第29話「昼餐」

「お兄ちゃん、お昼ご飯なんですけど……」


「朝食べたばかりなのにもう昼の話か?」


 しかし雲雀は気にした様子もなく話を続ける。


「もう少しおしゃれ感のあるところで食べたいと思っているんですよ!」


 バンとテーブルを叩きながら強く主張する雲雀、しかし……


「ここで一番お洒落ってファミレスくらいじゃねえの? ここら辺に高校生の所持金では入れて写真映えするような名店はころがってないぞ?」


 そう、田舎の悲しさだ。映えなどと言うものは都市部でキャッキャしている連中に任せればいい、俺たちは空腹を満たせるだけでいいのだ。


「お兄ちゃんが映えスポットを気にしているなんて思っていませんよ。兄妹でいい雰囲気になりそうな場所を考えているだけですよ」


 俺にはインスタオンスで写真をアップロードする権利など無いようだ。したいとも思わないが、雲雀はバリバリアップしているので気にならないこともない。


「そうかい、で、どこかアテはあるのか? この辺に見所なんてないだろ?」


「ふっふっふ……なんと今、駅まで急いで電車に乗ればギリギリムーンスターコーヒーの営業時間に間に合うんですよ!」


「急いでって」


「はいお兄ちゃん! 四十秒で支度してくださいね!」


 にこやかに鬼畜な注文を付けるものだから大急ぎで部屋に戻ってギリギリ外出できて急いで切ることが出来る服に着替え、雲雀の元に戻った。


「お兄ちゃんにしては急ぎましたね、良きかな良きかな……」


「急ぐんじゃないのかよ?」


 だから俺は大急ぎで支度を済ませたんだぞ。


「安心してください、今からなら歩いても電車に間に合いますから」


「だったら急かすなよ……あとあの駅に電車は止まらないぞ、全部ディーゼルだ、パンタグラフがない時点で気づけよ?」


 電車などと言う電気で動くクリーンエネルギーなど使っていない、田舎なんだから自然が排出した二酸化炭素など植物がいくらでも吸収してくれる、だからガンガン化石燃料を燃やせばいい。


「お兄ちゃんは細かいですよ? ほら、早く手を取ってください! さっさと行きますよ!」


「はいはい、分かりましたよっと……」


 俺は玄関に向かう雲雀に手を引かれて靴を履き替えた。スニーカーを履きながら自分の格好がムーンスターコーヒーにふさわしい格好か考える。映えを気にして写真を撮っている連中に映り込むと邪魔だと思われたりはしないだろうか?


「お兄ちゃん? 格好を気にしているんですか? 大丈夫です! 私はお兄ちゃんであればほとんど何でも許せますから! 他の人の目なんて気にしなくてもいいんですよ?」


 寛大な妹だな。俺のすることなら大半を許しそうな雲雀の価値観が心配になる。コイツは俺がしたならカニバリズムでも許しそうな恐ろしさがある。狂信的と言ってもいいだろう、信念が固いのは結構なことだが行きすぎることはなんであれ危険だぞ?


 靴を履き終わった俺は手を引かれるままに玄関を出た。眩しい日差しが俺の肌を焼く。半袖で出たのはマズかっただろうか。


「おにーちゃん!」


 ギュッと雲雀が俺の腕に抱きつく。人の視線というものを気にすることはないのだろうか? 勇気があるというかなんというか……恥ずかしいので勘弁して欲しいというのが本音だ。


「離れろよ……」


「イヤでーす! このまま駅に行っても電車に間に合う時間を計算してるんですからね?」


 だからアレは電車じゃないと……もういいや、このまま駅まで行く以外にこののろいの装備から離れてもらう方法は無さそうだ。俺は雲雀の手を引きながら衆人環視のままに駅までの道を歩くことになった。


 恥ずかしいまま歩いて行くとうっすらと汗をかいた、これが冷や汗なのかただ単に暑苦しいから出たものなのかは分からない。なんにせよ春先にしても温暖化の進んだ時代には二人がくっついて歩くというのは暑苦しいものだと思い知らされる。


 その上雲雀はメイクもガッチガチにしている外出用の格好をしているので非常に目立ってしまう。まるでデートをしているように見えるかもな……そう考えてから自分の格好からしてそれはないなと再度自覚した。


 スマホを出して時間を確認するが、このペースで歩けば全く問題の無い時間だ。これを計算しているなら、雲雀はなかなか計算に強いのだろうな。


 しばし歩いてようやく駅が見えてきた。田舎特有のハコ物だが、多数の原付で登校していたらしい過去の時代からすれば安全性は圧倒的に高くなったと言える。消費税くらいしか払っていない俺にハコ物が悪いのかどうかはわからなかい。ただ単に便利な物ができたな程度の認識だ。


 視線を感じながらもなんとか駅までたどり着いた。電車だったら切符が自動改札で通れるのだろうななどと思いながら隣町までの切符を買って汽車が来るまで待つためにアイスクリームを二つ買った。


「ほら、食べながら待つぞ」


 雲雀は途端に機嫌を良くしてアイスの蓋を外して舐めだした。


「お兄ちゃんの奢りは美味しいですねえ……お兄ちゃんの味がします……」


「カニバリズムかな?」


 怖いんですけど……? 俺の味って何?


「お兄ちゃんの愛情の分だけ美味しいって思えるって事ですよ、お兄ちゃんだって渡しに奢ってもらった料理は美味しいでしょう?」


「俺はタダ飯に目がなくってな、ラーメンからうな重までなんでも美味しく食べられるぞ」


 タダ飯は美味しい、それを否定する人はまずいないだろう。無料で食事が食べられるなんて美味しいに決まっているじゃないか。タダ飯の嫌いなやつなんてどこを探せば見つかるんだ? タダより高いものはないという言葉の通り、タダ飯のコスパは無限なのだ。コストがゼロに近づくにつれ、パフォーマンスがなんであれ、コスパは無限に向かって発散していく。


「そんなケチなお兄ちゃんが奢ってくれたって事がとっても嬉しいんじゃないですか! 食べると亡くなっちゃうものというのが少しだけもったいないですね」


 そうして雲雀は惜しみながらも溶ける前にアイスを完食した。そして俺が少し遅れて食べ終わったところで汽車がホームに入ってきた。ボタンを押してドアを開け、二人で電車に乗り込んで俺たちの休日は本格的に始まった。

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