元子爵令嬢の訳あり美人家政婦に、ハートと胃袋を掴まれました
uribou
第1話
「お帰りなさいませ」
帰宅したら三つ指ついて挨拶され、思わず硬直した。
えっ、何これ? 誰?
オレって一人暮らしだったよね?
明かりがついてたから変だなとは思ったけど。
「カーター様。お忘れでしょうが、私……」
顔を上げたその女性には見覚えがあった。
「サトさんだよね? ウノゴハン家の」
「まあ、さすがカーター様。素晴らしい記憶力で」
本気でビックリしてるみたいだけど、君を忘れるなんてことできないからね?
サト・ウノゴハン元子爵令嬢は、クールな目が特徴的な黒髪の美女だ。
王立学校スタディユニバースでは同学年で、特に魔法学では並ぶ者のない才女として知られていた。
しかし卒業まで一年を残して自主退学してしまったのだ。
父君の子爵が亡くなられ、叔父に家を乗っ取られて追い出されたとの噂は聞いたが、真偽のほどは定かでない。
「サトさんは元気だったかな? ユニバースを辞めたの突然だったじゃないか。あれから三年、ずっと気にしてたんだよ」
「そうでございましたか。何とお優しいことでしょう。感激でございます」
ふむ、肝心なことは何も話さないっぽい。
でもオレがサトさんを気にしてたのは本当。
魔法実技関係の講義では、教授よりむしろサトさんのマネしてたくらいだし。
おまけに美人だしね。
「で、サトさんはどうしてうちに?」
「はい。私は現在、家政婦をしておりまして」
家政婦、それは家のことを一切合財何でもこなせるスーパー侍女のことだ。
オレの家政婦ってこと?
ありがたいと言えばありがたいな。
オレの生活は不規則になりがちだから。
「こちら紹介状にございます」
サトさんがメッチャ器用なことは知ってる。
金銭面が折り合えば雇いたいわ。
紹介状なんかどうでもいいのにと思ったら、父であるオリバー・マッキントッシュ侯爵からだった。
『カーターよ。あのウノゴハン家の令嬢が飛び込んできた。現在サト嬢は平民とのことであるが関係ない。またとないチャンスである。何としてもものにせよ』
えっ? 何これ。
紹介状じゃないじゃん。
サトさんをものにしろって、つまり口説いて嫁にしろということだよね?
『あのウノゴハン家』って言われても、子爵家であることしかオレは知らないんだけど。
『尚、サト嬢の給料入用の資金支度金はわしが支払うので、お主は心配要らぬ。次男であるお主がウノゴハン家と縁付くとなれば望外の慶事である。心せよ』
支度金とか縁付くとかって書いてあるし。
父の狙いはハッキリしたが、ウノゴハン家と親戚関係になると利点があるのだろうか?
そもそもサトさん平民だっていうなら、ウノゴハン家から追い出されてる説濃厚なんじゃないの?
父の考えてることはわからんなあ。
「それで、あのいかがでしょうか?」
「もちろん採用だよ」
「本当ですか! 嬉しいです!」
大喜びのサトさん。
クールな人だと思ってたけど、意外と感情豊かだなあ。
「通いでも住み込みでもいいけど、サトさんはどうしたいかな?」
「住み込みでお願いします」
「わかった」
何故かもう家のカギ持ってるみたいだし。
まあ部屋は余ってる。
「夕食を作ってありますので、お召し上がりください」
「あなたが神か」
オレの帰る時間も予測してたのか。
さすがサトさんだなあ。
実にありがたい。
いそいそと食堂へ。
◇
「カーター様。朝でございますよ。起床のお時間です」
「うーん……」
「朝食ができております。食堂へどうぞ」
たっぷりのサラダと白身魚のムニエルとハムエッグ。
理想的な朝食過ぎて泣けてくる。
オレじゃこうはいかないもんなあ。
王太子殿下付きというオレの仕事柄、即座に移動可能であることが求められ、また戦場に身を置くことも起こり得るため、一人で何でも行えることが理想とされる。
妻帯者以外は使用人を置かないのが原則だ。
「変わったスープだね。ほっこりした味がする」
「最近王都にも入り始めたミソスープですよ。普及させたい思惑があるらしく、大安売りでしたの。カーター様の舌には合いますか?」
「うん、美味しい。結婚してください」
「オホホ。考えておきましょう」
冗談だと思われてしまったらしい。
サトさん美人だし何でもできるし、これ以上望みようがないスペックなんだけどなあ。
やっぱ身分の差を気にしてるんだろうか?
