愛情たっぷりの妹と、恋さえ知らない兄
スカイレイク
妹の想い、兄の考え
第1話「初詣」
「お兄ちゃん! もう日が変わりましたよ! 初詣に行こうと行ったのはお兄ちゃんでしょう?」
ドアの外から妹の少しイライラした声が響いてくる。確かに俺は初詣に行こうと言った、しかしそれはあくまでも朝一でという意味で、午前零時を回ってすぐという意味ではないと思っていた。しかし思っていた以上に妹は初詣ガチ勢だった。
「待ってくれよ、今パジャマなんだよ! 着替えるまで時間をくれ」
「お兄ちゃんの意識の低さには困ったものですね」
そう言いながら俺の部屋の前で待つ妹の
「お待たせ、雲雀」
「お兄ちゃんおそーい! もう日付が変わって十分も経ちましたよ? 五分前集合って言葉を知ってますか?」
「それは知ってるがお前と俺では初詣のタイミングに認識の齟齬があるみたいだな」
雲雀は不服そうだ。俺が寝ているところをたたき起こされたこともお構いなしに手を引く。俺は妹を相手にするとどうにも弱い、シスコンと言われてもしょうがない程度に妹に生活を引っかき回されている。しかし、俺は人生というのはそういうものだと思っているし、今さら妹に塩対応をしようなどとは微塵も思っていない。
「初詣と言えば誰より早く参拝するものでしょう? なんとなくその方が御利益がありそうじゃないですか」
「神様も早いもの順で願いを叶えるようなことはしないと思うがな」
俺の言葉に雲雀は反論をする。
「お兄ちゃんは十二支の逸話をご存じないんですか? 一番初めに神様の所へ行ったのがネズミだから十二支はネズミから始まるんですよ」
「人の作った伝承に無駄に詳しくなる必要も無いだろうに、大体神が早いもの順で手を差し伸べてたら今頃古代人達で天国が一杯になってるだろうな」
そういえばゾンビ映画で地獄が一杯になったとかいう意味の台詞があったような気がする。なんとなくそんなことを思いながら俺を引っぱる手に追いつく。
「さて、行くかな……」
「はい! 一緒に行きましょう! お賽銭の準備は十分ですか?」
「もちろん、俺の準備に余念はないよ。スマホも持ったし財布も持った、家の鍵だって持ってるぞ」
雲雀は深く頷いてから玄関に向けて歩いて行く。俺はそれについて行きながら願掛けはなんにしようかなどと思っていた。神など信じていない俺が神に祈るなどおかしな話だと思うが、クリスマスにケーキを食べてお盆にお墓参りをして、ハロウィーンにぼっちなりに参加した俺からすれば宗教がごちゃ混ぜなのも今さらだろう、何ならさっきまで寺の除夜の鐘を聞いていたしな。
俺は神社にお布施をするために雲雀と一緒に神社に出向く。そこにはまばらな人がいた。
「あー……一番乗りは逃しちゃいましたか……」
ショボンとしている雲雀に俺は『初詣なんて気持ちの問題だろ』と言ったのだが、『気持ちで負けているというのが気に食わないんです!』と言い返されてしまった。コイツ、なんでこんなに初詣に熱心なんだ。
「まったく、来年からお兄ちゃんと同じ高校に通えるというのに縁起が悪いですね」
「俺と同じ高校に通えるってそんな嬉しいことか?」
「当然でしょう! お兄ちゃんと共に登校してお昼ご飯を一緒に食べて一緒に下校できるんですよ! そんな素晴らしいことがあるでしょうか! いや無い!」
反語で疑問に答える雲雀、困ったやつだな。兄としては恋人をさっさと作りたいのでこうやっていかにもデートですといった風に町を歩いていると恋人らしきものの影がどんどん遠のいて行っているような気がして困る。
「まったく、お兄ちゃんは妹と一緒に初詣に行きたいなんて妹離れが出来ませんねー」
「お前が初詣に行こうと言い出したんだろうが、俺はそれを引き受けただけだぞ」
「まあまあ、せっかく4月からは同じ高校に通えるんですからもっと楽しみにしていてくださいよ」
そう、この妹は俺の通っている高校に推薦入学する。準備は万端というわけだ。受験はもう済んでいるので今さら学業成就の願いをする必要は無い。だというのにわざわざ俺と一緒にお祈りに来たわけだ。一体なんのお祈りをする必要があるのやら……
参拝客はいるものの、賽銭箱の前には誰もいなかったのでその前に二人で並んだ。さて、なにをお願いするかな……
俺は少し考えてゴクゴク平均的な一般男子が考えそうなことを欲望のままに祈った。
『どうか彼女が出来ますように』
「お兄ちゃんの彼女になれますように……」
「!?!?」
「どうかしましたかお兄ちゃん?」
「いや……どうしたのって……」
そのお願いを聞かされる神様も随分と災難だなと思った。俺は五円を出して賽銭箱に放り込んだ。
手を合わせて鐘をガラガラ鳴らす。そして目を下にやると千円札が賽銭箱に放り込まれていた。
「雲雀、日本の貨幣制度で現行最低額の札は千円だぞ?」
「何を言ってるんですか? 私の願いが聞き届けられるなら喜んで万札だって放り込みますよ?」
妹の正気を疑いたくなった。現在中学生が千円札を賽銭箱に放り込む、その光景を唖然としながら見ていた。願いが確実に叶うなら千円くらい安いものだが、当然神頼みが聞き届けられることはまず無い、存在しているのは自分の努力と才能の結果だけだ。
「なあ……お前って金持ちなのか?」
俺の問いに雲雀は当然とばかりに答える。
「受験成功したのでお小遣いをもらえたんですよ! 折々の日のために貯蓄していたんですよ」
わあ素敵な両親だなあ! 俺が今の高校に入ったときは、父さんは『そうか』で、母さんは『良かったわね』の一言で済まされたぞ! 何だこの兄妹格差は!
