっていた。


―――――――――

領主レベル:1→2

称号:転生領主

HP:21→107

MP:0→41

ちから:12→75

まもり:9→62

魔法:――

特殊技能:ステータス見、

     痛覚耐性(New!)

授与可能ジョブ:▽

―――――――――


 このように領主の能力値は『領主レベル』が上がるとグンッと伸びる。


 そして、領主レベルのアップではゲームを進める上で役に立つ『特殊技能』が追加されるのだ。


 横に(New!)ってなってるヤツな。


 何が追加されるかは完全ランダムだから、技能ガチャなんて呼ばれていたっけ。


 で、今回プラスされた『痛覚耐性』であるが、正直言ってちょっと微妙な技能だった。


 TOLはそもそもプレイヤーキャラ(領主)の能力値がHPの減りによって下方修正される仕様である。


 例えば、ダメージを受けてHPが10%減ると、『ちから』と『まもり』も1%ずつ減る。

(普通、人間はダメージを受けると発揮できる能力も下がるはずなので、そこをゲームとしてリアルに表現したかったのだろう)


 その上で、ダメージを受けてHPが減っても他の能力値が下がらないというのが『痛覚耐性』である。


 ただ、そもそもダメージによる能力値の下方修正はわずかなものだ。


 不要とは言わないが、そんなに嬉しい技能ではなかった。


 技能ガチャについては次回のレベルアップに期待だな。


「ねえ、兄ちゃん。兄ちゃんってば」


「お腹減ったよー」


 さて、そんなふうに考えていると、弟たちがそうゴネ始めていた。


「ああ、悪い悪い。そろそろお昼だし今日はここまでにして家に帰ろう」


 こうして俺はステータスを閉じ、弟たちを連れて魔境から去ったのだった。


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