強すぎ! 物理打撃系賢者〜「もっと魔法の威力を鍛えなくてはな」「いや、正拳突きで殲滅してるってば!」〜

神伊 咲児

第1話 慎重に、命が最優先


「え? 父と母が死んだ?」



 不慮の事故だったらしい。

 冒険者だった両親の死亡。

 子育てなんてそっちのけ。ほとんど冒険に出ていた2人には特別な思い入れもなく。

 僕は、ギルドから来た報告を、ただ事務的に受け入れた。


 僕の育ての親は賢者だった祖父である。

 加えて、祖父は僕の師匠でもある。

 僕が賢者の試験に合格するように尽力してくれた。

 そんな祖父も去年に他界した。


 僕こと、ゴオ・マリクゥスは天涯孤独。1人で生きなければいけなくなったのだ。


 16歳の春。


 まだまだ成長途中の華奢な体だが、丁度、王都ロントモアーズでは成人の儀を済ませたところだった。




ーー獅子のギルドーー


 冒険者に登録を済ませた僕は、最底辺のEランク冒険者となった。


 さぁ、クエストを熟そう。

 金を稼ぎ、1人で生きなければならない。


 まずは、どこかのパーティーに参加するのが得策だ。

 他力本願、ということではない。

 死亡率を下げる為の対策である。


 人は必ず死ぬ。

 家族の死が、僕を慎重に行動させた。


 メンバー募集の掲示板。

 そこには様々な募集の貼り紙があった。

 