「お兄ちゃん、顔が怖いですよ?」
「そうか? ちょっとした怒りが湧いただけだよ」
妹相手に愚痴るのは兄として失格だ。というか雲雀はなにも悪くない、決して妹が悪いわけではない。ちょーーーーーーっとだけ不公平な俺の両親が悪いだけだ。
「お兄ちゃん、機嫌を直してくださいよ! 帰りにコンビニでギフト券買ってあげますから!」
「そこはケーキとかアイスとか食べ物じゃないんだな……」
即物的すぎる妹だった。お前は本当にそれでいいんか?
「でもお兄ちゃんもアイスクリームを買ってもらうより密林ギフト券を買ってもらった方が嬉しいでしょう?」
「うぐっ……それは確かにそうなんだが……」
俺だってお金はほしいもんな。しょうがない、しょうがない。しかし妹からギフト券をもらうって歪んだ関係だよなあ。
「お兄ちゃん! 行きますよー!」
「分かったよ、今行く」
こうして帰宅途中のコンビニに寄った。真夜中に高校生と中学生が訪れてもケチがつくほど治安が悪くはないので普通に雲雀はギフト券のバリアブルカードを一枚持ってレジに向かった。
「これで」
店員さんに差し出したものを見て俺は目を丸くした。気のせいでなければゼロが四つあるお札だった、正気か?
「お買い上げありがとうございます」
「レシートは要らないです」
そう言ってスタスタ出て行く雲雀を俺はただ追いかけた。
「お兄ちゃん! 妹からのプレゼントですよ!」
そう言って一万円の入金されたギフトカードを渡してきた。
「いいのか?」
俺だってさすがにその金額をもらうのは躊躇ってしまう、これが親からだったらありがたく受け取っていただろう。しかし相手は妹である。
「ええ、ありがたく受け取ってください」
俺は一礼して妹から密林ギフト券を受け取る。コレ一枚に技適に通っているかも怪しいスマホなら一台買えるほどの金額が詰まっていると思うと丁寧に受け取ることになってしまう。
「ありがとう、雲雀」
俺がそう言うと雲雀は嬉しそうに頬を染めて『よしよし』などと言っている。都合良く手玉に取られているような気もするが、手の中にあるギフト券が妹への文句を許さなかった。
「うふふ……お兄ちゃんに褒められちゃいました! やっぱりお金の力は偉大ですね!」
我が家の教育方針が間違っているような気がするなあ……俺が冷遇されているとかそういうんじゃなくてさ、金で解決しようという姿勢が問題だと思うんだよなあ。
ソシャゲの必勝法のような考え方をリアルにも適用しようとしている俺の妹の将来が心配になりながらも帰宅した。
「ふっふーん~! あといくつ寝るとお兄ちゃんと同じ学校に通えますかね?」
「四月まで待つのは気が早いんじゃないか?」
「お兄ちゃんは楽しみがあることの大切さを分かっていませんね、人生には希望が無いと生きていけないんですよ?」
「希望ねえ……まあ無事進学できたのは素直に嬉しいよ」
ウチの妹はそれほど学力が高いわけではないが無事俺と同じ高校に通えるようになったのは素直にめでたいことだろう。この寒さが緩んだ頃になれば一緒に登校しているわけだな。なんとも感慨深いことだ。
「お兄ちゃん! お願いがあります!」
「なんだ?」
「私が高校に登校するときは一緒にしてくださいね!」
笑顔でそう言う雲雀に俺は曖昧に微笑んだ。安易に即決しない俺に雲雀はポケットに手を入れた。
「お兄ちゃんが一緒に登校してくれると約束してくれればコレをあげるんですけどねえ……?」
その手に握られているものは林檎の絵が描かれたカードだった。
「分かった、一緒に登校してやる」
「さすがお兄ちゃん! 即物的なところは嫌いじゃないですよ?」
「どの口でそんなことを言うんだ……」
金に釣られた俺が言えた台詞ではないのだが、実際に釣られてしまっているのだから説得力も何もない。俺はこうして雲雀と共に投稿することを約束してしまったのだった。
そしてあっという間に一月から三月までが矢のように過ぎていった……
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