第15話 ゴブリンに 媚びる教国 したたかね



タヌヌ王国 王都 マラクス


 神判の力はえげつない。

 サクッと王城も攻略してしまった。

 今、オレの目の前で呻き声をあげながら、もがき苦しんでいるのはたぶん王様だ。

 定番で考えると王様って抗状態異常のアイテムかなんかを所持していると思う。

 知らんけど。

 ただアイテムを身につけてようがいまいが、オレの神判は関係ないみたいだ。

 

 さて。

 苦しんでいる連中が食屍鬼グールになるまで、しばらくかかるだろう。

 その間に王城の厨房でもいってみるか。

 さっき町の食堂で食い損ねたからな。

 今度はしっかり飯を食いたい。


 やっぱり王城のメシってのは美味いね。

 酒もあるし、最高だ。

 腹も膨れて一眠りしたら朝になっていたので、このくらい時間が開けばいいかと王様がいた地味な部屋に戻ってみる。

 しかし王様は絶賛苦鳴をあげている最中だった。

 どんだけ罪過が深いんだよ、まったく。

 これだから王様ってのは信用できないんだよ。


 地図の場所を知っている食屍鬼グールはいないかと城内をウロウロしてみる。

 最初に見つけたのは女性の食屍鬼グールだった。

 服装からして侍女といった感じで知らなそうだったが、ダメ元で話しかける。

 無表情な顔で首を横に振られてしまった。

 仕方がない。次だ、次。


 次に見つけたのは金属鎧を身につけた兵士だった。

 お、これならいけると話しかけてみたんだけど、食い気味で首を横に振られる。

 それから五人ほど見つけたけど、誰も知らないってどういうことなんだよ!

 半ば癇癪を起こしながら、革鎧を着た兵士に聞くと首を縦に振ってくれた。


「キミに決めたっ!」


 革鎧の兵士の後をついていくと王城の外に出てしまった。

 そのまま裏庭のような場所を抜けると、壁に囲まれた運動場みたいなところに出る。

 運動場の奥に建物があって、どうやらそこに向かっているみたいだ。


 たぶんだけど兵士の詰め所みたいな場所なのかな。

 運動場には苦しんでいる騎士みたいな格好の連中が大勢いたけどスルーだ。

 革鎧の兵士はズンズンと建物の中を進んで、いちばん奥まった場所にある部屋のドアを開けてくれる。


 二十畳くらいの大きさの部屋の壁に地図がかかっていた。

 金ぴかの鎧をきた騎士たちが藻掻いていて邪魔だったので蹴飛ばしておく。

 相変わらず大雑把な地図だなぁと思う。


 ただここまで見た中だと、いちばんの広域地図なんじゃないかな。

 平仮名の「し」を上下逆さまにしたような形が描かれている。


「この場所を教えてくれる?」


 と革鎧の兵士に聞くと、直線部分の下から三分の一くらいの場所を指してくれた。

 この瞬間にふ、と閃いてしまったんだ。

 一人一人当たっていくんじゃなくて、地図がありそうば場所に連れてっていってもらえばよかったんだ、と。

 

 この事実に愕然としながらも、鬼のメンタルを持つオレは平静を装った。


「あ、暗雲の森って知ってるかな?」


 革鎧の兵士はコクンと首を縦に振った。

 そして彼が指さしたのは、カーブを描いた先の部分だ。

 短い部分を指で円を描くように示してくれる。


 つまり曲線の先の部分はほぼ暗雲の森なんだろう。

 めちゃくちゃ広いな。

 ただまぁオレの棲んでいた場所って、たぶん森の外縁部からそう遠くない場所なんだろう。

 だって赤髪の小僧に拉致されたんだからね。

 

 ってことは陸伝いに行けば、暗雲の森には帰れるってことか。

 でもかなり遠回りになるな。

 今の場所からだと北西方向に海を突っ切るような形で飛んでいく方が近い。

 

「ただなぁ」


 懸念しなきゃいけないことは二つある。

 ひとつはここまでの長距離を飛んだことがないことだ。

 まぁ飛ぶことで疲れたって感じたはないから大丈夫だと思うんだけどね。

 でも飛んでいくのは海の上だからな。

 疲れたからって休めるような場所がないんだよな。

 

