16 忍の気苦労

 「じゃあここは忍者御用達の穴場だから、忍者トークも遠慮なくできるってことか」


 「そういうこと」


 「わざわざ我が家うちの近くに拠点作ったってこと?」


 「理解が早くて助かる」


 

 つまりが依然それだけ警戒されているってことか。こんな近場で店一つ乗っ取ってまで拠点作るとは……忍者の組織力ヤバいな。


 曰く「忍者とその連れは無料」らしいからか、茜部は人ん家で遠慮なく朝飯を貪った後だというのにパンケーキを追加で注文した。

 届いたそれが余りにも食欲をそそる見た目だったので俺も釣られて頼んでしまった。


 しかしこれまた旨い。


 忍者の穴場だから混むことを想定していないのか、妙齢の店主一人で切り盛りしているようで、小気味良く準備しては提供してとそれがまた様になっている。



 「あの人も忍者なのか?」


 「所属的には私の部下」


 「部下」



 茜部、あんなイケオジを従えてんのか……キャリアとは言ってたけど、やっぱり立場があるんだな。



 「忍の組織は上意下達。それぞれ背景や体系は違うけども、各部隊ごとのヒエラルキーがある」


 「ほえー」


 「私みたいな若手でも時には偉ぶらなきゃいけないのよ」



 成分100%の生返事に茜部は微かに睨みをきかせてこちらを見遣る。



 「茜部も苦労してるんだな……」



 まぁ本人が楽な部類と言っても、やってることが諜報なら気苦労がないはずがないわな。加えて自分より年上も従えて十代で管理職っぽいことやらされてるならそれなりの重圧もあるだろう。

 キャリアでエリートね。腐らすなと言われてるし、俺も婚約者としてそこの理解は深めていく必要があるか。



 「俺なんか相談のアテにはならないだろうけど、愚痴ならいくらでも聞くから」


 「そういうところが好きなのよ」



 おっと急なデレだな。今のは選択肢正解か。

 実際忍者の範疇において俺ができることなぞ微塵もないだろう。それどころか、俺が何かしら機密を漏らさないかという点でリスクしかなく、茜部……引いては忍者という組織にとって俺は重荷でしかない。

 ……で、忍者の情報を抜かれて困るのはどこの誰だ?敵対組織とかいるのかな?本物の諜報機関の拷問とか耐えられる気がしないが。


 

 カッ



 なんて、猛烈な照れから意識を逸らすべく思案を巡らせていた視界の端で不意に金属音が鳴る。

 視線だけ移すと、茜部が掲げたフォークの櫛状の部分にナイフが引っかかっていた。ナイフの切っ先は店主の方から真っすぐ俺の方へと向いている。



 「…………一応説明を要求しても?」


 「店主が水原にナイフを投げた」



 殺す気じゃん。

 


 「……失礼、手が滑りました」


 「だってさ」


 「ここはリピート無しにしよう」


 「でもタダだよ?」



 タダのほうじ茶とパンケーキじゃどうしても命とは釣り合わないだろ。



 「こういう戯れは今後ちょいちょいあると思う」


 

 戯れて。猫ちゃんがじゃれててうっかりひっかいちゃったとかのレベルじゃないぞ。刺さるし痛いしいっぱい血が出るぞあれは。



 「私に人がああいうをしてくると思うけど、少なくとも水原の身に万が一のことがあったらそいつと私の首が飛ぶ」



 重。

 そんなにヘヴィーなら「いたずら」なんて簡単な言葉で片付けないでくれ。



 「本気だったらとっくに毒盛られてる。このナイフは私への嫌味みたいなものだから」


 「…………はぁ、なるほどね」



 立場とか、憧れとか、茜部も忍者なりに色々背景があるだろう。学校なんて平和な場でもやっかみがあったくらいだ。忍者の戯れだとナイフ投擲なんだな……つい何日か前に連れにやっかまれて参ったなと思っていたのがしょうもなさすぎて情けなくなる。


 

 「忍なりのコミュニケーションだ、婿になるからには慣れるんだな」



 と、参ってるところに聞き覚えのある声がする。

 次は何だ?声の方を見ると、レジ横に置いてあるカエルの置物が目に入る。



 「もう少し肝を据わらせるように」


 「いやあなたどこにでもいますね」


 

 よく見ると隊長さんが喋るのに合わせて口の部分がパクパクと動いている。よくできてるなぁ……



 「まぁ、私が傍にいる限り水原を危ない目には合わせないから、安心して」



 そう言った茜部はいつも通りフラットな顔をしているが、フォーク一本でナイフを絡め捕る手捌きは頼りがいしかない。



 「たのんます」



 俺は情けなくも、「わはは」と隊長さんの愉快な笑い声に合わせて口をパクパクさせるカエルを横目に、シックなテーブルに額を擦り付ける勢いで懇願するしかなかった。何だこれ。

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