でも父侯爵が認めてるんだから障害なくない?
「御馳走様。ありがとう、サトさん。堪能したよ」
「では行ってらっしゃいませ」
楽しい毎日になりそうだなあ。
◇
「カーター、最近どうしたんだ?」
執務中に主君であるコーネリアス王太子殿下に問われた。
何が疑問なんだろう?
「どう、と申しますと?」
「鏡を見てみろ。締まりがないというかだらしないというか、緊張感あるべき仕事中の男の顔じゃない」
えらい言われようだ。
ああ、でもコーネリアス殿下は婚約されているのだったな。
「殿下、一つ質問よろしいでしょうか?」
「ん? まあ許す」
質問に対して質問で返すのは失礼だったか。
オレと殿下の信頼はこんなことで崩れるものじゃないが。
「恋って、何ですかね?」
どうしたんだろう?
先ほど人の顔に文句を付けていたお方とは思えぬような変顔なんだが。
「カーター、お前……」
「素敵な女性がいましてね。何度も結婚してくれと言ってるんですけどね、笑って躱されてしまうのです。どうしたものかと」
「おまっ! そんな進んだ関係の女性がいるのか。聞いてないぞ!」
「言ってないですから」
「朴念仁のお前が惚れるとは、どこの誰だ!」
「サト嬢という方なんですけど」
さすがに相手が平民では反対されるだろうしなあ。
オレも高位貴族のパワーバランスくらいのことはわかってるし。
「サト? 珍しい名前だな。ウノゴハン家の令嬢が確かサトという名だったと記憶しているが」
「そのサトさんです」
驚いた。
皇太子殿下ともあろうお方が、たかが子爵家の令嬢を記憶しておられるとは。
サトさん美人だからかな?
「ほう、あのウノゴハン家の。でかしたカーター!」
「はあ」
これは『何としてもものにせよ』と手紙に書いて寄越した父侯爵のテンションと同じなのではないだろうか?
「サトさん、今平民なんですよ」
「何だ。父君のオリバー殿に反対されているのか? 説得したいということなら力を貸そうではないか」
「いえ、父も大賛成なのですけれども」
「何の問題もないではないか」
「肝心のサトさんにオーケーがもらえないんです」
「む……」
初めて首をかしげるコーネリアス殿下。
最初からこの話をしてるのに遠回りしたもんだ。
「どうしたものでしょうか?」
「どうしたものと言われても、予も女性を口説いたことなどないからなあ」
知ってる。
殿下物心つかない内から婚約者がいますもんね。
「女性は強き男に憧れるのではないか?」
「おお、さすがは殿下! そうかもしれません」
「カーターは王国最強の魔法剣士ではないか」
「そのオレが求婚しても受けてもらえないのですが」
「ふむ、サト嬢の前で強さを見せたことがあるか?」
「……ないですね」
ユニバース最終学年に剣術大会で優勝したけれども、その時サトさんはもう退学していたもんな。
魔法に開眼したり今の愛剣を手に入れたりしたのはさらに後だし。
「予も文官仕事ばかりさせているからな」
「オレは殿下の側近ですから当然なのですけれども」
オレの腕が立つということは、実はさほど知られていなかったりする。
コーネリアス殿下の最後の盾という立場から、知られていない方がいいということもあるのだが。
「ふむ、カーターの家は結界が張られているのだったな?」
「はい」
「となれば不埒なやつが侵入することもなし……。ならば外だな」
「外ですか」
「ああ。サト嬢と食事になり買い物なりに行けばよいのだ」
「面白いものを売っているけれども、治安の悪いところですか。襲ってくるゴロツキを叩きのめす作戦ですね? いいところがあります」
サトさんは異国の調味料や香辛料に興味があるようだ。
特に珍しいものを販売する店は目抜き通りには少なかったりする。
王都の裏町はオレの方が詳しいだろうから案内すればいいな。
「デートだ。親しくなるチャンスだぞ」
「問題はオレの休みが少ないことなんですが」
「事情が事情だ。予も協力する」
「ありがとうございます。しかしウノゴハン家というのは何なのですか?」
軽く聞いたつもりだった。