 最も安定しているのは高ランクのパーティーに参加することだ……。

 しかし、最低ランクの俺を仲間にしてくれるパーティーはないだろう。

 そうなると、経験の浅いパーティーになるわけだが、そうなると死亡率が上がる……。


 熟考。


 気がつけば日が暮れていた。


 ふむ。

 明日決めよう。


 次の日。

 早朝から掲示板を睨み、もう昼すぎである。


「あんた……。Eランクだよね?」


 と、声をかけて来たのは、目鼻立ちの整った美しい少女である。

 青い髪。少しつり目でキツそうな性格だ。

 長剣を背負っていることから剣士だとわかる。


 それにしても、華奢な体だな。細い手足……。


 胸にはEランクのバッジが見える。


あたしはリンザ・ベスカーニャ。仲間を探してるの」


「ほぉ」


 手にはめたグローブは適度に擦れている。指先から見えるのは、わずかに膨らんだタコだ。

 あれは剣のグリップを握ってできたもの。

 皮膚が硬くなっていて本当にわずかな膨らみしか見えないが。


 あのタコの出来方から察するに、まぁまぁな剣術は備えているようだな。

 非力なパワーを技術で補うタイプか……。

 仲間にするには、やや不安が伴う。


「僕に何か用か?」


「ずっと掲示板と睨めっこしてるからね。あたしも仲間を探してるのよ。あんた賢者でしょ?」


「まぁね」


「丁度いいわ。あたしたちは2人。あんたは1人?」


「ああ」


 リンザの後ろから、ピンク色の髪をした女の子がこちらを覗く。

 肌の色は雪のように白い。華奢な体で凄まじい巨乳だった。

 相当な美貌である。

 王都でも、これほどの美少女は見かけることがないだろう。


「こっちはあたしの妹。アイミィ・ベスカーニャよ」


 姉とは対照的。

 アイミィはオドオドしながら僕を見ていた。

 男になれていないのだろうか。それとも単純に僕が怖いのか。

 どちらにせよ、会話が得意なタイプではなさそうだ。


 彼女はコクリと挨拶をした。


「ど、どうも……」


 杖を持っていることから魔法を使う職業のようだな。

 戦闘からは程遠い体つき。おそらく僧侶だ。


「剣士と僧侶のパーティーか……」


「な!? どうしてあたしたちの職業がわかったのよ? あたしは言ってなかったのに!?」


「……君だって、僕の職業がわかっていたじゃないか」


 僕は武器を所持していない。

 服装だって旅人の服だ。


「そりゃあ、ギルドで噂になっていたもの。掲示板を睨めっこしている賢者ってね」


 そうだったのか……。

 熟考しすぎてしまったな。


「どうしてあたしたちの職業がわかったのよ?」


「見ればわかるさ。例えば……君は左利きだろ?」


「な!? どうして!?」


「指先を見ればわかる」


 利き腕の方が剣を握る時に負荷がかかるからな。

 皮膚の厚みが違うんだ。


「ど、どうして私が僧侶だってわかったんですか?」


 と、アイミィが身を乗り出す。


「君の衣服からは硝煙の臭いがしない。初歩魔法はファイヤーボールだ。それを使った形跡が皆無だったからね。攻撃魔法を使わないなら僧侶の可能性が高い」


「す、凄い……。そんなことがわかるんですね」


「……誰だってわかるだろ?」


「わかんないですよ!」


 まぁ、Eランク冒険者だからかもしれん。

 ベテランの冒険者なら誰だってわかることだろう。


「あ、あたしだってわかることがあるわよ! あんたみたいな華奢な体じゃあ1人で冒険するには大変よ」


「まぁな」


「私たちとの相性はバッチリじゃない」


「確かにな。僕が攻撃魔法を使い、君が剣の打撃攻撃を使う。怪我をすれば僧侶のフォローが入るわけだ」


「合格よ」


「合格?」


「あんたの洞察力は中々なもんよ」


「大したことはないが……」


「仲間にしてあげるわ。困っているんでしょ?」


「僕にも選ぶ権利はある」


「な!? なによそれ! あたしたちはこれでもギルドの人気者なのよ! 仲間の勧誘なんて引く手数多なんだから!」


「だったら、そっちにいけばいいじゃないか」


「あ、あたしに誘われたことを光栄に思いなさいよね!」


 微塵も思わんな。

 か弱い少女のパーティーでは、僕の死亡率が上がってしまうだけだ。


「とにかく、他を当たってくれ」


「あんた……他の男とは違うわね。男はあたしたちと仲間になりたがるのにさ……」


「女に構っている暇はないからな」


「ますます気に入ったわ」


「仲間にならないと言っただろう」


「じゃあ報酬は3等分よ。これなら悪い条件じゃないでしょう?」


「ほぉ……」


 通常。報酬というのはパーティーのリーダーが多く取るものだからな。

 平等分配なら文句はない。


「どう?」


「ふむ。考えてもいい」


「おっと、これも言っておかないとね」


「なんだ?」


「妹に手を出したらだだじゃおかないわよ」


「やれやれ……。僕なんかが女の子に近寄るわけがないだろう。僕はそういうのとは無縁の男なんだ」


 別に性欲がないわけではないがな。異性は別世界の存在なんだ。

 一生涯、深い関係になることはないだろう。ボッチが僕のデフォルトだ。

 

「ふん。そうは言っても男は豹変するからね。信用はできないわよ」

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん。誘っておいてそれは失礼すぎるでしょ!」

「いいから、アイミィは黙ってなさい」

「んもぅ〜〜」


「とにかく。仲間になっても妹に手出ししたらただじゃおかないわ。これがあたしのやり方なのよ!」


「ふむ」


 美少女姉妹なら貞操観念には慎重になるべきだろう。

 男に対する危機感は常に備えておくべきだな。

 その慎重さ、


「気に入った。仲間になろう」


「やった! 良かったわ!」


「僕はゴオ・マリクゥス。よろしく頼む」


「マリクゥス? 聞いたことがある名前ね??」


「僕は冒険者になったばかりだ。人違いだろう」


「そ、そう……」


 僕たちは半日でできるクエストに挑戦することにした。

 Eランククエストの薬草採取である。



ーートーナリ山ーー


 敵はスライムがほとんどである。

 僕とリンザが敵を倒し、アイミィが麻袋に薬草を詰めた。


「はぁッ!」


 リンザの一閃で3匹のスライムが両断される。

 やはり、剣撃はなかなかのものだ。


「ふふん。どう私の剣術?」


「ふむ」


 僕は手刀の一振りで5匹のスライムを倒した。


「なんで私より多く倒してんのよ!」


 モンスターを倒すと魔晶石に変化する。

 この石はギルドで買ってくれるのだ。


 スライムの魔晶石はEランク。

 一番低いランクの石だ。

 

 今日は随分と集まった。

 これを売れば1日分くらいの宿代にはなるだろう。


 生活を安定させるには、高いランクの冒険者にならなければならない。

 ギルドに魔晶石を売ればポイントが入るらしいのだが、一体、何匹のスライムを倒せば次のランクに上がれるのだろうか?


