最終話 ゴブリンの ハードモードは 終わらない

タタヌ王国辺境領北部 マラクス


 どうやらオレは気を失っていたみたいだ。

 ざわざわとした声が聞こえる。

 目を開けると黒神官がいた。


「マラクス様、気がつかれたようで何よりでございます」


「おう」


「此度は強力な食屍鬼グールを討伐してくださり、ありがとうございました」


「あのさ腹減ってんだけど、食い物と酒持ってる?」


「任務中ですので酒は持っておりませんが、食料なら少し」


 干し肉と乾燥させた果物をわけてくれた。

 うん、美味いね。

 やっぱり食い物は美味くなくっちゃダメだ。

 ちょっと食べただけだと、余計に腹が減ってくる。


「ところでさ、オレって見た目が変わってる?」


「は? 見た目ですか? そのようなことはありませんが」


「そうなの? ごめんな、変なこと聞いて」


 ”いえ”と黒神官が頭を下げる。


「じゃあメシももらったし帰るわ。どっちに向かっていきゃいいんだっけ?」


 黒神官に方向を教えてもらってから飛び上がった。

 心なしか前よりも力がスムーズに使えているような気がする。

 とりあえず腹が減った。

 早く帰ってメシでももらおう。



リオアハン教国 古代ブラギタ遺跡 マラクス


「マーくん!」


 遺跡に戻ってくると聖女がいた。

 そしていかにも心配してましたって表情で駆け寄ってくる。


「マーくん! 大丈夫だったの?」


 抱きついてきてもええんやで。

 サムズアップして決め顔を作ってみた。

 その瞬間、聖女がピタリと動きをとめる。


「なにその顔? ものスゴく悪い顔をしてるわよ、マーくん」


「なんでや!」


 とまぁ一悶着あったものの、その日はたっぷりと酒を飲んでメシを食った。

 ついでに騎士団長とも戦った。

 どうにもオレの話を聞いて、うずうずしたらしい。

 まぁそういうこともあるわな。

 

 皆が寝静まったあとで、オレは聖堂に足を運んだ。

 アンデッドの親玉と戦った場所である。

 ここにはでっかい大剣が刺さったままだ。


 鎧とかその辺は討伐した証として持っていたと聞いた。

 でもこの大剣は抜いても誰も使えない。

 そんなこともあって刺さったままにしているそうだ。


 でっかい大剣を背にして座りこむ。

 結局のところ。

 オレはここが居心地がいいのだ。

 

 ゴブリンに生まれて酷い目にもあった。

 ニンゲンを殺してやろうと思ったこともあったね。

 何度も心が折れるようなことがあったし。

 特にゴブリンのワイルドなメシだけは許せない。


 神からの祝福やらがあって、オレはなんとかやっている。

 ニンゲンだけど気のいいヤツらもいて、美味いメシもくれるしな。

 前世のことを考えると、ずいぶんと恵まれていると思う。


 常に誰もを疑って、心を休めるような人生じゃなかったからな。

 まったく碌でもない生き方だった。

 この生活だっていつまで続くかはわからん。


 極端な話、教国にとってオレは最終兵器みたいな存在だ。

 周囲に敵がいなくなったとき、そんな兵器は不必要になる。

 それは前世の歴史で散々くりかえされてきたことだ。


 だからいつかこの関係が壊れるかもしれないと、オレは心の底で考えている。

 恐らく聖女や騎士団長が生きている間は大丈夫だと思う。

 その先のことは知らん。


 そもそもの話、ゴブリンってどのくらい生きるのか知らんしね。

 種族も進化したし、どうなってるのかまったくわからん。

 まぁそうなったらそのときだ。

 そんな覚悟を決めている。


 結局のところ。

 難しいことはわからんのだ。

 ただそうした覚悟を決めた上で、オレは今の生活を気に入っている。

 それだけの話だ。


【あなた……マンモノラじゃないわね】


 しんみりしていたところに声が響く。

 女っぽい艶のある声だ。


「は? 誰だよ?」


【奈落の悪魔フレースンティ】


「オレはゴブリン。マラキザ氏族のマラクスだ」


【冗談。ゴブリンじゃないでしょ?】


「オレはゴブリンだぜ?」


【まぁいいわ、それより怨嗟の悪魔マンモノラのこと知ってるでしょ】


「なんで?」


【その姿よ、マンモノラと契約したのは一目瞭然よ】


「で? なにが聞きたいんだ?」


【マンモノラの気配が消えたわ、知っていることを教えなさい】


「オレが殺した」


 狂ったように女悪魔が笑う。

 大爆笑だ。


【あんたね、よくもそんな嘘がつけるわね】


「嘘なんかついてませんけど?」


【……殺すわよ】


 どうにもこの世界は物騒だ。

 すぐに喧嘩を売ってくるヤツがいる。

 いや前の世界でもそうだったか。

 ってことはバカは死んでも治らなかったってことだ。


 まったく。

 オレってヤツはゴブリンに転生しても、やっぱり碌でもない人生になるみたいだ。

 だからせめてここだけは守りたい。


 ため息をつきながら立ち上がった。


「殺せるもんなら殺してみろよ!」


 女悪魔がオレの前に姿を見せる。

 マンマンちゃんとよく似ているけど、胸とか尻とか身体のラインが女だ。


【大口を叩いたこと後悔させてあげるわ】

 

 女悪魔に向かって笑ってみせる。

 せっかく転生したってのにハードモードが過ぎるぜ。

 オレは女悪魔に向かって一歩踏みだす。


「あ、マンマンちゃん!」


 女悪魔の背後を指さして、でっかい声をだしてやった。

 それに釣られた女悪魔は振り向いている。

 これがゴブリン流の立ち回りってやつだ。

 

 ………………

 …………

 ……


「マーくん、ご飯できてるわよ!」


 聖女の声が聞こえた。

 オレは灰になっていく女悪魔に背を向けて言った。


「ミーちゃん、腹減った!」



//////////////////////////////////////////////////////////


「ゴブリンに生まれたけれど思っていた以上にハードモードでした」

これにて完結です。

最後まで読んでくださってありがとうございます。

よろしければ新作の「不可触の神に愛されて」も引き続きよろしくお願いいたします。


鳶丸

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ゴブリンに生まれたけれど思っていた以上にハードモードでした 鳶丸 @humansystem

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