しかし殿下はハッとした顔をしている。
「……オリバー殿に聞いてはおらんのか?」
「聞いてないです」
「少々話しづらいことなのだ。サト嬢との婚約が決まればカーターにも知る権利があるから、予の知る限りは教えよう」
「わかりました」
殿下がこう言うなら、突っ込んで聞くべきではないな。
何やら重大な秘密があるらしい。
ウノゴハン家に関係があることは確実だが、サトさんは家を出ているようだ。
その辺りの関連がわからない。
「お前に不利になることではないよ。それは誓っておく」
「いえ、十分です」
サトさん美人でいい人なのは間違いないしな。
休みが楽しみだ。
◇
「カーター様とお買い物できるのは嬉しいです」
「オレもですよ。いやあ、いい天気でよかった」
次の休日に予定通りサトさんと街に出た。
実に楽しいなあ。
るんるん。
「荷物を持っていただいて申し訳ありません」
「いや、いいんですよ。こういうのは力のある男の役目です」
サトさんの目も少しずつオレに好意的になってきている気がする。
これを続けていれば、その内求婚も受けてもらえそうだ。
うきうき。
「そうだ。サトさんは珍しい調味料に興味があるようじゃないですか」
「はい。新しい香辛料に出会うと、どう使おうか心が高鳴りますね」
「では裏町の店に行ってみましょうか」
「裏町ですか? あの、憲兵隊の手が届かないので治安がよろしくないと聞いたことがあるのですが」
「褒められた治安じゃないのは確かですね。しかしその分地代が安いので、表通りの店で売るのでは採算が取れないようなレアなものも売っているんですよ」
「本当ですか?」
「ええ。でもオレがいない時は行っちゃダメですよ。危ないですからね」
「もちろんですとも!」
ハハッ、これで次のデートの約束を取り付けたも同然だ。
恋する男は策士なのだ。
路地を入ってゆく。
「随分入り組んでわかりにくいところですのね?」
「表通りと違って、道も建築もいい加減なんですよね。あった、ここだ。おばば、いるかい?」
その店に入る。
目を丸くした店番の老婆。
「おやおや、驚いた。マッキントッシュ侯の次男坊かい? 久しぶりじゃないか」
「このおばばはね、薬草の知識では王都一とも言われているんだ」
「そうなのですか」
「ああ。学生の時に薬学でいい成績を取れたのはおばばのおかげだよ」
父に教えてもらった店だ。
薬学は必須の講義ではないが、毒に関する知識を得るため、高位の貴族は選択する者が多い。
「綺麗なお嬢さんじゃないか。隅に置けないねえ」
「料理が上手でね。珍しい香辛料を探してるんだ。おばばの店ならあるかと思って」
「あるある、売るほどある」
「店で売るのは当たり前だろう」
アハハと笑い合う。
「お勧めがあったら教えてあげておくれよ」
「ほいきた」
おばばは当然だが、サトさんも生き生きしている。
本当に好きなんだなあ。
「これなんかまだあまり王都にないハーブなんだけどね。育てるのは簡単なんだよ。お嬢さんの家に畑は作れるかい?」
「カーター様、植えてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだよ」
「おや、奥方だったのかい?」
「いや、うちの住み込みの家政婦さんなんだ」
「家政婦? 随分若くて品のある家政婦だね」
「求婚してるんだけど、受けてもらえなくて」
「かかかっ! あんたみたいなボンボンが振られるとはねえ。どこのお嬢さんなんだい?」
「ウノゴハン子爵家の」
おばばの表情が変わる。
何ぞ?
「ウノゴハン家? とするとサト嬢かい?」
「そうそう。おばば知ってるの?」
「狙われてるよ。早くお逃げ」
「どういうことだ? 何を知ってる?」
「つい一〇日ほど前、サト嬢を探してるやつらがこの店に来たんだ」
「サトさんが何故狙われるんだ?」
「詳しくはわからないけど、ウノゴハン家の内輪揉めだろう? じゃあ悪魔絡みなんじゃないのかい? 先代の死はかなり怪しいって言われてるよ」
一〇日ほど前となると、サトさんがうちに来た前後か。
悪魔? 先代の死?