 もうひとつは海の上なんで目印がないからね、方向がわからなくなるかもしれない。

 見当違いの場所に飛んでいって、迷子になるってことは避けたいんだよな。

 種族進化したってことで、オレは相当に強くなっている。

 でもこの世界で最強だと思えるほど自惚れてもいないんだよね。

 例えば空を飛んでいるところで、ドラゴンみたいなのが出てきたら最悪だ。


 どうするのがいいか、悩むな。



タタヌ王国 マラクス


 オレにしては珍しく真剣に悩んだ。

 三日くらい悩んで悩んで悩み抜いた。

 そして決断したのだ。

 なにもリスクを取って急ぐことはないってね。


 確かに面倒と言えば面倒だけど、海の上に出るリスクを取るくらいなら許容できる。

 そう思ったんだよね。

 ということでこの王城もおさらばしよう。

 あらかたメシも食ったしね。


 どんどん食屍鬼グールが増えてきてウザいんだ。

 オレに危害を加えてくることはないんだけどね。

 無表情でそばにこられても困るんだ。


 王城を飛び立って、とりあえず河に沿って飛ぶ。

 この河は「し」の曲線に入る部分で海に入っているんだよね。

 なのでちょうどいい目印になってくれる。


 気楽な思いで空を飛んでいると、おやっと思う一団がいた。

 人数はだいたい百人くらいかな。

 でっかくて黒い旗をいくつかこちらに掲げて振っている。

 んー黒い旗ってなんだ?

 降伏するなら白旗なんじゃって思って気づいた。

 こっちの世界じゃ黒旗が使われているのかな。


 よくよく見ると武器も持ってなさそうだ。

 こちらに何か用があるのか。

 まぁどちらにしても近づいてみるか。


「なんなのお前ら?」


 集団の目の前に降りて声をかける。

 すると黒い法衣を着た神官みたいなのが前に出てきて平伏した。

 パッと見たところ三十代くらいだろうか。

 やけに姿勢がよくて、見栄えのいいヤツだ。


「あなた様は暗雲の森生まれのゴブリンでしょうか?」


 若干だが声が震えているような気がする。

 それでもまぁオレみたいな訳のわからない魔物の前に出てくるだけの根性はあるってことだ。


「そうだけど、なにか? オレのことはマラクスって呼んでくれていいぜ」


「マラクス様、畏まりました。我々はリオアハン教国の者です。マラクス様と交渉をしたく参りました。どうか話を聞いてもらえないでしょうか?」


 リオアハン教国ね。

 うん、知らん。

 田舎者のゴブリンにそんな国名言われてもな。

 その前に気になっていた旗のことを聞いた。


「はい。他の大陸のことはわかりかねますが、このトギア大陸において黒の旗は降伏を意味しております」


 なるほど。

 世界が違えば、旗の色も違って当然だな。


「で、話ってなに?」


「はい。我らにマラクス様と戦う意思はございません。マラクス様の目的のためにできる限りの協力もしましょう」


 神官がそこで言葉をとめた。

 こちらを図っているような気もするがいいだろう。

 お前らの望みどおりの提案をしてやるよ。


「その代わりに攻めないでくれってことでいいのか?」


「ご賢察のとおりにございます」


 黒い神官は平身低頭だ。

 正しく土下座をするような姿勢をとっている。


「あのさ、オレだって別に敵対しなけりゃ無差別に殺したりはしねえよ。ただ嘘をついていると判断したら容赦せんけどな」


「承りました。その言葉、必ず守ると我らが神に誓います」


 オレはそこで一歩近づいた。


「頭をあげなよ。あんたらの大将はどこにいるんだ?」


 その言葉に黒神官は頭をあげた。


「はっ。ここよりさらに後方にて、マラクス様をお待ちしております」


「じゃあ呼んできてよ。そちらに敵対の意思がないのなら何もしないからさ」


「そのように伝えさせていただきます。しばしお待ちいただきますので、よろしければ何か食べ物を用意させましょう」


「酒がいい、頼むよ」


 オレの言葉に大きく頷いて、黒神官は後退っていった。

 

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