第17話 テーブルの 下で握るが 政治かな


タタヌ王国 王都近郊 マラクス


 総教主と騎士団長、聖女の三人が黙りこくっている。

 そして接待役のお姉ちゃんも固まっていた。

 お酒ちょうだいよと催促すると、ガチガチに固まった笑顔で注いでくれる。

 手がぷるぷると震えているのもご愛敬ってことで。


「マラクス様が我ら、いえヒト種全体に対しての敵意はないと理解できました。それを踏まえた上でお話をさせていただきたく」


 矍鑠たる老人の総教主だけど、少し疲れが見える。

 オレが原因なのはわかってるけど、ここらで気の利いたるゴブリンだってとこも見せておこうか。


「その前にさ、あんたも席につきなよ。後ろの二人も一緒でいいからさ。なんだったら酒も飲む?」


 そうなのだ。

 オレの前にはテーブルもあれば、椅子もきちんと四脚用意されている。

 せっかくなんだし座ったらいいじゃない。

 口を湿らせて饒舌になればいいよ。


 ”いえ”と断ろうとしたので、強引に席を勧める。

 三度勧めてようやく座ってくれた。

 ついでに酒も飲んでもらって準備万端だ。


「マラクス様が敵意を持っているのは、実際に捕縛をした冒険者たちとギルドの副長であるガラオリラ殿でよろしいでしょうか?」


 酒で口を湿らせた総教主は少しだけ元気を取り戻したみたいだ。

 低音だけどしっかり空間に響くような声だ。

 艶もある。

 教主ってくらいだから、皆の前でこのいい声を使って説法でもしているんだろう。

 そら人気になるわけだ。

 目で続きを促す。


「その面々に復讐をしたい、と。それは問題がありません。ただしほぼ確実にギルドとは全面抗争になるでしょう。ガラオリラ殿は音に聞こえた勇士でして、一線を退いた後でも憧れる者が多くおりますから。またそうした状況では領主も軍を出さざるを得ません。そうなればラモヌイーを全滅させることにも繋がるはずです」


 首を縦に振って全面的な同意を示す。

 ただそこの聖女、さっきからチビチビとではあるけど杯を重ねているな。

 オレはしっかりと見ているぞ。

 そのおかわりで四回目だ。

 総教主を挟んだ先にいる騎士団長がさっきからお前の方を見て青い顔をしているぞ。


「正直に申せば問題がないとは言いにくいのです。ラモヌイーは暗雲の森から出る魔物を食い止める役目もあるからでございます。この大陸において最大の魔境が暗雲の森なのです。そのための備えがラモヌイーであるため、我ら教国や他の国も彼の地を援助しております」


「つまり……それってなにかい? 結局のところ町を落とせば、ニンゲンとの全面抗争にもなりかねない?」


 総教主が神妙な顔で頷いた。


「そこで提案がございます。我ら教国を含め、他国に対して強い影響力を持つ国が連名でラモヌイーの領主、及びラモヌイーが所属するリホメゲ諸国連合に対して領主軍を出さないように密約を結びましょう。またギルドに対しても提案をします。そうすれば全面抗争にはなりますまい」


「最小限の犠牲ですませればいいってことか。まぁ異論はないけど、そんな密約なんて結べるのか?」


「聖女が癒しの女神アハテポテリアから神託を授かった、その事実が重要でございます。既に我らを含めた五大国の間では密約ができております故、リホメゲ諸国連合に対しても相応の圧力をかけることができるでしょう」


 ああ、そうか。

 前世では宗教の影響が薄い国で育ったオレからすれば、神託なんて言われても電波を受け取ったくらいにしか思わない。

 けれどこの世界だと神の直接的な干渉は少ないものの、実在することが神託で証明されているのか。

 そりゃ宗教が生きていく上での規範になるってもんだ。

 