何だかサッパリわからんが、どうやら荒事に巻き込まれるらしい。
得意分野だ、どんとこい。
「おばば、すまないな」
「いいんだよ。裏町は危ないと思ってた方がいいよ」
「ああ」
おばばの店を後にする。
「……」
やや青ざめているように見えるサトさん。
心配だなあ。
ん? 雰囲気がおかしい。
足を止め、油断なく辺りを見回す。
「申し訳ありません、カーター様。どうやら私の事情に巻き込んでしまったようです」
「気にしないで。裏町に連れて来たのはオレだ。それにサトさんの事情には積極的に巻き込まれたいから」
魔力が高まり、そいつが現れた。
一目見て異形の者、なるほど、悪魔か。
「……アルガタス」
「姫様。すまないけど、今はあなたの敵だ。拘束させてもらう」
「くっ!」
「おい、今お前、サトさんの敵と言ったか?」
「……えっ?」
「動くな」
「い、いつの間に……」
雄ヤギの頭を持つ悪魔の首元に剣を突きつける。
「王国最強の魔法剣士カーター・マッキントッシュとはオレのことだ」
「こんな護衛がいるなんて聞いてないんだけど! 熱い熱い! この剣何?」
「ちょっとした魔法剣だ。大根だろうが悪魔だろうが何でも切れるぞ? サトさんの敵と言ったな? 少しでも動けばお前という存在はこの世から消えてなくなると知れ」
「ひやあああああ!」
小物め。
サトさんを拘束するだと?
ふざけたことを。
万死に値するわ!
「カーター様。その悪魔アルガタスは古馴染みなのです。助けてもらうわけにはいきませんか?」
「どうして? こいつはサトさんを害する気満々じゃないか」
悪魔から目を離さず答える。
逃げようとでもしたらその瞬間に両断だ。
「首輪をしているでしょう? あれは隷属の呪具なのです。騙されて付けられたに違いありません。その魔法剣なら首輪を切れます。隷属契約さえなくなれば、アルガタスは私の言うことを聞きます。どうか……」
「わかった」
ピッと首輪を切り落とす。
オレは悪魔を信用していない。
今からでも妙な気を起こせば真っ二つだ。
「ひ、姫様……」
「アルガタス。あなたほどの悪魔が隷属の枷を嵌められるとはどういうことなのです? サト・ウノゴハンの名において命じます。答えなさい」
「罠にかかったんだ。いつものサバトだと思ったら結界に閉じ込められて。外に出たかったら隷属しろと」
「何てひどい。ウノゴハン家の者が悪魔を裏切るようなマネを?」
「姫様の叔父だ」
「やはりラオ叔父ですか。外道め!」
「なあ、旦那。俺達は本来、ウノゴハン直系で最も魔力の強い姫様の僕なんだ。首輪で言うこと聞かせられてるだけなんだよ。その剣で助けてもらえないか?」
「お前の言うことなぞ聞かん」
「カーター様、どうぞお願いします」
「サトさんの願いとあれば喜んで聞こうじゃないか。全員連れて来い」
◇
「ウノゴハン家は古の魔王の血を引いていると言われていまして」
「魔王」
オレの家に悪魔を全員連れて来てサトさんの話を聞いている。
なるほど、魔王の子孫じゃトップシークレット扱いも当然だな。
ちなみにオレの家には結界が張られているが、玄関だけは自由に通れる構造だ。
それにしても悪魔多いな。
七〇人(?)以上いるじゃないか。
「原則として、ウノゴハン宗家の当主が亡くなった時、継承権のある者の内最も魔力の高い者が次の当主になります」
「ふむふむ」
「先代の私の父が亡くなった時、私は籍を抜いて姿を消しました。叔父が当主になりたがっていたことを知っていたからです」
「だが我らは抗った。姫様が次の当主だからだ!」
「姫様は争いを好まなかったのかもしれませぬが、我らは姫様を支持します!」
サトさんが苦笑する。
「籍を抜けば継承権自体がなくなりますので、私は対象外になると思ってたのです」
「先代が亡くなる前に籍を抜いていたならその通りでしたな。しかし姫様が我らの主となってから籍を抜いても遅うございますぞ」
「悪魔のルールは厳密だなあ」
聞けばなるほどではある。
「念のため後を追われないように、聖山近くで家政婦としての修行を積んでいたのです」
「やはり聖の気の濃い地に行っておられましたか。さもあらんとは思っておりましたが、偽主ラオには意見を述べておりませなんだ」
「先日彼の地で侯爵オリバー様に出会いまして。カーター様の家政婦になってくれと乞われたのです。しがらみのある身ゆえどうかと思いましたが、オリバー様がとても熱心でありましたので、カーター様の元へお邪魔したのでございます」
「ふむ、よくわかったよ」
父グッジョブ。
「カーター様のようなお強い方が姫様の夫であれば安心ですわ」
