(3)

「白狼。このトナカイの性格、何とかならないの?」


「トナカイじゃなくて、タゴサク。ちゃんと名前呼んであげて。君も、家族にこの人間なんて言われると嫌でしょう」


 いや、そこかよ! はいはい、思いやりがあって何よりですね!


「ていうか、なんでフィギュア増えてんのよ」


「昨日家で儀式をしたんだ。パチンコ玉もあと二個あったからね」


「昨日って、タゴサクが生まれてから?」


 白狼は頷いた。昨日交渉が成立した後、あたしたちは路地の先にある小さな神社に入った。


 木々がうっそうと茂っており、鳥居にも苔が生えていて、正月にも参拝客がこなさそうな無人の神社だ。そこで誰もいないことを確認してから、あたしたちは儀式を行う事にした。


 白狼は使いかけの樹脂粘土を引きちぎり、パチンコ玉を埋め込んだ後にみかん一個分くらいの球体に丸めた。その間、あたしはほしい動物のイメージを強く頭に思い浮かべた。


「最初に言っておくけど、今回は僕ひとりじゃなくて君も儀式に加わるわけだから、成功するかは分からないよ」


「無機物を造形して命を宿す能力があるんだから、あたしのイメージを引っ張り出すなんて造作もないことでしょう」


 今回行うのはあたしのイメージの具現化だ。昨日の儀式の瞬間に、あたしのイメージを彼に引き出してもらい、それを造形するという計画なのだが、白狼も初の試みだった。なんでもやってみなくちゃね。


「動物のイメージはできた?」


「……うん。できた。色付けもばっちり」


 邪念をすべて薙ぎ払い、あたしは可愛いトナカイで頭の中をいっぱいにした。


「じゃあ、始めるよ」


 白狼は丸めた樹脂粘土を両手で包み込んだ。それを覆うように、あたしも両手で彼の手を包み込む。


「今から念を込めるから、君がほしい動物を強烈にイメージして」


「わかった」


 あたしは目をつむり、ほしい動物のイメージをした。茶色の角と、つぶらな瞳。赤い首輪にぶら下がったベル。ふかふかの毛並み。


「生まれてこい……生まれてこい」


 白狼の呟きが聞こえた瞬間、触れた彼の手が熱を持ってくるのが分かった。何が起きているのか目を開けて確認したかったが、イメージが途切れてしまいそうなのでこらえた。


「生まれてこい……生まれてこい」


 白狼にならって、あたしも呪文を唱えた。あたしの脳内で、ふかふかのマスコットが笑った。


 今まで発揮したことのない集中力で描いたその動物は、もう完全にあたしの脳内ではっきりとした輪郭を持っていた。


「来る!」


 白狼がそう言った瞬間、瞼ごしに強烈な光を感じた。やがて光は徐々に小さくなっていき、完全な闇に戻った時あたしは目を開いた。ゆっくりと手を離し、白狼の反応をうかがう。


「どう? 成功した?」


「多分」


 白狼はかすかに息切れしていた。どうやらこの儀式は結構体力を使うらしい。


「開くよ」


 白狼は、樹脂粘土を包み込んだ手のひらを慎重に開いた。彼の手からかすかな湯気が出ており、その煙が晴れた時、手のひらの上で一匹の小さなトナカイが体を丸めて眠っていた。


「よかった。成功したみたいだ」


「本当!? やったー!」


 あまりの嬉しさに、あたしはその場でぴょんぴょん飛び跳ねた。あたしの声があまりに騒々しかったのか、トナカイがむずむずと動き出した。


「ん? ここは?」


「きゃあ! 可愛い声!」


 あたしはトナカイの第一声にときめいた。イメージしたのはオスのかわいいトナカイだったが、想像通りの幼い少年のような声だった。アニメ化すると、きっと女性声優が担当するような、少し高めのきゅんきゅんする声。


「目覚めたようだね。僕は白狼。君を生み出した人間だよ」


「白狼? 僕の生みの親?」


 トナカイは赤い鼻先で白狼の指先をくんくんと嗅いでいる。その仕草が可愛くて、あたしは卒倒しそうだった。


「よろしく、白狼。生んでくれてありがとう。うれしいよ」


 シャトルとは大違いのできた子だ。よかった。あんな毒舌どら猫のようにならなくて。


「そして彼女が、君をイメージしてくれた人だ。もう一人の生みの親だよ」


 くるっと身を反転し、トナカイがあたしをみた。ビー玉のような大きくつぶらな瞳があたしを興味深そうに見ている。


「初めまして。あたしは恋虎よ」


「レンコ?」


「そうよ。これからよろしくね」


 顔を近づけて挨拶すると、トナカイはあたしをまじまじと見た後、信じられないくらい眉間にしわを寄せて


「気安く見てんじゃねえよ、このビッチが!」


 と唾を吐くように言ったのだ。

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