 例えば嘘をついちゃいけません的なことを保証するのが神様になるってわけだ。

 常識だからとかって曖昧なものじゃなくて、きちんと神が後ろ盾になっている。

 そりゃ神託を受けたってことが重視されるわな。


 ここが異世界で、オレは本当に異物なんだと実感した。

 魔物としてもそうだが、考え方のベースが違っているのだ。

 そりゃ根本的な部分でズレが出ても当然だろう。


 そう考えると、こいつらってよくオレと会談しようなんて気になったな。

 いや密偵でも使っていたら、戦力の差くらいはわかるか。

 それでも会談すると決断するまでに葛藤があったはずだ。

 

 話を聞いてれば、この三人って大陸ではかなりの重要人物なんだよな。

 それが揃って魔物と会談か。

 なかなかできることじゃないだろう。


 そして聖女よ。

 お前、もう顔が真っ赤じゃないか。

 白目のとこも赤くなるくらいってどんだけ飲んでんだよ。

 見た目清楚系な女は中身がビッチ系って話は、異なる世界でも有効だったみたいだ。

 

「じゃあ、その辺のことは任せるよ。どっちにしたってオレのすることは変わらん。敵対するなら殺すだけだからな」


 そうなのだ。

 難しいことは丸投げに限る。


「畏まりました」


 頭を下げる総教主の白髪頭を見ながら声をかけた。


「あのさ、そんで復讐をした後の話なんだけどな。今ンところ何も考えてねえって言ったけどさ、オレはスローライフがしたいわけ」


「スローライフでございますか?」


 スローライフも通じるのか。

 翻訳さんの力も神判に負けず劣らずすごいね。


「食っちゃ寝して生活したいの。で、相談なんだけど偶にでいいから食い物と酒をくれない?」


 二人が若干だけど口を開けて呆けている。

 言うまでもなく総教主と騎士団長だ。

 聖女はオレの接待役の女から酒を注いでもらっている。

 こいつ緊張感がまったくなくなってやがる。

 まぁいいけど。

 

 そうオレは本当の意味でスローライフがしたいんだ。

 スローライフしたいって言って、せこせこ働くんじゃない。

 食っちゃ寝だ。

 食う寝る遊ぶなのだ。


 それこそがオレの望む、スローライフ!


「いや大蜥蜴のいたところでさ、ニンゲンの飯を食ったんだけど美味くてさ。あと酒も。こんなのゴブリンの生活してたら食えないんだよ。知ってるか、ゴブリンの食い物。火を使って調理しないんだぜ、生だ、生。塩とかそういうのもねえしさ、どんだけ素材重視なんだよって話。ニンゲンの飯を食っちまったら、あんなのただの生ゴミだから。だからさ、メシと酒をちょうだいって言ってんの!」


 おっと。

 つい熱くなっちまった。

 情熱が入りすぎちまったかな。

 

「わかります! それっ! すっごいわかります!」


 聖女がテーブルに身を乗り出して食いついてきた。

 翡翠色の目がキラキラしてて、なんか怖いんだけど。


「そうですよねー。美味しいもの食べたいですし、食っちゃ寝して生活できたら最高ですよっ!」


「だ、だよねぇ」


「私こう見えても実は農村の生まれでウチの両親はほんとに……」


「ミカリンっ!」


 騎士団長が聖女を羽交い締めにしてずるずると身体を引きずり、そのまま幕舎から出ていってしまった。

 何が起こったんだと総教主の顔を見る。

 老人の目がさらに落ちくぼんだような気がした。

 

 少しの間、沈黙が流れる。

 そして総教主がわざとらしく咳払いをした。


「大変お見苦しいものをお見せしてしまいました。何卒ご寛恕いただきたく」


「お、おう。あんたも大変だね」


 苦笑いをしつつ総教主をねぎらっておく。

 この爺さんも胃に穴を開けるような緊張感の中にいると思うと気の毒になってくる。


「その……マラクス様からの申し出は請けさせていただきます。恐らく年に三度ほどであれば、ご所望のものをお届けさせていただけるかと存じます」


「うん、頼んだ。よろしくね」


 聖女のおかげかどうかはわからないが、とりあえずオレのスローライフ大作戦は成功したみたいだ。



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