(5)

「それよりも、昨日はちゃんとタゴサクにご飯あげた?」


「一応言われたとおりに、料理の写真を見せたけど」


 この四匹は生きているので、しっかりと食事をする。だがその方法はきわめて独特な方法だ。


 まず、彼らは固形物や液状のものを食べない。フィギュアなので消化器官がないからだ。ではどうやって腹を満たすのかというと、料理の写真を見せるのだ。しかも人間の料理を。


 昨日タゴサクにはトナカイの餌である、ヤナギの葉やコケの写真を見せた。だが彼は一向に食べようとせず、生意気にも生ハムメロンの写真を見せろとせがんできた。


 あたしは言われるがままパソコンの画像検索で生ハムメロンを検索し画面に表示させると、タゴサクはそれをじっと見つめてしばらくした後、「ごちそうさま。上に乗ってた塩が意外といい味だしてた。天草産かな?」と食レポまでしてくれた。


「こいつらの満腹中枢はどうなってんのよ」


「人間だって、映画を見たり、絵画を見たり、星を見たりして満たされるだろう。彼らは視覚から入る情報で充足感を得るんだ。脂っこい大盛りの定食を見て、うっとなることがあるだろう。それと似たようなものさ」


 食費がかからないのは何よりだが、なんだがそれってずるい。こいつらは食べても食べても太らないだろうし、そもそも毎日好きなもの食べ放題じゃない。あたしなんて、昨日は野菜炒めだったのに。


「ちなみに、シャトルたちは何を食べたの?」


 歩きながら、あたしは白狼に聞いた。すると彼が答える前に、三匹が嬉々とした表情で口をひらいた。もっとも、ゴンベエの表情はずっと固まったままだけど。


「私は昨日、キャラメルソースのかかったバームクーヘン」


「某は、熊本名物いきなり団子でござる」


「……」


「ゴンベエ氏も、熊本名物の陣太鼓であったな」


「あと〆に、黒糖ドーナツ棒も食べてたよね」


 あたしはめまいを覚えて、その場に立ち尽くした。なんでどいつもこいつも甘党なのよ。しかも夜ごはんの主食で食べるなんて、乙女か! 食事の時くらい、同じ好みのものを食べたかったのに。


「憂鬱……。あたし、メンタル持つかしら」


 あたしは四匹が昨日の夜ごはんのことで盛り上がっている中、頭を抱えていた。


 するとその時、前方から見覚えのあるTシャツを着た少年が全速力でこちらに向かって走ってきた。


「姉さーん!」


「虎太郎?」


 前方から走ってきたのは、あたしの六歳の弟、虎太郎だった。


「どうしたの、そんなに慌てて」


 虎太郎は息をゼエゼエ吐いており、歯を食いしばりながらあたしを睨みつけた。


「僕のエンゼルクリーム食べただろう!」


「はぁ?」


 虎太郎は目を血走らせながら怒鳴りつけた。


「今帰って冷蔵庫の中を見たら、エンゼルクリームだけがなかったんだ! ダブルチョコレートや、オールドファッションはあるのに、それだけが抜き取られていたんだよ!」


「お母さんが食べたんじゃないの?」


「お母さんはまだ仕事だよ! だとしたら、犯人は姉さんしかいない!」


「なんでそうなるのよ!」


「姉さんは意地汚いじゃないか! この間だって、お母さんに骨を取ってもらった鮭を、僕がちょっとよそ見をしている隙に食べたくせに!」


「そ、それはそうだけど……」


 痛いところをつかれてしまった。お母さんがあまりにも鮭の骨をきれいに取るものだから、つい横から取ってしまったのだ。


「なんて大人げないやつだ。弟の楽しみを奪うなんて」


 胸ポケットに入れているタゴサクが辛辣な言葉を吐く。あたしは無視して、目の前で烈火のごとく怒るわが弟をなだめる。


「あたしが甘いのが苦手なの知ってるでしょう?」


「うるさい! 百年嚙まなかったウサギが、今日噛まない保証はどこにもないんだ!」


「へー。虎太郎はうまいこと言うねー」


「左様でござるな。あどけない割に比喩が大人びているでござる」


「……」


 白狼のポケットの三匹が何故か弟を褒めており、そのことが余計にあたしの癪に触った。


「とにかく、あたしは食べてない。変な言いがかりをつけるな!」


 あたしが怒鳴りつけると、虎太郎はひっと、一瞬怯えた表情をして、次第に涙を浮かべた。


「あ、ごめん。でも、本当にあたしは何も……」


「往生際が悪いとはこのことだ! 姉さんのバカ野郎ー!」


 わーんと泣きながら、虎太郎は脱兎のごとく掛けていった。あたしは止めることもできず、ただ呆然と立ち尽くしていた。

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