第6話
リリィはメイスを振りかぶると、正面にいた男─マーサとマッシュを手にかけた山賊─に渾身の一撃をお見舞いした。
避ける間もなく男は「ぐえ」と声を上げ、上半身をたたき潰された。
「ひっ」
周りで見ていた山賊たちが声を上げる。
すさまじい衝撃だった。
男が床に叩きつけられたと同時に、木の床板が砕け散り、建物全体が揺れる。
そして、次に目にしたものは陥没した床板に突っ伏すように倒れ込む仲間の姿だった。
ほとんど原形をとどめていない。
「な……」
唖然としながら、目の前の光景を眺めている。
どす黒いオーラを放つ彼女の足元からは、潰された男の血しぶきが噴水のように噴き出していた。
「なんだってんだよ!! 誰だ、てめえ」
山賊たちは、似たようなセリフをもう一度叫んだ。
(イシスの神官か?)
と思いつつも、その考えを否定する。
どう見ても神官ではない。
神に仕える聖職者なら、これほど激しい殺戮はしない。
少なくとも、彼らの知っているイシス教徒は穏やかで争いごとを好まず、何事にも話し合いで解決しようとするのが一般的である。
しかし、目の前の女性は好戦的な眼をしていた。聞く耳など持っていそうもない。もっとも、彼らも話し合いなどする気などさらさらなかった。
逆らうなら容赦なく殺すだけだ。
「け、誰だろうが構わねえ。オレたちに楯突いて生きて帰れると思うなよ」
言いながら、数人の山賊がリリィを取り囲む。
アンナは涙を流しながら両親の遺体の近くでその光景を見つめていた。
「やっちまえ!!」
その言葉に、彼らは一斉に飛びかかった。
手にする剣の刃が的確に彼女の胸を狙っている。
しかしリリィは片足を一歩引くと、巨大なメイスを横にフルスイングさせた。
「ぎゃ」
「ぐえ」
「ふぐ」
襲いかかっていった山賊たちはまとめて吹き飛ばされた。身体を不自然に折り曲げながら、宿屋の壁を突き破り、外に放り出される。
あらぬ方向に首が曲がった彼らの顔に、生気はなかった。
そのあまりの迫力に、他の山賊たちは息を飲んだ。
「な、なんだこいつは…」
どう見てもまともではない。
人間がこんなことできるのか。
しかも目の前にいるのは華奢な女だ。
いったい、この女は何者なんだ。
「ひ、ひるむんじゃねえ。相手は一人だ」
自分たちを鼓舞するかのように山賊の一人が叫んだ。それに呼応して、山賊たちがさらに大勢でリリィを取り囲む。
アンナは、それを見ながら何が起きているのかわからない顔をしていた。
「次に死にたいのはあなたたちですか」
そんなアンナには一瞥もくれずリリィは言った。メイスを両手で斜めに持って構える。
山賊たちがビクッと身構えた。
瞬時にリリィは動いた。
一歩踏み出すと、重そうなメイスを頭上にかざし床に叩きつけた。
その衝撃で、山賊たちがバランスを崩して倒れ込む。その隙に、身動きのとれなくなった彼らに容赦なく真上から鋼鉄製の鉄球を浴びせた。
「ひ…!! ま、待て…」
次々に仲間を叩き潰していくリリィに、倒れて身動きの取れない山賊は叫んだ。
(間違いない、こいつは人間じゃねえ)
手を振りながらやめるよう呼びかけながらも、男は彼女の一撃を頭にくらい絶命した。
最後の一人を、メイスの鉄球で粉々に粉砕するとリリィは残った山賊に目を向けた。
「ひ、ひいぃ…!!」
その目はまさに悪魔そのものだった。
大量の返り血が、一層その姿を彷彿とさせている。
恐ろしさのあまり逃げ始めた彼らに、リリィは呪文のようなものを唱えた。
逃げ出す彼らの前に、目に見えない壁が立ちふさがる。
ゴン、と頭をぶつけて転倒する山賊たちにリリィはゆっくりと近づいていった。
「全員まとめて、と言いましたでしょう?」
イシスの神官衣を着たその死神は、血でべっとりと汚れたメイスを振りかざすと彼らに向かって思いきり振るった。
※
ライルがようやく追いついたころには、宿屋を取り囲んでいた山賊たちの大半がすでに死んでいた。
「な、なに……?」
目を覆うような惨状に、吐き気が込み上げる。いったい、何があったというのか。
辺り一面、血の海が広がっている。
死体、と呼ぶにはあまりにも無残な姿だった。
頭や胴体が巨大な鈍器のようなもので叩き潰されている。
もはや、誰が誰だかわからないほど、原形をとどめていなかった。
そして、ライルは目にした。
リリィが怯えて逃げ惑う山賊たちに容赦なくメイスを振るっているのを。
宿屋の入り口付近で重そうなメイスを軽々と振り回し、彼らの身体を粉砕しているのを。
その攻撃をくらった山賊は、つぶれた声をあげながら地面に叩きつけられていた。
「リリィさん!?」
ライルが呼びかけると、リリィの動きが止まった。
鬼のような形相が戻り、清楚な雰囲気でライルに顔を向ける。
「ライル様」
その背後から、最後に残った一人の山賊が剣を振りかざして斬り殺そうと襲い掛かった。
「あぶない!!」
ライルが叫ぶよりも早くリリィはメイスを横に回転しながら振るってその山賊に叩きつけた。
「ぎゃ」
という声を上げながら、その男ははるか後方へと吹き飛ばされていく。そして、二度と動くことはなかった。
その迫力に、ライルは目を丸くしていた。
彼女がこのような激しさを持っていたとは知らなかった。
イシス教の神官戦士ですら、ここまではしない。いや、できないといったほうが正しいか。
「あなた、いったい…」
聖女シルビアだと思いはじめていたライルの頭はさらに混乱していた。
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