第24話「晩餐」
昼休み、案の定雲雀は教室にやってきてカツサンドを一緒に食べることになった。烏龍茶が脂肪に効くという噂を聞くが噂半分に信じながら脂身たっぷりのカツを食べながら烏龍茶を飲んだ。
「お兄ちゃん、もうちょっとゆっくり食べてくださいよ、私がついていけないでしょう」
「別に普通に自分のペースで食べればいいんじゃねえのか? そんな細かいことを一々気にしなくたって……」
しかし我が妹はダダをこねるに駆けては右に出るものはいない。文句をグダグダと垂れる。
「お兄ちゃんは人と食事を楽しむと言うことを知らないんですね。食事とは栄養を摂取するだけではなくコミュニケーションも兼ねているんですよ!」
バンと机を叩いて烏龍茶を飲む。当たり前のように自分の分を飲み終わると俺の分に手を出してきた。俺も一々ツッコむ気にもならず好きにさせていた。
「おっと! これはお兄ちゃんの飲みかけでしたね! 申し訳ない、いやあうっかりしていましたよ」
「それ飲んでいいぞ。俺はコレ買ってきてるし」
俺が鞄からレモンティーを取り出すと雲雀は不機嫌そうに俺の烏龍茶を飲み干していた。直飲みしたものをよくそんな平気で飲めるものだな。人の価値観というのはやはりよくわからん。俺は世間様と価値観がズレているのではないだろうか? そんな不安もあるが、そもそも陰キャという存在が社会不適合者の烙印を押されたようなものなので今さら気にもしていないのではあるが……
「お兄ちゃんはもっと私に頼っていいんですよ? そうすればもう少しまともな食生活もおくれますし、生活リズムだってメリハリがつくんですよ? それをお兄ちゃんは捨てて問題児のような生活を送っているんですよ? そんな生活で満足なんですか?」
「俺は満足だな……生きていくのに最低限の事は出来ているしな」
「お兄ちゃん……」
そう言って雲雀は食べかけのカツサンドをこちらに向ける。
「このようにかさ増しスッカスカなカツサンドではなく、どこから食べてもカツが食べられるような本物のカツサンドが食べられるんですよ?」
コイツ、ナチュラルにコンビニ業界の闇に触れやがった。ステルス値上げや小型化は知っているけどさあ……
「結局雲雀の負担になるだけだからやめとく」
俺がそう言うと反論のしようがなかったのか雲雀も言い返さなかった。その代わりに『フヒヒ……』などという陰キャのような含み笑いをしていた。雲雀にも俺の知らない面が有るって事か。当然だな、俺だって大量の隠しごとを妹相手にしているのだからな。今さら妹に隠しごとがいくらかあったところで一々気にしないがな。
「お兄ちゃんは料理だと何が好きなんですか?」
「肉」
「即答しますね……私の手料理レパートリーが進歩しそうにない答えはちょっと……」
なんで俺がお前の料理の実験台になりゃなアカンのだ。
「俺は食べ物に頓着してないんだよ、なんなら三食イギリス料理だって満足出来るぞ?」
「せめてアメリカ料理くらいは目指しましょうよ……」
「アメリカ料理なんてあったっけ?」
「アップルパイはスターゲイジーパイより美味しいと思いますよ」
ナチュラルにイギリス料理をディスる雲雀、イギリス料理だって美味しいものはあるんだぞ! スターゲイジーパイなんて色物を持ち出すのは禁止カードを出すようなものだろう。
「お兄ちゃん、今晩のリクエストを訊いているのに『肉』なんて答えられても困るに決まっているでしょうが! ちゃんと食べたいものを言ってください!」
「え? リクエストを訊いてたのか? てっきりただの好みを聞いてるだけかと思ったんだが……」
雲雀はやれやれと肩をすくめて言う。
「だってお兄ちゃんって自分の食事は自分で用意しろって言われたら、三食カロリーブロックも辞さないでしょう?」
「当然だ、コストパフォーマンスを考えると既製品で安いものがいいだろ。開けて食べるだけで必要な栄養がとれるなんてメリットしかないだろ」
何を当然なことを聞いているのだろう? 調理時間ゼロというのは圧倒的なメリットではないのか? 工場生産品を開けてそのまま食べる、それ以上に時間を効率的に使う方法があるだろうか。
「お兄ちゃんには心の栄養が足りないようですね……」
そこへ一人の影が差した。
「あのさあ……料理くらい真面目に食べた方がいいわよ? クラスメイトとして忠告しておくけど、そんな生き方をしてたら長生き出来ないわよ?」
横から割り込んできて俺の食生活の指標を否定する真希、突然出てきて持論を展開するのはやめて欲しいのだが……陰キャの習性として陽キャの言うことを否定は出来ない。
「ま……まあそういう考えもあるよな!」
「お兄ちゃんは真希さんのお説教なら聞くんですか? 普通家族である妹を優先するべきでしょう!」
関係が……関係性が面倒くさい……なんで俺の料理についての考え方からそこまで話が広がっていくの? 『はいそうですか』で終わるような話題だと思うんだが……
「お兄ちゃん! お兄ちゃんの貧乏舌を矯正するために今日は私の手料理を食べて貰いますよ!」
「いや、忙しいだろ? 悪いからいいよ」
「ダメです! お兄ちゃんと私が暮らしていたらカロリーブロックを毎日食べる羽目になるんですよ? 一緒に暮らすなら価値観の統一は必要です!」
「お、おぅ……」
迫力に負けて頷いてしまった。そもそもいつまでも一緒に暮らすわけではないのだから、俺の食生活にこだわる必要も無いだろうに。
「真希さん、苦手な料理ってあります?」
「え……私? えっと……カレーかな、なんだか美味く作れないのよね」
「なるほど、というわけで今晩はカレーにしますのでお兄ちゃんは帰りに買い物に付き合ってくださいね」
「私に聞いた意味はなんだったのかな!?」
「得手不得手は誰にでもありますからね。自分に有利なステージで戦うのは当然でしょう?」
雲雀はどうやら真希が作るのを苦手にしている料理を作りたいらしい。有利不利というのはよく分からないが、雲雀が自信満々に言っているのだからろくでもないことなのだろうな。
俺は対戦ゲームだとギミック無しのステージで戦うのが好きなので運要素を排して戦うべきだと思っているのだが、雲雀の方はそうは思っていないらしい。自分のステージで戦う、勝てる勝負をするのが好きらしい。
「じゃあお兄ちゃん、一緒に帰りましょうね! 帰りにスーパーによって材料を買いますからね。数時間待っていてください、本物のカレーを食べさせてあげましょう!」
「料理漫画の老害みたいな台詞はやめろ」
キーンコーン
「ほら、チャイムも鳴ったし急いで戻れよ」
「はい! それではまた放課後」
俺は雲雀を見送ってから、夕食がカレーに決まったことと雲雀に負担をかけるのが申し訳ないような気がした。
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