聖女討伐 ~かつて魔王を倒した聖女を討伐せよ~

たこす

プロローグ

 薄暗い広々とした空間。

 大理石でできた柱にかけられた松明の灯りのみが、この空間を照らしている。

 そこにいるのは、数人の男女。

 一人の老人を男たちが取り囲み、少し離れたところで一人の女性が退屈そうに玉座に座っている。

 老人の前には、わずかばかりの金塊が積まれていた。


「なんだ、これは」


 男の一人が老人に問いかける。


「こ、今月分のお布施でございます……。お納めくだされ」

「んなの、見りゃわかんだよ。明らかに足んねえのはどうしてだってことだよ」


 老人は、流れ出る冷たい汗をぬぐいながら玉座に座る女性に目をやった。

 黒く艶やかな長い髪をまとめ上げ、白い絹のようなローブを羽織った妖艶な美女。紅色の唇を固く結び、冷たい目で老人を見据えている。


「か、勘弁してくだされ……。魔王が倒されて以降、この神殿に納めるお布施が重荷になっておるのでございます。村の衆の生活もギリギリでして…」

「てめえ、村長だろ? てめえがなんとかしろや」

「なんとかしたいとは思っておりますが……。ただ、お布施に関しても年々上がってきておりまして、これ以上はとても……」


 嘆願するように老人が言うと、男が詰め寄った。


「ジジイ、そりゃあれか? オレたちが上前をはねてると、そう言いてえのか?」

「い、いえいえ、決してそういうわけでは!! ただ、もう少しお布施の金額を下げてくれぬかと。せめて、5年前の頃まで」

「この神殿の神官長がシルビア様と知って言ってんだろうな? 魔王を倒した聖女様だぜ」

「それは重々承知しておりますじゃ。ですが、なにとぞご慈悲をうけたまわりたく……」

「もうよい」


 玉座に座る妖艶な美女が口を開いた。

 その場にいる全員が、玉座に目を向ける。

 誰もが凍りつくような冷たい声とは裏腹に、彼女は穏やかな顔を見せていた。


「ご老公、そなたの言葉、至極ごもっとも。村の実情もわからず無理をさせてしまっていたようだ」


 そう言うと、玉座からすっと立ち上がって、老人の元へと歩み寄っていく。

 そして、彼の前へ行くと、深々と頭を下げた。


「許してたもれ。まさか、そなたの村がそこまで困窮していたとは思わなんだ。完全にわらわの思慮不足であった」


 その姿に男たちがざわついた。

 本来、神官長が頭を下げることなどあってはならないのだ。

 当の本人である老人もどうしていいかわからず困惑した顔を向けていた。


「そんな。シルビア様、顔をお上げください…」

「本当にすまないことをしたと思っておる。此度のこれは受け取れぬ。持ち帰って村人たちに分け与えてやってたもう」


 慈悲深き神官長の言葉に、老人は感動を隠しきれない様子で言った。


「ありがとうございます。聖女様のお心遣いで、わたくし胸がいっぱいです。村の衆も喜びましょう」

「それはよかった。他にわらわができることはないかえ?」

「いえいえ、今まで通り、我が村に加護の祈りを捧げていただくだけで十分でございます」


 平伏する老人の肩に手を置くと、彼女は一言「そうかえ」と言って懐から取り出した小剣で老人の胸を貫いた。


「……ごふっ。シ、シルビア様……?」

「お布施も払えぬ村に用はない。存在するだけ無駄じゃ」

「シ、シルビア……さま……」

「心配せずともよい、すぐに村人たちにも後を追わせてやる。安心して、女神イシス様の元へと召されるがよい」

「…………」


 ぐりん、と老人の目が白目をむき、血を流しながら床に倒れた。

 その姿を冷たく見下ろしながら、彼女は言う。


「このゴミを捨ててきなさい」

「は」


 血まみれの小剣を両手で受けとりながら、すでにこと切れた老人を運び出す。それを見送りながら、別の男が声をかけた。


「シルビア様、あの老人の村はいかように?」

「言った通りじゃ。お布施も払えぬ村に用はない」

「では……」

「すべて焼き払え」


 その日、ひとつの村が燃え盛る炎とともに地図から姿を消した──。


 大規模な山火事に巻き込まれたことになっているが、生き残った村人が一人もいないことから真相は定かではない。

 もしも、死体に精通している者が見たならば、その光景に疑問を持ったことであろう。

 村人たちの死因、それは焼死などではなく、斬り殺されたものであるからだ。

 しかし、その証拠は大規模な山火事によって村人たちの死体ごと跡形もなく消えてしまった。



 魔王が倒されて5年。


 世界は混沌としていた──……。


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