「そうだ、旦那はすごいぜ!」
「我ら全員が感謝しておりまする。ぜひ我らが殿になってくだされ」
「悪魔はいいやつらばっかりだなあ。サトさん、結婚してください」
「え? あの、よろしいのですか? 私はただの平民ですけれども」
「サトさんがいいのです」
学生時代から憧れていたんです。
魔法について研鑽を積もうと思ったのも、サトさんがいたからなんです。
「……よろしくお願いいたします」
「ありがとう」
やたっ! 赤くなって俯くサトさん可愛い。
ぎゅっと抱きしめる。
話を逸らすようにサトさんが言う。
「それにしてもラオ叔父は許せません。何故悪魔を隷属させようなんて考えたのか」
「よっぽどウノゴハン家の当主になりたかったんだろうなあ」
子爵になりたいだけなら目標は達成していたんだから。
悪魔の主人となるためには真の主たるサトさんを消さねばならなかった。
そのために悪魔をムリヤリ隷属させた。
悪魔に恨まれはしても、真の当主になれさえすればどうにでもなると考えていたんだろう。
「先代を殺したのはラオだ」
「何ですって!」
ここで悪魔から爆弾発言。
柳眉を逆立てるサトさん。
「おそらく毒だ」
「大体現場から悪魔が締め出されていたのがおかしいぜ」
「証拠はあるのかい?」
「物的証拠はないですが、医師は金を掴まされて口止めされています。使用人にも感付いている者がいます」
「姫様、偽主ラオに制裁を!」
「なりませぬ!」
これは意外。
許せないって言ってたのに。
「皆にウノゴハン子爵家邸への接近を禁じます。さすればラオ叔父は必ずや報いを受けることになるでしょう」
この時はサトさんが何を言っているのかわからなかった。
しかし……。
◇
「ラオ・ウノゴハン子爵が亡くなったそうだ」
「えっ?」
執務中、コーネリアス殿下がふと思い出したといった風に仰った。
サトさんが悪魔達に子爵家邸への接近を禁じてからまだ二ヶ月くらいなのだが。
「死因が異様でな」
「何だったんです?」
「衰弱死、おそらくは餓死だ」
「餓死ですか」
それは惨い。
しかし子爵がサトさんや悪魔達にしたことを思えば、因果応報とも言える。
「サト嬢をものにしたお前には心当たりがあるんじゃないか?」
なくもない。
「殿下はウノゴハン家と悪魔の関係は御存知なんですよね?」
「ああ。今となってはカーターの方がよく知っているだろうが」
「悪魔達にとって主はサトさんだったんですよ。ところが悪魔達は呪具でラオ子爵に従うことを強制されていたんです。悪魔を縛っていた呪具をオレが魔法剣で全部取り外すと、悪魔が全員サトさんにつきました」
「そこまでは聞いたな。で?」
「サトさんが悪魔達にウノゴハン子爵家邸への接近を禁じたんです」
「ほう?」
ここからは推測だが。
「子爵は悪魔達と突然連絡が取れなくなってどう考えたか、ですね」
「なるほど、悪魔は真の主サト嬢の下に馳せ参じたと思うだろうな」
「サトさんは怒っている、悪魔も怒っている。子爵は結界の張ってある邸から外には、怖くて出られなくなったんじゃないでしょうか? 事情を知った使用人はとばっちりを食いたくないから逃げ散ってしまう」
「邸内の備蓄食料を食い尽くせば餓死環境のでき上がりか。怖いことだな」
「多分ですよ?」
サトさんは、ラオ叔父は必ずや報いを受けることになると言った。
これを見越していたのだろうか?
恐ろしいことだ。
「子爵を誰が継ぐかだが。サト嬢にお願いしていいだろうか?」
「えっ? サトさん籍抜いて平民なんですけど」
「継承権持ちが全員辞退してきたのだ。揃ってサト嬢が継ぐべきだと奏上してな」
ははあ、悪魔達がウノゴハン家親戚連中を説得したんだな?
「ウノゴハン宗家を継ぐのは悪魔の支持のあるサト嬢なのだろう? ウノゴハン宗家ほどの重要な家が平民では都合が悪いのだ」
「わかりました。サトさんに伝えておきます」
「うむ、これでカーターも子爵家に婿入りか。めでたいことだ」
あ、そんな心配を殿下にさせていたのか。
このまま殿下に仕えていれば一代限りの準男爵っていうルートだったろうけど、そりゃあ子爵家に婿入りの方がいいわなあ。
「サト嬢とは順調なんだな?」
「ラブラブです」
「こいつめ」
幸せですってば。
天使のようなサトさんと気のいい悪魔達とに囲まれて。
ああ、早く家に帰ってサトさんの御飯を食べたい。
元子爵令嬢の訳あり美人家政婦に、ハートと胃袋を掴まれました uribou @asobigokoro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。