「ランクアップには10万ポイントはいるんだから」


 と、リンザは愚痴のように呟く。


「スライムの魔晶石は1個何ポイントなんだ?」


「1ポイントよ」


 なるほど。

 不満の声も溢れる訳だ。

 つまり10万匹のスライムを狩らなければならないのか。


 僕たちは、100匹のスライムを倒したところで一息ついた。


「ゴオって賢者なのに魔法を使わないのね」


「魔法は主に遠距離攻撃だからな。スライム程度では打撃で十分さ」


「か、変わった賢者ね……」


 魔力を最小限に抑え、いざという時の為に温存しておく。

 クエスト挑戦の鉄則といっていい。

 俺が祖父から教わったことだ。


「ゴオさーーん。お姉ちゃーーん! 薬草いっぱい採れたよぉ」


 アイミィは黒い影に覆われる。

 その背後には巨大なゴブリンの姿があった。


「ゴブリンキングよ! アイミィ逃げて!!」


 リンザの叫びは遅かった。

 ゴブリンキングの巨大な斧が彼女めがけて振り落とされる。


「きゃああああああッ!!」


 僕は瞬時に移動する。

 アイミィを抱きかかえて距離を取った。


「え!? ゴ、ゴオさん!?」


「怪我はないか?」


「は、はい! ありがとうございます」


「仲間なら当然だ」


「ゴオさん……」


「仲間が殺られては戦力が落ちるからな。それはパーティーの弱体化に繋がる。つまりは、僕の死が近づくということだ」


「はい?」


「君を助けたのは、自分の身を守るためにすぎん」


 自分の命が最優先。

 これは冒険者の鉄則だろう。


「たぁあああ!!」


 と、リンザがゴブリンキングに斬りかかる。

 しかし、


「ああ! あたしの剣が折れたぁあああッ!!」


 相当に防御力が高そうだ。

 スライムとは比べ物にならんな。


「ゴオ、アイミィ、逃げるわよ!」


「逃げるだと? ゴブリンキングの魔晶石は高く売れそうだが?」


あたしの攻撃を見てなかったの!? ゴブリンキングはAランクのモンスター。とてもあたしたちじゃ勝てないわよ」


 ほぉ……。Aランク。

 ならば、ポイントは高いな。


「こういう時のための魔法だ」


「え?」


「魔力を温存しておいたからな」


「いや……。でも、ゴオは初級の魔法しか使えないんだから、とても効かないわよ!」


 僕は詠唱を始めた。

 文言が終わると、僕の眼前には小さなが火球が現れる。


「ファイヤーボールでやる気!? 無茶よ! そんな魔法じゃ効かないって! 逃げるわよゴオ!!」


「逃亡はゴブリンキングに背後を見せる形になる。そこを襲われるのは危険だ」


「バカ! 何言ってんのよ! 逃げないと殺されちゃうわよ!!」


「バカというは、自分より知能レベルの低い者に言うセリフだが?」


「どういう意味よ! んもぉ、そんなことより逃げるわよ!」


 精神集中が大切だ。



「こぉ…………」


 

 僕の呼吸と連動して、周囲の大気はビリビリと震える。


「な、なによこれ!?」

「お、お姉ちゃん、何が起こってるの??」


 ゴブリンキングは僕の眼前に迫っていた。

 大きな斧が僕を襲う。


「逃げて、ゴオ!!」

「ゴオさん、危ない!」


 拳を引き、正中線上に、ファイヤーボールを──






「撃つ!」



 



 僕の正拳はファイヤーボールを押し上げた。

 その衝撃はゴブリンキングの上半身をぶっ飛ばす。




ドバッ!




 ゴブリンキングは下半身だけになって地面に伏せた。


 と、同時。

 光を発して魔晶石へと変わった。


 ふむ。なんとか倒せたな。


「す、凄い……」

「凄いです! ゴオさん!!」


「いや、しかし下半身が残ってしまったな。こんなファイヤーボールでは弱すぎる……」


「あ、あんたねぇ。ファイヤーボールなんて、あんたの正拳突きの衝撃波で消滅していたじゃない!」


「そうかもしれんな。つまり、僕の魔法なんてまだまだってことだ」


 もっと鍛えなければ……。


 アイミィは飛び跳ねた。


「ゴオさん強すぎです! Aランクのゴブリンキングを倒してしまいましたよ!」


 浮かれている場合ではない。

 次の敵に備えて警戒しなければ……。

 油断は死に直結する。


「それにしても、ゴオの打撃は桁外れね……。あ、思い出したわ! マリクゥス! 隣国の魔拳使いだ」


「ああ。僕の両親は隣国で働いていたからな」


「Sランク冒険者。魔拳使いのマリクゥス夫妻!! まさか子供がいるなんて驚きよ」

「ゴオさんのご両親って凄い人だったんですね!」


「親子なんて形だけさ」


「親の力を子供のあなたが引き継いだのね。どおりで打撃が強いわけだ」


「僕には関係ないさ」


 僕は賢者なんだからな。


「さぁ、そんなことより、この魔晶石をポイントに変えよう」


 僕たちはギルドに戻った。


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