第27話「休暇」

 キーンコーン


 帰りのホームルームが終了して、二日間の休みを告げるチャイムが鳴り響いた。


「葵、疲れた顔をしてるわね? 学校に来るだけでそんな疲れている人あんまりいないわよ?」


「真希には分かんないよ。陰キャは日常生活をするのにエネルギー消費が半端ないんだからな……」


 そう、陰キャ特有の悩みである。陰キャはたとえ授業がなかったとしても学校にいるだけでメンタルがゴリゴリ削られていくのだ。なんなら授業で時間を潰せる分、コミュニケーションコストの少ない授業で時間が使われるため休み時間無しで全部授業で埋めてくれた方がいいくらいだ。


「私には分かんないけど……そこに目を輝かせている子が葵目当てに来ているわよ」


 真希の指さす方を見ると雲雀が教室のドアまでしっかり待機していた。


「お前……平気で上級生の教室に来るよな?」


 雲雀のところに行ってそう言ったのだが何の事か分からないように答えてくる。


「なんですか? お兄ちゃんのところに行くのに何のためらいもありませんし、うちのクラスでも上級生の恋人を作った人だっていますよ?」


「そうか……陽キャとは一生わかり合えそうもないな」


「大丈夫です! お兄ちゃんは私とだけわかり合えればいいんですよ!」


 断言する雲雀に、そうかな? そうなのかな? と思えてくるところが勢いの凄さだ。


「雲雀ちゃん、一応ここは上級生のクラスだからね?」


「あら、負けヒロイ……もとい真希さんじゃないですか。いたんですね」


 出会ってそうそう喧嘩を売るのは本当にやめて欲しい。後始末をする俺の身にもなって欲しいというものだ。雲雀が売った喧嘩を俺が回収していくんだぞ……


「あらあら……雲雀ちゃんったら『誰に』負けたと言いたいのかしら? まさか雲雀ちゃんに負けるほど私は耄碌してないわよ?」


「年増……」


 ぼそっと言った雲雀の一言を真希は聞き逃さなかった。イラついているのを各層ともしなくなってしまう。


「無謀な恋をしている誰かさんとは違って私は合法なのよねえ……本当に誰とは言わないけれどね」


 売り言葉に買い言葉とばかりに雲雀は切れる。


「おおん? やろうって言うんですか? 喧嘩を売られているんですかねえ!」


 もう収拾がつかなくなってきた。喧嘩をするのは頼むからやめて欲しい。世界平和を祈りたくなるくらいに雲雀葉巻に突っかかるんだよなあ……理由を聞いても二人とも何も答えないしさあ……


「私は何一つ具体的に誰がどうとは言ってないわよ、勝手に切れないでくれるかしら」


「むむぅ……お兄ちゃん! この人の側に居たらお兄ちゃんまで毒されます! 私と一緒に帰りましょう!」


 そう言って俺の手をグイッと引っ張ってくる。俺は引きずられるままに教室を出て帰ることになった。


 下駄箱に来たところでようやく俺の手を離した。学年が違うから靴の場所も離れているしな。


 靴に履き替えて校舎から出ようとすると雲雀が横から手を握ってきた。


「お兄ちゃんと一緒に帰られますね! 明日は休日だからずっと一緒にいますよ!」


「お前友達と遊びに行ったりしないの? 陽キャはカラオケやナイトプールやクラブで遊ぶものなんだろう?」


 そう言うと雲雀は呆れたようにため息をついた。


「お兄ちゃんの一般人への偏見がすごすぎますよ! そんな陽キャなんていませんって! 普通の女子高生をパリピにするのはやめてくれませんか?」


「ええ……だって友達とウェーイしている系に俺の仲では雲雀はカテゴライズされてるんだが」


「偏見です! 明るい人が皆そんな生活しているわけがないでしょう! 私はごく一般的な高校生です!」


 俺がおかしいのか? 陽キャは楽しそうにインスタオンスに映え写真を上げるために料理を撮影しては捨てているような人種ではないのか? 案外良識的で食事を楽しんでいる人もいるのだろうか?


「じゃあお前は休日には何をして過ごすんだよ?」


「お兄ちゃんと一緒に生活します」


 断言だった。迷うことのない断言、それには有無を言わせぬ説得力があった。そんな怠惰な休みを過ごしていいのかと言うくらいには疑問を押しのけるくらいの勢いだった。ちなみに俺は休日にソシャゲのウィークリー消化のためにダラダラスマホを弄っている。


「お前……休日をスマホいじりで潰すような生活がしたいのか?」


「大丈夫です! お兄ちゃんを私がリードすれば思うとおりの休日を過ごしつつ、充実した休日を過ごせるんですよ?」


「お前は俺のなんなんだよ!?」


「妹ですが何か?」


 マジレスされてしまった。いや……何で俺が雲雀の事情に合わせないといけないんだ? 俺はただ平和な日常を過ごしたいだけだぞ。


「俺に付き合ったって楽しい事なんてないだろ? なんでそんなにこだわるんだよ」


「お兄ちゃんに変な害虫がついてはいけませんからね、休みの日も油断は出来ないと言うことですよ」


 この妹は束縛が強すぎませんかね……害虫て……どんだけ俺を陰キャから脱出させたくないんだよ。


「しかしお兄ちゃんとの貴重な休日には心が躍りますねえ! これは貴重な経験ですよ!」


「まったく……物好きなやつだな。それとも俺に恨みでもあるのか?」


 雲雀は首をブンブン振る。


「まさか! 世界で一番お兄ちゃんのことだけを考えていると言ってもいいですよ! 無人島に何か一つだけ持って行けるとしたらお兄ちゃんを選びますよ!」


「道連れじゃねえか!?」


「ふっ……旅は道連れ世は情けという言葉もあるでしょう? だったら私とお兄ちゃんは一蓮托生なんですよ」


 怖い……何で俺は妹に全権を委ねてるんだ? 妹に強く出ることだってできたはず……無理かな……


「さあて、お兄ちゃんと一緒の休日の始まりです! 早いところか選って爛れた関係を構築しましょう!」


「しないっての!」


 コイツは一々怖いんだよ。オレに一体何を求めているんだ? 妹の考えていることが何が何やら理解できないな。誰かを理解する事など当人以外に分かるはずがないのだが、妹の考えていることを欠片も分からない兄というのはどこか情けないような気がした。


「お兄ちゃんはお休みは何をして過ごす予定ですか?」


「俺はソシャゲのウィークリーを消化してネットを見てるかな」


、私への配慮がまったく足りないですよ? はい、一体何をするつもりですか?」


「買い物か映画でも見に行こうかな~……」


「よろしい」


 雲雀は一応納得したようで、休日は妹のために消費されることが決定した。

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